友達は似非優等生


たまたま遊び行ったら、その場にたまたま挑戦者が表れて、たまたま機嫌が良かったマツバが上機嫌にこう言った。

「良かったら、バトル見ていかないかい?」

挑戦者も、観戦してくれる人がいると燃えるとか言うので、ならばお言葉に甘えようかと邪魔にならない場所に陣取り、ジムリーダーVS挑戦者の熱い戦いを観戦する事となった。
結果だけ言うと、マツバの負け。あんだけ自信満々だったくせに負け。
マツバは試合後、挑戦者にバッジを渡し、ガッツリと握手までして笑顔で言った。

「ありがとう、いい勝負が出来て嬉しいよ」

挑戦者もマツバの手を握り、嬉しそうに力強く頷いてジムを後にした。
この場合、見ていた私はマツバに声を掛けておくのが常識なのだろう、そう思って挑戦者を見送っていたマツバに近付き、背後からその肩に手を置き声を掛ける。
が、肩に置こうと思った手が宙を切った。

「マツ…」

ふいっ、と私の手を避け、声を掛ける私の横を通り過ぎて、真っ直ぐに奥へと行くマツバ。
こちらを見ずに「ごめん、疲れちゃったみたいだ」と、覇気のない声で淡々と言われた。
立ち尽くす私の目の前で、マツバが出て行ったドアがゆっくりと閉まった。
さて、たまたまこの場に居合わせて、たまたまバトルを観戦して、たまたま友人の負け試合を見てしまった私は、この後どうすればいいのか。
普通ならば気を利かせて出て行くのが定石だろう。何も言わずカッコよくクールな私を見事演出するのが定石なのだろう。
だがしかし、たまたまがこうも重なると、さてどうしたもんかと、しばし悩む事態になる。
マツバの去り際、たまたま一瞬だけ見えてしまったその表情。
普段のマツバだけ見ていたら一生遭遇出来ないであろう、なんとも陰鬱で鬼気迫る表情。
あんな顔見せられたら、友人として後を追わずにはいられないじゃないか。

「マツバ、マツバ!」

結局友人の後を追って、ドンドンとマツバが閉じこもった部屋の戸を何度も叩くお人好しな私。
中からは「悪いけど帰ってくれないか」とか「気分がすぐれないんだ」なんて、この期に及んでまだ嘘八百を並べるマツバ。
声だけは実に温和で、まさか中であんな陰鬱で鬼気迫る顔して喋っているなんて、誰に聞いたって分からないだろう。
優等生ぶるのだけは上手いんだから、困ったものだ。
ドアを叩くのを一端止め、溜め息混じりにドアをねめつける。正確には、ドアの向こうのマツバをねめつける。
こんな事になるのなら、最初から私を誘わなきゃよかったのに。
人前で自分の失敗を指摘されるのが一番嫌いなマツバ。本人がそう言った訳じゃないけれど、見てれば分かる。ヤツは無駄にプライドが高すぎるのだ。
それなのに機嫌が良いからって私を誘って、見事負けてくれやがって、この結果だ。

「本当に、君の負けず嫌いには敵わないぜ」

呆れ半分、尊敬半分で呟けば、目の前のドアが内側からドンっと叩かれ揺れた。
目の前で音を立てるドアに、びっくりして一歩後ずさる。
ドアが揺れた後、べしゃっと何かが落ちる音がしたので遠くから何か、枕かクッションみたいなのを大きく振りかぶって投げたに違いない。
この事から真実を突かれて、いい加減うぜぇ帰れ、と言いたいのがマツバの本音だろう。
優等生が本音を出し始めた。これは面白い。
マツバの事を心配する気持ちと一緒に、そんな気持ちが沸き上がってきてしまった。
そう思えたならばいざ行動で示さん。
あまり使いたい方法ではなかったが、モンスターボールを取りだし、以前マツバから貰った彼御用達のポケモンを取りだす。
ボールから飛び出したゴーストは、何も聞かずに、ただドアと壁の隙間をすり抜け中に入って行った。
これで部屋の中にマツバのゲンガーが居れば、私の計画は丸潰れな訳だが。
そんな心配をしている内に、内側から閉めてあった鍵が、カチャンと乾いた音を立てて開いた。
マツバに行動される前に、急いでドアノブを捻り扉を開け放った。
部屋の中は、陰鬱で鬼気迫る表情のマツバくんにお似合いの暗い部屋だった。
マツバはそんな部屋の隅でビックリした顔を作りながらこちらを見ていた。鍵を開けてくれたゴーストが嬉しそうに私の側にやってきた。

「やぁマツバ、暗い顔してどうしたんだ!外は明るいぜ!」

ツカツカとわざと靴音を大袈裟に鳴らしながら部屋を闊歩する。部屋の隅ではマツバが苦虫を噛み潰したような顔してこちらを睨んでいた。そんなに歯を食いしばったら顎に悪いって歯医者さんに言われた事はないんだろうか。
そんなマツバを横目に、締め切られた厚手のカーテン、遮光とか案の定過ぎて笑える、を思いっきり開けてやった。
その瞬間、太陽の光が部屋を照らしだし、暗くなったマツバの顔を眩しく照らす。
はずだったのだが、

「あれ、もう夜か…」

開けた途端、目に入ったのはぼんやりと付いた家々の明り、それと街灯の明かり。
そう言えばマツバが挑戦者とバトルをしてた頃にはもう日が傾いていたっけな、と思い出す。

「外は暗いぜ、ミナキくん」

さっき私が言った言葉を、背後で引用された。人のあげ足を取るなんてどこまで陰気なヤツなんだ。
励まそうと思ったけれど、失敗を面白おかしく引用されてはつい文句も出てしまうと言うもので、窓から中へ視線を戻し、部屋の隅で鬱々としているマツバへ向き直る。
するとマツバは、予想外に、その表情を明るいものに変えていた。

「君の、そういう考え無しに動く所、ウザいけど嫌いじゃないよ」

ふふっと笑うその姿は、人を馬鹿にしている半分、純粋に楽しんでる半分。
馬鹿にされたのは不服だが、まぁ励ますのが目的でここまで来た訳だから、これはこれで成功なんだろうか。
笑うマツバの姿を見ながら、まぁこれで良かったんだろう、と納得する。

「あ、でも部屋に勝手に入って来たのは怒ってるんだ、そこは謝ってくれ」
「私は君を励ましてあげようと思ったんだぞ!」
「別に励ましてなんて言ってないし、そもそもその子、僕があげたゴーストじゃないか」
「返してって言っても無駄だ!このゴーストはもう私のだからな!」

いつも通りの会話を交わしながら、改めてもう一度その表情を窺う。
その顔には、バトルに負けた後に見せた陰鬱で鬼気迫る表情はなかった。
いつも通りの優等生に戻った、ってことだ。
それはそれでちょっと面白くないな、出来れば本音垂れ流しのマツバと一度バトってみたかったんだけど。
だって友達である私にも本音をちゃんと言わないなんてちょっと水臭いだろう。
そんな事を考えながら、とりあえず優等生通常営業のマツバを快く迎える事にした。
そのうち、優等生じゃない本音垂れ流しのウザい鬱々陰険マツバとちゃんと話を付けて顔面をグーで殴りたいぜ、なんて熱い思いは、今のところ胸の内に秘めておくことにする。





END





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