アイビーを君に



「五条先生、今日どうかしたんですか」
「んー?なにが?」
「うまく言えないですけど、なんか変ですよ」
「恵ってさ、僕のことよく見てるよねえ」
「まあ、長い付き合いなんで」
「…はぁ、やっぱりバレてたか。今日はね、お取り寄せしたショコラテリーヌが届くんだ。だから僕、早く帰りたいの。ってなわけで、じゃーね恵!」


なるべくいい加減な口調で捲し立て、そのまま早足で稽古場を後にし家路を急ぐ。
最近、頻繁に稽古をつけてほしいと頼んでくる恵に付き合って、今日も2時間ほど汗を流した。
…ま、僕は汗かいてないけど。

2年のみんなとも体術の稽古を重ねているらしい恵は、ここ数週間で目覚ましい成長を遂げていた。
元々の勘がいいのだ、相手の動きや思考を良く読めている。

そんな恵に、いつもと違うと指摘されて初めて自覚する。その通りだった。柄にもなく、朝からずっと緊張していた。
僕は今日、なまえにプロポーズすると決めている。



なまえとは高専の同級生だ。在学中から卒業後すぐは何もなく、お互いに他の恋愛を重ね、紆余曲折を経てやっとくっっいた。
付き合ってからのなまえは、ただでさえ気が置けない親友だったのに加えて、とにかく可愛くて可愛くて堪らない恋人になった。


朝、寝ぼけたまま僕に甘えてくるなまえが好き。寝ている時にキスすると、目を閉じたまま嬉しそうに微笑む顔も可愛くて大好き。
夜、わざと僕に背を向けて寝る所も好き。後ろから抱き締めると安心したような顔で笑ってるの、隠してるつもりかもしれないけどバレてるよ。

なまえの花が綻ぶような笑顔が好き。僕を見つけて駆け寄ってくる時の笑顔を見ると、抱き締めたくてたまらなくなる。
子どもみたいに表情をコロコロ変えるくせに、他人の心に敏感な所も好き。お人好しが過ぎて、たまに損をして少し落ち込んでる様子も可愛いんだ。


どんなに疲れていても、無理をしても、僕はそれを無意識に隠してしまう。でも、おちゃらける僕の仮面をなまえは簡単に剥がしてしまう。

僕はどちらかというと甘やかしたいタイプだけど、彼女の甘い声で「おいで、悟」と呼び掛けられるのがすごく幸せ。
抱き締めてほしいなんてそれこそおちゃらけてないと言えないけど、なまえになら素直に言ってみてもいいかな。

この僕をそんな気持ちにさせるくせに、映画の予告で泣いてしまうくらいに涙脆いところも好き。クリスマスの頃にはいつも、僕と傑のことを思って泣いてくれるなまえがいるから、僕は前を向き続けられている。


嬉しいことがあったら一番になまえに伝えたい。なまえの悲しみは、僕が全て代わってあげたい。
僕の悲しみはなまえには知られたくないのに、どんなに隠したって彼女は何食わぬ顔でそれを見つけて拾い上げてしまう。
僕がなまえの悲しみを全て代わってあげたいと思うのと同じく、彼女もまたそう思ってくれているんだとやっと分かった。


僕が背負わなくてはいけない物事は山ほどあって、それは僕じゃなきゃ駄目なんだ。今はまだ、他の誰にも背負わせるわけにはいかない。
でも、たまに僕が疲れてしまったら、あの甘い声で僕を呼んで抱き締めてほしい。
なまえが「おいで、悟」って僕を呼んでくれたら、それだけで僕はずっと“最強”でいられるから。


二人の部屋の玄関に手をかける。
換気扇が回っている音で、彼女が確実に部屋にいて、夕飯の支度をしている様子を想像すると途端に緊張から指先が強張った。


本当に、今日の僕は僕らしくない。
ふふ、と思わずこぼれた自嘲の笑みを引っ込めた。少し上擦った呼吸を整えて、なまえの笑顔を思い浮かべる。

なんて言おう。王道に「僕と結婚してください」なんて言おうと思っていたけれど、なまえに一番伝えたい言葉はそれじゃない気がしてくる。

僕は、なまえを世界一愛している。それを伝えなくちゃ駄目だよね。

ふ、と短く息を吐き、
ドアノブを握る手に力を込める。
どうかなまえが、笑って頷いてくれますように。





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