砂嵐の中に声


久し振りに晴れた日だった。
晴れたと言っても分厚い雲が空から消えた訳じゃない。
空にはどんよりとした雲が相変わらずかかっていた。
けれど雪は止んでいた。嵐のように吹いていた風も、随分と落ち着いていた。
そんな日の夜だった。
いつのも洞窟に戻って、リザードンの尻尾を借りて火をおこしゆっくりしていると、ふいに側に置いていたリュックサックが振動した。
地震でも起こったのかと辺りを見渡すが、敏感なはずのポケモンは何事も無くくつろいでいた。
もう一度リュックサックに視線を移し、恐る恐る手を伸ばす。
ファスナーを開けると振動音と共に小さく音がする。
それはリュックサックの一番底から見付かった。
ポケギア…。
山に入る時持ってきたそれは、こんな場所では一切使えず、そのままリュックサックの一番底に押し込まれたのだった。
そのポケギアが弱々しく震えている。
充電なんか当たり前にしてなかったそれは、液晶画面なんて薄すぎてまったく見えなかった。
このまま鳴らし続けたら、電池なくなっちゃうかな。
どうすれば良いのか分からず、大事に両手に持ったまま数秒。
やっぱり止めよう。
そう思いまたリュックサックに戻そうとしたその時、ピッと音が鳴った。

「うそ…」

しまう時、指が変なボタンを押したらしい、さっきまで弱々しく振動し鳴っていたポケギアが、今度は砂嵐みたいな音を吐き出した。
ザザーとまるで番組の映らないテレビみたいに鳴りだす雑音。

『―い………れ―……レッ…―ド………』

それは人の声だった。
それは確かに、名前を呼んだ。
慌ててポケギアに顔を近付ける。微かな音を拾うように。

『レッド………お――…グ……なぁ―……』

小さく弱々しい声は砂嵐の雑音の中、自分に向かって何かを懸命に言っていた。

「あ…」
『レッド…レッド………おま―…どこ…に…―――』

次の瞬間、声は砂嵐に飲み込まれて何も聞こえなくなった。
リザードンがゆっくりと体勢を変えてまるで外から守ってくれるみたいにしてくれた。
雪が、また降ってきたのだ。
ザザーを無機質な音を立てるポケギアのボタンをそっと押して通話を遮断する。
あの声は確かに名前を呼んでいた。懸命に何度も呼んでは何かを伝えようとしていた。
そんなことをするのは誰だろう。そんなことをするのは…。

「グリー…」

名前を呼びそうになって、慌てて口を閉じた。
呼んでしまったら、何かが自分の中で壊れそうな気がした。
まだ僕は、ここにいなくちゃダメなんだ。まだここに居させて欲しいんだ。まだ。
ギュッと膝を抱き上げ強く目をつむる。
リザードンの尻尾が、そんな僕を優しく触っていく。

「…ありがとう」

呟くと、尻尾はもう一度僕に触れて落ち着いた、
ポケギアは、リュックサックの底に戻しておいた。
もしまたアレが鳴ったら、それを考えると自分の中の何かが揺らぐ気がした。
けれどもし鳴ったら。僕は一体どうするだろう。
懸命に名前を呼んでくれた声、僕はあの声をもう一度聞きたい。

「……ッ」

ジーとリュックサックのファスナーを急いで閉める。
そのまま膝を抱えて、痛いくらいに目をつむった。
僕はまだこの場所で修行がしたい、まだ戻りたくない、まだ、逃げていたい。
耳鳴りの様な風の音を聞きながら、意識をゆっくり沈めていく。
耳の奥にはザザーと無機質な音が響いている。
砂嵐はまだ、おさまってくれないようだ。




END

逃げたいレッド。





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