第八話


渇望していた熱を夏油先輩から際限ないほど与えられた身体は、歓喜で打ち震えた。事後の心地良い脱力感から、抱き締められている腕の中で夏油先輩の心臓の音を聴いていると、少し眠たくなってくる。

私の頬から首筋にかけて、ゆっくり猫を撫でるみたいに触れる彼の瞳には曇りがない。ただひたすらに優しい眼差しの夏油先輩はきっと今、呪術師や呪詛師、それら肩書きの一切を捨て、身体一つでここに居てくれているのだと思えた。


「先輩って、高専出てから8年間何して暮らしてたんですか」
「……教祖、かな」
「ふっ、あはは!え、だから袈裟?」
「なまえ、冗談だと思ってる?」
「でも夏油先輩、向いてそう。なんとなく想像つきます」
「最初は色々と苦労したけどね。だいぶ板についてきたんじゃないかと思ってるよ」
「え、本当なんですか?」

熱情に流されるままに、ろくに話もせず身体を繋げてしまった私たちは、今更になって夜通し8年間の答え合わせをした。私たちの8年に重なる部分は殆どないけど、それでも彼がその時にこう思ったんじゃないか、ああ言ったんじゃないかと想像すると、まるで共に過ごしたような気になって楽しくなってしまう。

私の話を聴く夏油先輩も、昔と同じく気取らない顔で笑っていたから、彼もそう思ってくれているのだと分かって頬が緩んだ。

「ね。そろそろ『夏油先輩』じゃなくて、他の呼び方で呼んでほしいな」
「他のって言われても、……先輩はずっと先輩です」
「そう?先輩後輩以上のこと、あんなにしたのに?」
「それは、そうですけど」
「なまえ。呼んでみて」
「傑……先輩」

恥ずかしくて思わず顔を覆った手は、一回り大きな手にゆっくりと絡め取られる。昔も今も、彼は自分の微笑みの使い方を熟知していると思う。ほんの少し顔を傾け、目を細める。唇を引っ込めるように口角を持ち上げたこの少し意地悪な笑い方は、他人を籠絡させたい時だろうか。

「……恥ずかしくて、もう無理です」
「ふふ、よくできました。もうひと息って所かな」

首筋にあったはずの傑先輩のもう片方の手は、私の胸を柔らかく這う。胸の丸みを確かめるように撫で、頂をきゅっと摘まれるとその緩急に身体が跳ねてしまう。あの微笑みを湛えた唇が、私の肩に噛みついたかと思うと鎖骨をべろりと舐める。こちらを上目に見る傑先輩の艶かしさに、私の身体はすぐに彼の熱を再び求め始めた。

「ん、傑先輩、…また、」
「言ったろう?歯止めが効かなくなりそうだって」
「……わたしも、です」
「そうみたいだね。ここ、すごいよ」
「ぁ、っん」

彼の左中指が私の体内に収まったと思うと、少し上にある奥の方を規則的に刺激する。それと同時に、親指で外側の敏感な所を指先で擽られると泣き声のような喘ぎが漏れてしまう。

「ぅ、ぅあ、っそれ、ん、だめ」
「駄目なの?それなら仕方ないね」

身体を起こした傑先輩が私の太腿を強く押し上げたと思うと、彼の長い髪が私の皮膚にパサリと落ちた。柔らかい舌で秘部の蕾を包み込まれ震えるように舐められると、指での奥への抽送と相まり、一瞬で絶頂の極彩色が見える。

「っ、!待って、あ、ぁ、イく、───っぅ」
「ん……本当になまえは、どうしてこんなに可愛いんだろう」
「は……っな、に言って」

独り言みたいな甘い言葉を吐き捨てた傑先輩の身体が、私にゆっくりと覆い被さる。口元を拭いながら私の目を見つめる彼が腰を進めると、お腹の奥に重たい質量を感じた。未だ絶頂の余韻で震える膣壁がその質量をぴったりと包み込むと、傑先輩の緩慢な腰使いのせいで大きな水音が部屋中に生々しく響く。

「なまえ、ちょっとごめんね」

傑先輩が腰をゆるゆると動かしながら、両手で自身の長い髪を纏めはじめる。そのあまりに扇情的な光景を見ていられず、つい顔を覆った。これからの情事の激しさが増すことを、暗に意味しているようなものだ。

「っ、もう、やめてください、っ」
「……君はやらしいね。期待しただろ?中、すごく動いてる」

髪を纏め終わった彼がニヤリと笑うと、私の太腿を引き寄せて奥を穿つ。ぐりぐりと最奥に擦り付けるような動きで腰を動かされ、痺れた頭では呻きのような喘ぎ声しか出てこない。

「ぁ、や、っだ、むり、ぅ」
「なにが、無理?」
「こわ、い、きもち、よくて」
「……怖くなんてないよ。私がいる」
「っ、だって、先輩、ぁ」

快楽で浮かされた私の辿々しい言葉を聴こうと、傑先輩が抽送を緩める。大きな身体に包まれるように抱き締められると、安心感と同時にそれを失うことの恐ろしさがふつふつと湧いてきて、思わず彼の身体に強く脚を絡めた。

「…傑先輩、いなくなっちゃう、から」
「そう思う?」
「いつか」
「それはなまえ次第だよ」
「……地獄に落ちちゃった気分です」
「ふふっ、大変だ。私が掬ってあげる」
「は、ホンモノの教祖さまみた、っん!あ」

私の軽口を最後まで言わせないとばかりの激しい律動が始まると、さっきまで抱いていた恐れが快楽で塗りつぶされていく。脳天まで響くような激しい突き上げに、お腹の奥に甘い痺れが走って脚の痙攣が止まらない。何度目の絶頂かもう分からないまま、明け方の頼りない光の中でただひたすら彼の胸にしがみつき、背中に爪を立てた。

掬ってくれる?
私も、彼を掬ってあげたい。

ぐちゃぐちゃと交わる、溶けきった下腹部とは真逆の優しすぎるキスをくれる傑先輩の頬を撫でると、彼の綺麗な眉根が切なげに寄せられる。キスの合間に何か言おうとしたその唇は、逡巡の末に噤まれたように見えた。

それがもし、私が言おうとした言葉と同じなのであれば。私たちは、2人とも掬われたりするのだろうか。




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