袋路



補助監督から悟に渡すよう頼まれた報告書は、かなり適当に書かれていた。……悟の字で。記入漏れが多いから書き足すよう伝えてくれ、とも頼まれたが、それも納得の内容だ。あの五条悟に、直接は言いづらいのだろう。自分の兄ほどの年齢の補助監督のやりづらさを思うと、なんとなく心が痛んだ。



「さーとーるー!」

悟の部屋のドアを軽くノックして返事を待つが、珍しく反応がない。時間的に部屋にいることは間違いない筈なのになあと思い、試しにドアノブを回してみるとがちゃりとドアが開いてしまった。

同級生とはいえど、流石に留守中に勝手に入るわけにもいかない。念のために隙間から部屋を覗くと、綺麗に揃えられた悟のローファーが見えた。

「いるじゃん。悟、入るよー……音楽聴いてんの?」


間違いなく部屋にいる悟に向かって一声かけてから上がり込むと、部屋の主は制服のまま、ベッドの上で眠りこけていた。ワイシャツが第3ボタンまで肌蹴られ、長い手足を投げ出した寝姿の悟はあまりにも無防備で、思わず側に座りまじまじと見つめてしまう。


閉じられた瞼は長いまつ毛で縁取られ、抜けるように白く美しい肌には淡いピンク色が浮いている。「美人の忘れ鼻」とはこのことか、と思わせるすっきりとした鼻に、瑞々しい果実のような唇。世界中の美しいものを集めて作ったかのようなその容姿に、六眼までがくっついてくるのだから恐ろしい。

いつか、悟の頬に触れてみたいな。まつ毛にも、髪にも、唇にも。つい想像してしまって思わずため息が漏れる。

瞬間その音を拾ったのであろう悟の瞼がゆっくりと上がり、小さな宇宙のような瞳が私を捉えた。

「……なまえ」
「わ、ごめん起こし、っ」

強く腕を引かれたと同時に、背中にベッドの軋みを感じる。悟に押し倒されたせいで、目の前が影って暗い。どちらの手首も、悟の手に掴まれていてびくともしなかった。

起き抜けのせいか目が据わっている悟に見つめられると、まるで蛇に睨まれた蛙のように動けない。それは、恐怖ではなかった。何か甘い予感めいたものが私の心臓をぎゅうぎゅうと締め付ける。


「どうしたの」
「こっちの台詞だよ。のこのこ部屋なんか来やがって」
「報告書、頼まれて」
「……うるせえ」

綺麗な唇が、私の唇を塞いだ。舌が隙間から滑り込み、口内を優しく舐める。そのまま舌を絡められ吸われると、甘い快感でくぐもった声が出てしまう。

その反応の意図を確かめようとする悟が、煌めく六眼に私を映す。持て余した心の熱から、悟の舌を軽く吸い返すと拘束されていた右腕が解かれた。悟の熱い指先が、私の頬を撫でる。胸が苦しくて、心臓がうるさくて、息をするのを忘れそうだ。


「なまえ、好き」
「え、」
「嫌だったら俺のこと殴って出て行けよ。そうしたらただの友達でいてやるから」

淡々と述べる悟の表情は真剣そのもので、静謐ですらある。私の中の答えは決まりきっていたけど、逃げ道を用意してくれた彼の優しさがなんだか愛おしくなってきて、さっき悟にされたみたいに頬を撫で返す。

返事をしなければと思うのに、愛おしさと嬉しさの濁流で声が出なくて、首を横に振るので精一杯だった。

驚いた表情の悟の頬に、ぱっと色が差す。私の手を強く握り、はぁぁと深い安堵のため息を漏らした悟は、見たことがないくらい顔が真っ赤だった。

「……よかった。やべぇ、マジで嬉しい」
「悟って強引なのか優しいのか、わけわかんない」
「好きな奴にはなるべく優しくしたいもんだろ」
「…そういうところ、大好き」
「なまえには、優しくしてやるって決めてんだ」

ずーっとな!と付け足した悟に強く抱き締められると、お互いの身体の熱さに思わず顔を見合わせて笑ってしまう。心臓の音が悟に聞こえてしまわないかヒヤヒヤしながら、壊れ物みたいに美しい彼の頬や髪、唇に触れていると、指を取られて小さく口付けられた。

「起きてる俺の方がイケメンだろ?」とふざける悟の頬はまだピンク色だったから、あれも多分、照れ隠し。





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