第二話


「なまえ、灰原が死んだ。七海は大怪我だが無事で、いま硝子が診てる」
「……え、ぇ?」
「……安置所に行くかい?」

無表情の夏油先輩が、淡々とそう告げる。何を言われているのか、何を聞かれているのか全く理解できなかった。死んだ?大怪我?安置所?
どれも別世界の単語のようで、吐き気が込み上げる。

だって雄、お土産買ってきてくれるって言ってた。そんなわけない。

「そんなわけ、な」

語尾は嗚咽にかき消され、溢れた涙で夏油先輩が見えなくなった。うずくまり泣きじゃくる私の背中を、夏油先輩はずっとずっと、さすっていてくれた。

数時間後、安置所に横たわる雄と対面したときにはもう不思議と涙は出なかった。冷たくなった頬に触れ、もう昇ることのない、太陽のような雄の笑顔を思い出す。

「任務は、どうなりましたか」
「悟が引き継いで、祓ったそうだ」
「そうですか。五条先輩は」
「いや、まだ伝えてない」
「……いえ、雄の事じゃなくて。五条先輩は、無事でしたか」
「……ああ」

あのときの夏油先輩は、何を思ったのかな。我ながら馬鹿みたいな質問をしたと思う。あの五条悟が死ぬわけないのだ。私たち全員が死んだって、五条先輩だけは生き残る。


あの日から私は、取り憑かれたように鍛錬に励んだ。私の術式は、戦闘経験のある呪霊をコピーし操れるというもの。夏油先輩の呪霊操術とは違い、あくまで自分の呪力を元にしたコピーのため出せる数は3体が限界。おまけに私は接近戦がかなり苦手だった。それでも夏油先輩を始めとして、七海や冥さんにも協力してもらい血反吐を吐くような努力を重ねた。

きっと私も、いつか呪いとの戦いで命を落とすだろう。雄の死の上に、私の死も積み重なる。そうなった時に、後悔だけはしたくない。


────『次は 広島 広島 …… 』
東京駅から最終新幹線に乗り、やっと広島駅に着いたのは23:52。キャリーケースと浮腫んだ足を引いて、広島駅すぐのホテルで無人チェックインを済ませる。討伐対象の呪霊がいる地区まではホテルから歩いて行ける距離だったから、足馴らしも兼ねて歩いて向かうことにする。さっさと済ませて、美味しい物食べて帰ろう。

「いた。2級ってとこかな」

広島の中心地から少し離れた場所にいる呪霊を見つけ、周囲を観察する。資料の通りだった。その推定2級呪霊からはポコポコと、小さな低級呪霊が生み出されている。どうやら悪さをしているのは、生み出された方の低級呪霊のようだ。一定数の低級呪霊を生み出した後、2級は動かなくなる。遠いから残穢は確認できないものの、2級の方が“例の”呪詛師に操られている呪霊だろうか?それなら──

蠢いていた低級呪霊、そして次々と生み出されるそれらを、呪力を込め叩き斬る。それと同時に掌印を結び、低級呪霊のコピーを出した。コピー3体で限界だった高専時代とは違い、仮にも一級術師となった私は、低級呪霊を複数体出現させるくらいは余裕なのだ。

『ン゛、ン゛ん!全員、イまスかぁー!並ン でっッ、くだざァい!』

ズルズルと地面を這っていた2級は、ぴたりと動きを止めた。低級が全員コピーに変わっていることに気づいていない様子を確認して、目視できる位置に座り込む。このまま低級呪霊による実害が止めば、夏油傑は来ないにしても、その仲間あたりが様子を伺いにくるだろう。そこから何かしらの収穫があれば儲けもの。夜明けまでに来なかったら、さっさとあの2級を祓ってホテルに戻ろう。

ふぅ、と身体の緊張を解いて、空を見上げると、少しだけ欠けた月がくっきりと漆黒に浮かび上がっていた。明後日が満月だろうか。黒い画用紙に白い絵の具を落としたような月の光をぼんやりと見ながら、また私は自然と雄のことを思い出していた。

「はぁぁ、なーんか昨日からセンチメンタル。あっ、もう一昨日か……」

油断するなと自戒を込め、顔をペシと叩いたその瞬間、風に乗って懐かしい香りが漂う。あの日、泣きじゃくる私の背中をいつまでもさすってくれていたあの人の香り。


「──や。なまえ。やっぱり君だ」
「夏油、……先輩」

夏油傑、とは言えなかった。あまりにも、8年前と同じ笑顔だったから。

「久しぶりだね。君が派遣されるだろうと賭けてみたら、大当たりだったよ」
「……あの、わたしは夏油先輩を見つけたら五条先輩に連絡しなきゃいけないんです」
「君が悟を呼ぶなら、私はそれを迎え撃つさ。準備はできてる」

ふふ、と笑った夏油先輩の手がゆっくりとこちらに伸び、包み込むように私の背中に触れた。そのまま抱きしめられると、恐怖とは違った感情が洪水のように胸に押し寄せる。懐かしくて切なくて、少しだけ、甘い。

「だからこうして、なまえに会いに来たんだ」

夏油先輩の甘い声が、耳元でそう囁いた




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