踊るにはまだ早い


「硝子、夜遊びしに行くんでしょ。私も連れてって!」

23時を少し過ぎた頃、普段より大人っぽい装いの硝子を寮の玄関で見つけ、後ろから抱きついた。前々から、硝子の夜遊びについていくタイミングを伺っていたのだ。眉間に皺を寄せた硝子に、「良いけどなまえ絶対おねむになるよ」と釘を刺される。

「そしたらタクシーで帰るもん。場所は?」
「六本木ィ。40秒で支度しな!」

任務以外で六本木に行くのは初めてだ。今日は呪術師であることを忘れて楽しんじゃおっかな、なんて浮かれた気持ちに身を任せて、硝子から誕生日に貰ったラメたっぷりのピンクの口紅を塗って部屋を出る。

「硝子〜準備できた!いざ六本木!」

向かいの喫煙所にいるであろう硝子に向かって遠くから声をかけたのに、すぐ後ろから低い声で返事が返ってきた。

「六本木?いまから?……護衛が必要だね」
「あ傑」

喫煙所からひょこっと顔を覗かせた硝子が、ふざけんなよと表情で訴えてくる。口パクでゴ、メ、ン、と伝えると、ため息をつかれた。3人で夜遊びか。悟、拗ねるだろうなあ。

傑は外出から戻ってきた所のようで、グレーのタートルネックに黒いパンツ姿だった。いつも制服だから気付かないけど、こうして見ると傑って大人っぽい。

「硝子は良いとして、なまえは危ないだろう。ふらふらしているから簡単に連れて行かれそうだ」
「ふらふらしてるって何?悟の方がふらふらしてない?」
「ふらふらの種類が違うよ。とにかく私も行く。その方が年齢も誤魔化せそうだろ」
「夏油パパよろしく。私のことは放っておいてくれよ」

硝子はめんどくさそうに吐き捨てながらタバコを揉み消した。

3人連れ立って、深夜の駅から終電で六本木へ向かった。大きいビルの地下へと慣れた足取りで進む硝子を追いかける。硝子は受付の人とコソコソ何かを話してから、コッチだよ、と私と傑に手招きをした。

「ここ未成年ダメなの?受付の人優しいね」
「クラブは20歳以下は入れないんだよ。優しいっていうか、硝子が悪い子なんだ」
「夏油が言うな。受付のアイツは私に借りがあるんだ。今夜は全員20歳ってことで」

奥に進むにつれ、ドン、ドン、ドンと重低音が身体に響いてくる。機械音と洋楽が大音量で流れるフロアは人で溢れていた。踊ったり、お酒を飲んだり、異性を物色したり、思い思いにこの空間を楽しんでいる。

うわあ呪い生まれそう、と思ったのは職業病だろうか。隣の傑も「呪い生まれそうだな。良いの見つけたら祓う前に呼んでくれ」と硝子に囁いていた。オウ、と頷いた硝子は「じゃっ、ここで解散。夏油、なまえのことしっかり護衛しろよ」と言い残すと、人で溢れるダンスフロアへ消えていった。

「なまえ.どうする?踊る?」
「そんな、とりあえず踊っとく?みたいな言い方できるほどノリ良くないよ私。圧倒されちゃったからとりあえずトイレ」
「了解。待ってるよ」

初めてのクラブに戸惑う頭をなんとか落ち着かせてから、トイレを出る。すれ違った女の子達が、「超イケメン!メイク直したら声掛けよ!」と大声ではしゃいでいた。超イケメンか。どんなもんだろう?

きょろりと見渡すと、背の高い傑はすぐに見つかった。でも、傑の前に列が出来ているような。とびきりのお洒落をしたであろう女の子達が、傑の周囲に集まっていた。集まりすぎて、行列になっているのだ。先程トイレですれ違った女の子達も列に並んでいる。苦笑いを浮かべる超イケメン、もとい傑は、視線をこちらに向けて、手を伸ばしてきた。

「あ、なまえ!こっちだよ。……すみません、恋人と来ているので」

ぐい、と手を握られ、肩を抱き寄せられた。「えー」「うらやましー」と、女の子たちの落胆の声が聞こえる。背の高い傑が身を屈め、私の耳元に唇を寄せて囁いた。

「ね、さっきからあそこのサラリーマン達がなまえのことずっと見てるんだ。危ないからここから抜けよう」
「え、傑がそれ言う?超イケメンがいるって女子トイレで話題になってたよ」
「そう?なまえが妬いてくれたなら嬉しいけど。……私は妬いてるよ。今日のなまえは可愛すぎて、他の男にあまり見せたくないんだ」
「……傑って、さらっと恥ずかしい事言うよね。さっきも恋人とか、嘘言うし」
「私は嘘がつけないタイプだよ」

そんなの嘘だ。でも、傑のヤキモチが本当なら嬉しいな。そのまま傑に手を引かれ、初めてのクラブを早々に抜け出した。

「もう夜遊びはいいや。疲れちゃったよ」
「私ももう良いかな。高専戻ろう。近くにいる補助監督を呼んだからすぐ来ると思う」
「そんな使い方して怒られるよ」
「大丈夫、彼は私に借りがあるからね。内緒にしてくれるさ」
「うわ。傑も悪い子じゃん」
「…… なまえも悪い子にしちゃおうかな」

目の前が暗くなって、傑の体温を感じた瞬間、唇に柔らかいものが触れた。傑とキスしてる、そう気付いた時にはすでに舌を絡め取られていて、どんどん深くなるキスに思考を奪われる。はぁ、と大きく肩を揺らすと、傑は唇を離し、真っ直ぐこちらを見据えた。

「なまえ、可愛い」
「すぐ、る」
「……口紅、似合ってる。でもちょっと扇情的すぎるかな。キスしたくなってしまう」

婉然と笑う傑のポケットから、携帯の着信音が鳴りひびいた。小さく落胆のような溜息をついた傑が通話ボタンを押すと、補助監督の焦る声が聞こえた。


ぐるぐると巡る頭と、ドキドキとうるさい心臓を抱えて、車の中で傑と無言のまま手を繋いでいた。傑の手は熱くなっていて、少し早い鼓動も伝わる。今夜きっと、私達はただの同級生じゃなくなる。そんな予感に目眩を覚えながらも、高専に着いた頃には時刻は午前2時を回っていた。

「なまえ、……私の部屋に来






「なまえーーーー!!すぐるーーーー!!」
「あ、さとる」
「何オマエら3人ともいねーの?!俺だけ置いてどっか行ってた?!何で?!どこに?!硝子は?!おい、ずりーぞ!!酷い!!最低!!いじめ!?!?」
「悟ごめん、なんていうかタイミングが」
「悟、うるさい。もう夜中だぞ」

眉間にシワを寄せた傑が手を伸ばす。呪霊出すつもりだ。アラートのほうがうるさくないか?と思いつつもさっと距離を取り、耳を塞ぐ。

深夜ということもあってか、無下限を切っていた悟が「あっぶね!」と声を上げ、飛び出してきた呪霊を避けた。アラートが高専中に鳴り響く中、現れた呪霊はいくつも顔がある、初めて見る奇妙な……

『チューしよ』『ねぇチュー』『チューしよ』

「……傑、こんな趣味悪いの持ってたっけ?」
「さっきクラブの中で見つけて取り込んだ。なかなか可愛いだろ」
「確かにあそこ、こういうの生まれそうだね。可愛くはないけど……」
「さ、悟はこの子に任せておこう。私達ももう一回ちゅーしようか」

「悟!!!傑!!!なまえ!!!お前ら何時だと思ってるんだ!!!!!!」
「あ、夜蛾せんせ」

どちらかといえば被害者のはずの悟を含めた3人とも、そのまま夜蛾先生にしょっぴかれ明け方まで説教された。朝帰りの硝子が「五条の日頃の行いのせいだろ」とトドメを刺す。すっかり拗ねた悟は、1週間口を聞いてくれなかった。





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