愛しうる限り


※五条がピアノ弾けるという捏造







悟はアホだ。勉強しないくせに何故か成績は良いし、運動神経も抜群。そして言わずもがな、最強。黙っていれば天使と見紛うほどのその儚い美貌と、恵まれた体躯に低く甘い声。何もかも精巧に作られた、神の傑作のような男なのに。五条悟は、アホなのだ。そして私は、そんなアホにずっと片思いをしている。



「はぁーあ。帳要員って。私、一応二級なんですけど」
「まあ良いじゃん。オマエは帳下ろして結界張ったらおしまいで楽だったろ」
「誰のせいだと思ってんの?」
「だから今日はちゃんとやっただろーが」
「はいはい、お疲れさまでーす」
「ほんっと可愛くねぇー……お、音楽室。へえ、結構広いのな」


今日は私と悟で、廃校での呪霊討伐任務だった。2級案件ではあるものの、特級呪物が影響している可能性があるいうことで悟にご指名がかかった。しかしコイツには帳を下ろし忘れたまま大爆発を起こし、大目玉を食らった前科がある。お目付役兼、隣接している幼稚園への配慮から、結界術が得意な私も任務に同行することになったのだ。

悟との任務なんてそうそう無い。嬉しい反面、照れ臭くてわざと可愛げのない事ばかり言ってしまう。討伐任務自体は悟のおかげですぐに終わり、「迎えが来るまで校内探検しようぜ!」とはしゃぐ悟の誘いに乗って、ふらふらと校内を散策していた。



悟と2人、煤けた「音楽室」の室名札が掛かる部屋に入ると、壁に貼られた音楽家たちの肖像と目が合って背筋がヒヤリとする。広々とした音楽室の窓辺にポツンと置かれている大きなグランドピアノは、埃を被ってはいるものの立派だった。まだ廃校になって日が浅いのかもしれない。

悟が吸い寄せられるようにグランドピアノの蓋を開ける。白くて綺麗な指がそっと鍵盤を叩くと、音楽室の静寂に放り投げられるように、美しい音が響いた。


「うん、いけるね。そんなに狂ってない」
「えっ、悟ピアノ弾けるの?」
「俺を誰だと思ってんの?」

ふふん、と得意げな顔で、埃を払った椅子に座る。そういえば忘れていたけど、コイツは五条の坊だ。ピアノくらい弾けてもおかしくはない。


す、と悟の両手が鍵盤に置かれ、確かめるように指がその上を滑ると、耳馴染みのある曲が響き始める。

「あ。これ知ってる、小犬のワルツ」
「なまえみてーな曲だよな」

速い曲なのに、喋りながら弾く悟の指は滑らかで思わず感嘆のため息が漏れた。「久しぶりすぎて指動かねえ」と吐き捨てた悟が途中で手を止めてからも、ついぼーっとしてしまう。

「オマエってさ、クラシックとか詳しいの」
「え、…ううん全然わかんない」
「ふぅん」

含みのある表情で、ピアノに向き直った悟が再び鍵盤に置いた指を沈めると、少し切ないような低音が響いた。


ゆっくりと流れるように、きらめく愛の歌にも聴こえるその曲は、窓から差し込んだ月の光に照らされる悟の姿と相まってまるでフィクションのように美しく、荘厳だった。耳から入ってくる切なげな旋律が、私の心臓を揺さぶる。指を鍵盤に走らせる、長いまつ毛が伏せられた悟の横顔はあまりにも綺麗で、目が離せない。

その美しい曲が終わるまで、私は瞬きすら忘れていたような気がした。


「悟、すご……綺麗」
「そーか?やっぱ所々忘れてた」
「何か感動しちゃった。すごく綺麗な曲だね。なんて曲?」
「……『愛の夢』」


悟の綺麗な六眼が、私を真っ直ぐ見つめる。

途端に心臓の音が大きくなって、手に汗が滲んだ。腕を取られたと思った時には、私はすっぽりと悟に抱きすくめられていた。悟の身体は熱くて、バクバクと速い鼓動が私の身体を通して心臓に伝わってくる。


「さとる」
「なまえってさ、俺のこと好きだろ」
「は?」
「……好きって言えよ」


すっかり私の心の内を見透かしているはずの悟の瞳もキラキラと揺れていて、うるさい私の鼓動と悟の鼓動も重なっている。きっと、私たちの答えは同じなのだと思った。

「……うん、好き」
「俺も、好き」

そう言って優しく微笑む、月の光に照らされた悟はまるで夢みたいに綺麗で、思わず涙が滲んだ。現実か確かめたくて頬をつねると、大きな悟の手がそれに重なる。

夢じゃねーよ、と囁いた悟の唇と私の唇がくっついたけれど、その熱さも柔さかも、やっぱり夢みたいだった。





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