第一話


「雄、今日の任務七海とだよね」
「うん。2人だし、2級案件だからすぐに終わると思う。お土産何がいい?」
「甘いもの!」
「了解、夏油さんにも甘いのって言われてるんだ。美味しそうなの探してくるよ」
「ありがと。寂しいけど我慢する。待ってるね」
「そんな可愛い顔されると、行きたくなくなるなぁ!!」

そう言うと、雄はくしゃくしゃに笑って私をぎゅっと抱きしめた。苦しいよ雄、と抱きしめ返して、そのまま頬へじゃれるようなキスをお互い繰り返す。後ろから七海の溜息が聞こえてくるまで、ここが高専の玄関だということを忘れていた。

なまえ、なまえ大好き!行ってくるね!
太陽みたいに笑う彼が、私の名前を呼ぶ。何度も振り返って手を振ってくれる彼に向かって、大声で叫んだ。

雄、ゆう、私も大好き。
早く帰ってきてね────




ピピッピピッピピピッ

朝の空気は清潔だ、と思う。部屋に響くアラーム音が私の意識を覚醒させ、鼻から大きく息を吸い込んで夢の残り香を追いやった。ずいぶん懐かしい夢をみた。もぞもぞとアラームを止めつつ今日のスケジュールを確認して腑に落ちる。8年も前なのに、私は意外とセンチメンタルになっているようだった。高専に行く用事なんかのせいであんな夢をみるなんて。


昨晩、電話で急遽五条先輩に呼び出されたのは私だけではなかった。高専の玄関で同期の七海建人の背中を見つけ、懐かしさでむくむくといたずら心が湧いてくる。忍び足で近付いて、驚かせようと大声を張り上げた。

「なーーーーなみ!久しぶりっっ!」
「…… なまえ。相変わらずですね、君は」
「なになに、相変わらず?綺麗?」
「子どもみたい」
「はぁ、七海も相変わらずじゃん!」

つれないことを言いながらも優しく笑う七海を見て、懐かしさで胸がいっぱいになる。あんな夢をみたからかな。8年前と同じ場所で、またこうして七海と笑い合えることに安堵を覚えた。

「よっ、お二人さん!いや〜〜急に呼び出して悪かったね〜!!」

職員室に置かれた高級そうな黒い椅子に寝そべりながら、五条先輩がヒラヒラと手を振る。高専時代より大分柔らかくなったけれど、自由な所は相変わらずだった。

「あなたの急な呼び出しにはもう慣れました。なまえまで呼び出して、今度は一体どんな無理難題を押し付ける気ですか」
「相変わらずつれないなあ七海は。なまえ、久しぶりだね〜!元気そうで何よりだよ」
「五条先輩、お疲れさまです。これ、この間の任務で沖縄行ったときのお土産です。生徒さん達と召し上がってください」
「え!!いいの?!ありがとう、みんな喜ぶよ」

先日の沖縄任務の際、余った経費で山ほど買い込んだちんすこうが役立った。正直買い込みすぎて持て余していたそれは悪魔のように美味しくて、私の体重をじわじわと増やし続けていた。五条先輩は嬉しそうに一つつまみ上げると、早速袋を開け口に放り込む。

「んーー超うまい。黒糖が疲れた頭に沁みるね。……んで、早速本題なんだけど。“例の”呪詛師に最近動きがあるようでね。いくつか怪しい案件も出てる。二人にはその任務をこなしつつ、空いた時間で呪いの発生源とその周囲を調べてもらいたいんだ」
「……夏油、傑ですか」

夏油先輩ですか、と言いかけて慌てて言い直す。七海が小さくため息をついた。

「そんな事だろうとは思いました。私の明日の任務も、もしかしてそれですか」
「えっ嘘!わたしの明日の、広島のも?」
「ご名答。2人には怪しい案件をいくつかリストアップして送っておいたから、宜しく頼むよ。でも、身の危険を感じたら深追いせずに撤退すること。あとは、もし夏油傑を見つけたらすぐに僕に連絡すること。いいね?」

私と七海が頷いたのを確認すると、五条先輩は「じゃっ僕用事あるから!なまえ、お土産ありがとねー」と言い終わる前に職員室を去っていった。ああいう所も昔から変わらない。嵐のような人だ。

「はぁ、広島楽しみにしてたのにな。はい、七海にもあげる。経費だからって買い過ぎちゃった。このままじゃわたし、深刻にちんすこう太りしちゃう」
「ふ、自業自得だな。……沖縄か」
「うん。懐かしい?」
「ああ。あれ以来だ」

あの時も、雄と七海の二人で沖縄任務に行くと聞いた私は、拗ねて散々大騒ぎした。そんな私を物ともせず、「夏油さん直々の任務なんだよ!」とヤル気満々の雄に益々腹が立ち、七海にまで八つ当たりした事を思い出す。

「あの時ごめん、八つ当たりして。七海とんだとばっちりだったよね」
「全くだ。……まあ、今思えばお前たちのいざこざに巻き込まれるのも悪くはなかった」
「いざこざ……確かになあ、喧嘩じゃなかったね。いつもわたしばっかり怒って、雄に怒られた事なんて一回もなかったよ」
「そういう奴だったよ、あいつは」

高専のグラウンドの辺り、遠くから学生たちの笑い声が聞こえてくる。8年前と何も変わらないこの場所に立つと、雄が変わり果てた姿で帰ってきたあの日のことを思い出してしまいそうになる。

ふいに、七海に小さく肩を押された。「行くぞ」という声で我に帰って、七海と2人、がらんとした職員室を後にした。





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