とかして噛んで



「ん」
「うん、緑と黄色と透明」

よっしゃ、とガッツポーズをした悟が、口の中で小さくなった3つの飴をガリと噛み砕いた。コイツはさっきから3つ口に放り込んでは全色コンプリートを目指すという、製菓会社も予想外の遊び方をしている。

今朝、得意げな顔をした悟は“舐めると色が変わる飴”を世紀の大発見のようにぶら下げて教室に入ってきた。今は幾分マシになったものの、1年生の頃はコンビニに行くたびに私たちにとっては珍しくもなんとも無いお菓子を大量に買い込んできて、「おいこれすげーぞ、知ってる?チョコ付けて食うんだぜ」と楽しげに大騒ぎしていた。
最近の悟はすっかりヤンヤン棒にも、ねるねるねるねにも慣れた様子だったのに、まだ『きえちゃう!!キャンディー』が残っていたとは。

「硝子あーんして」
「うえ、勘弁してくれ」

ひらひらと手を顔の前で払って席を立った硝子は、悟が定期的に(強引に、ともいう)開くこのお菓子パーティーに、心底うんざりしているらしい。教室から一歩出た瞬間に煙草を咥えたのが見えて、どうか夜蛾先生に見つからずに喫煙所まで辿り着けますように、と硝子の背中に向けて祈る。


「オイオイオイ傑のヤツ、色違くね?」
「ほんとだ。出たら超ラッキー、キラキラ金箔入りだって」
「は?!そんなんあんのかよ」
「まあ、私は日頃の行いが良いからね」
「それなら俺に出るだろ」
「あはは、それはない」
「ないね」

私の隣に座る、日頃の行いが良いらしい傑が口に放り込んだ金箔入りの飴を一瞬でガリガリと噛み砕き、ごくりと飲み込む。
傑は口調も態度も穏やかそのもので、普段から仏様の如きアルカイックスマイルを湛えているくせに時々こうやって気性の荒さを垣間見せる。そして私は、穏やかそうに見える彼が隠し持つその気性の荒さが好きでたまらない。


「へんふひひほ?」
「うん、全部黄色」

悟がべ、と自分の口の中の飴を確認するように舌を出して、小さくなった黄色い3つの飴をコチリと犬歯で噛み砕く。ボンボン育ちで意外とお上品な悟は、飴は小さくなるまで舐めてから噛む派のようだった。

「なまえの何色?見して」
「ん、…っん」

向かいに座っている悟に舌を出すと勢い余って飴が滑り落ちそうになって、舌先でそれを立て直してから唾を飲み込んだ。再度、舌を突き出したまま、確認の意図を込めて悟を見上げる。

ばちんと目が合った瞬間、悟は豆鉄砲を食らった世界一綺麗な鳩みたいな顔になる。急に顔から首までを赤らめ「みどり」とぶっきらぼうに言ってそっぽを向いて、あれ、これはもしかして。

「……なに、悟。やらしい目で見たでしょ」
「はぁ!?傑じゃあるまいし誰がオマエみてーなガキくせえの」
「うっわ、ムカつく。ガキは悟でしょ!」
「オマエだろ、色気ゼロの幼稚園児」

変顔で煽ってくる悟に掴み掛かろうと立ち上がった瞬間、猿山を見るかのような目で私たちを眺めていた傑に、私の首根っこが捕まえられた。

ぅわ、と驚きで開いた私の唇に、傑の唇が重なったと思うとぬるりと舌が入り込んでくる。一瞬私と悟の時が止まって、動き出した時には私の「みどり」の飴はすっかり傑の舌に奪い取られていった。ガリッ、と傑に噛み砕かれた飴の断末魔が教室に響く。


「悟、なまえ。そろそろ終わりにしな」
「すっすっ傑、いま」
「ヒュー、傑やるぅ。……どこがいーんだか」
「マジでうざい悟」
「へいへい、続きは部屋でやってくれよ。じゃ、おつかれさーん」

興が削がれたような顔の悟が教室を後にすると、私と傑と、残り2つだけになった『きえちゃう!!キャンディー』だけが残される。突然、悟の前でキスしてくるなんていつもの傑らしくない。あのキスを思い出すと混乱と羞恥心で息が苦しくなってきて、かき消すために飴を1つ口に放り込んだ。

「……傑、さっきの!悟の前で、あんな」
「うん。なまえの飴を貰おうと思ってね」
「意味わかんない、まだあるじゃん」
「あ、もう色変わってるんじゃない?見せて」

本当に意味が分からない。優しく微笑んだ傑が、ほら、とか言いながら自分の舌を少し出して見せて私を促す。傑の涼やかで上品な顔立ちは、こういう淫靡めいた仕草をすると余計にいやらしさが際立って見える。ちょっと舌を出されただけで私の頭の中は、最中の傑のあんな顔やこんな顔を思い返してはいっぱいいっぱいになってしまうのだ。
妙な気分になりかけながらも「なんなの?」と自分にも言い聞かせるように冷静な声を出すと少しはマシになってきて、傑がしてるみたいに舌を出して飴を見せた。

「黄色。……なまえ」

少し冷えた傑の声が、私の名前を舌先で飴みたいに転がした。頬杖を付いた傑の瞳が真っ直ぐ私を見つめて、その指先がつい、と私の舌に伸びてくる。

「君さ、その顔さっき悟に見せただろ」
「ん!ん」

私の舌先の飴に、傑の指先が触れた。
そのまま私の舌ごと摘まんだり、飴を舌に押し付けたり。傑の指先が、私の口内を気の向くままに蹂躙する。じわじわと唾が滲んできて、飲み込めなくなったそれが垂れかけると傑の指で掬われて、口の中をかき混ぜられる。
飴が甘いのか傑の指が甘いのか分からなくなってきて、凄くいやらしい事をされているみたいな気持ちになって、傑を軽く睨みつける。

「なに、その目。私結構怒ってるんだよ」
「ん、ほへんははい」
「……ふざけないでくれるかな」
「ふはへへはい」
「ほら。ちゃんと舐めな」

右手で頬杖を付いたままの傑に甘い声でそう言われて、ぼんやりとした頭のまま飴と一緒にその指をひたすらに舐めた。飴のとろみが絡んで傑の指に砂糖の膜が張っている気がするけれど、もしかして甘いのは飴じゃなくて傑の指なのかもしれない。だって飴はどんどん小さくなっていって、私の口の中に残っているのはもうほぼ傑の指だけなのに、ひどく甘い。
きっとまだ怒っているのであろう傑は、しばらく無表情のまま指で私の口内をゆるゆると弄り続ける。やっと口から指が引き抜かれた時には、私の頭は溶けかけの飴が詰まったみたいにすっかり陶酔しきっていた。

「やらしい舐め方するね」
「すぐる、ねえ……ごめん」
「なまえのその顔を見られるのは私だけの特権なんだ。無自覚にあちこちでやられたら困る」
「……傑の、べーって顔も相当やらしいよ」
「へえ、……これ?」

べ、と突き出された傑の舌に、残り1つだけになった飴がちょこんと乗っけられた。挑発的なその表情には傑の荒々しさが隠される事なく浮かんでいて、普段は丁寧に隠しているはずのそれを私にだけ見せてくれる、その興奮で思わず胸が詰まる。

そのまま私の指を絡めとった傑に強く腰を抱かれ、「ほら」と上目に見つめられるとそのあまりのいやらしさに脳が悲鳴をあげそうだ。勘弁してくれと涙まで滲んできてしまう。
傑の色香にあてられて、このままじゃ私はおかしくなってしまうかもしれない。

「傑はずるい」

返事の代わりにフ、と鼻で笑った傑の首に手を回して、その舌を飴ごと絡めとる。私と傑の口内を行ったり来たりする飴はもう何色になったのかなんて分からなかった。舌を柔らかく口内で包み込まれてぢゅっと吸われると、背筋からゾクゾクと震えが上ってくる。
再び傑の口に入った飴が、彼の歯によって一瞬で砕かれる音が私の口内にまで響いた。ついでとばかりに舌を軽く噛まれて、その甘い痛みに身体がびくんと跳ねる。

「ん、っ……う」
「なまえ、腰を揺らすのやめて」
「は。こんなキス、しておいて」
「さっきも言ったけど私怒ってるんだ。して欲しいことがあるならお願いしてもらわないと」
「何でそんな意地悪言うの」
「君が無自覚なのが悪いんだろ」
「……続きしたい」
「誰と?」
「傑と、……したい」
「うん。よく出来ました」

綿あめみたいな声でそう言った傑が、同じくらい優しい腕でぎゅっと私を抱きしめる。私の恋人はとんでもなくいやらしくてずるくて、甘い。

傑の部屋になだれ込んで、傑の匂いを感じると肺の中まで甘くなる気がする。さっきよりもぐちゃぐちゃなキスをしてほしくて顔を寄せたのに、くすくすと笑う傑の唇は期待外れの啄むようなキスしかしてくれない。どんどん焦らされる身体は、乱暴に落とされたベッドのきしみを背中に感じただけで震えてしまう。
私に馬乗りになった傑が、気怠げな動作で自分の制服のボタンに手をかけた。多分傑はわざとゆっくりボタンを外していて、そして私はまんまとその罠に掛かってしまっている。もう、我慢の限界だった。

「傑、ごめんなさい。もう、むり」
「なまえはやらしいな。そんなに我慢できない?」
「はやく。もっとキスしたい」
「駄目。君のその顔をもっと堪能させて」

私の目前で動きを止めた傑が、にっこりと仏様の如き清い微笑みを湛える。

「なまえのその顔、たまらないんだ」

弧を描いた唇から、ちろりと赤い舌が覗く。その大きな矛盾が底無しに色っぽくて美しくて、もし私が飴だったら傑のその舌で舐めて溶かして、ゆっくり味わってほしいと願うのに。無情にも傑の歯によって一瞬で噛み砕かれてしまった飴たちのことをふと思い出した。

「……傑って、口に入れた飴すぐ噛むよね」
「甘くて美味しいとついね。……なまえの事も噛んじゃうかもしれないな」

そう言って舌を出した傑が、ぱさりと綺麗な黒髪を解く。その肩に落ちた髪が、押し倒された私の頬に流れてくるといつも思う。
微笑む傑の色香にあてられて、このままじゃ私はおかしくなってしまうかもしれない、と。





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