melt


「チョコレートの香り」と書かれた入浴剤の、その名のとおり甘い香りが広がるバスタブに浸かりながら、悟の腕が私を抱きしめる。

お風呂の前に2人でチョコレートケーキを食べたから、その甘い香りに少しだけ食傷気味だった。頭の上に顎を置かれて、お湯に沈みそうになるのを首を振って抗議すると悟が心底楽しそうに笑う。


「悟やめて溺れちゃう」
「大丈夫大丈夫、僕が助けてあげるから」
「悟のせいで溺れんの!」
「あ、僕この曲好き」

人の話を聞かない所は昔から変わらない。先日購入したお風呂場用のスピーカーから、去っていった大切な人への怒りを歌った洋楽が流れてくる。アップテンポな曲調に思わず身体を揺らすとチョコレートの甘い香りが強くなった。


「傑のこと歌ってるみたいな曲だね」
「そう?まあでも、そうかもね」
「こういう曲はなんでもそう聴こえちゃうよ」
「ふぅ〜ん……なまえ、傑のことめちゃくちゃ!好きだったもんね」

不機嫌そうにめちゃくちゃを強調する悟に強く抱きしめられると、身体的にも心理的にも苦しくて変な声が出てしまう。傑のこと、めちゃくちゃ好きだったのは悟も硝子も同じだけど、私の場合は意味合いが少し違うのだ。

22歳の頃から悟と付き合い始めたけれど、学生の頃の私は、それはもう傑に夢中だった。悟に恋愛相談を持ちかけては、諦めろだの傑はお前に興味ない、と散々言われ泣きながら何度も大喧嘩をしたのを覚えている。硝子曰く、あの頃から悟は私のことを好きだった、らしい。

「ねえねえ、なまえは傑のどこがあんなに好きだったわけ?」
「それ、ほんとに聞きたい?」
「好きな子がこのグッドルッキングに目もくれずって、僕結構ショックだったんだよ」
「優しくて大人びてて、初恋キラーって感じだったからなあ。悟は子どもみたいだったし、余計」
「……ふぅん、子どもみたいねえ」

する、と繋いでいたはずの悟の手が解けて、私の胸をやわやわとまさぐる。
先端を指の腹で捏ねられると、電気が走るような快感に思わず腰が跳ねてしまう。
後ろから耳と首筋に舌を這わせつつ、時々かぷりと甘噛みをする悟は多分、少し怒っている。

「っさ、とる、自分から、聞いておいて……」
「うん、でもムカつく。なまえはずっと僕のことだけ考えてればいーの」
「もう、今はずっとそうだよ」
「これからもずっとだよ。ずーっと僕のことだけ考えてて」
「ん」

身体を簡単に持ち上げられ、悟に向き合う形になる。甘いチョコレートの香りの中で悟の綺麗な青い瞳に見つめられると、なんだか現実離れしててうっとりとしてしまう。

あの頃はただの友達だったのに、今では世界中の何よりも誰よりも、悟のことを愛しているだなんて想像もしてなかった。365日悟のことを考えてしまって、困っているくらいだ。

「僕は昔も今もこれからも、ずーっとなまえのことばっかり考えてるよ」
「ふふ、私も今同じこと考えてた」

嬉しそうに笑った悟が、濡れた髪をかきあげてキスを強請ってくる。ふに、と柔らかい唇を啄んでそれに答えると、お姫様だっこのままバスタブから引き上げられた。背の高い悟にお姫様だっこされるのは相変わらず慣れない。高すぎて少し怖いのだ。ぎゅっと首に抱きつくと、悟が私の背中をあやすように叩いて笑う。

「この僕が大事ななまえを落とすわけないでしょ」
「ベッドの上に落っことすつもりじゃん」
「うん。お風呂場でも良かったんだけどね。せっかくのバレンタインだから、甘い匂いのなまえをゆっくり堪能しようと思って」


抱きついて頬を寄せた悟の首元からも、チョコレートの甘い香りがする。ベッドにふわりと落とされて、悟の甘い肌が私に覆い被さってくると、愛おしさでどうしようもなくなって思わず悟の瞳を見つめてしまう。望んでいた唇が落ちてくる、はずだったのに、寸前でピタリと悟の顔が止まった。

「僕がどれだけオマエのこと愛してるか、ちゃんと教えてあげる」

どこか肉食獣を彷彿とさせる眼差しの悟には、いつもの子どもっぽさなんてどこにも無い。このギャップはずるいよなあ、と思いながら顔を寄せてキスをすると、悟の指が私を靡かせようと巧みに肌を撫でた。
チョコレートの香りに包まれた、甘い夜が始まる。





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