雪山スターダスト


何層にも重なる分厚い雪の上を、風に吹かれながらただ歩く。
防寒具をこれでもかと着込んできたというのに、体は芯から冷えて顔に当たる冷たい風はもはや痛い。
何故こんな所を歩いているのかと言うと、それは少し前の話にさかのぼる。
ポケギアに掛かってきた電話は、最近よく連絡を取る後輩トレーナーだった。
ソイツは「シロガネやまには伝説のトレーナーが居る、挑戦しに行く」などと言って勇んで出て行って以来会っていなかった。
電話の向こうで聞こえる幼いが元気いっぱいの声に「そういえばアレどうなったんだよ」と冷やかし半分で尋ねると、元気いっぱいの声は更にボリュームを大きくして返って来た。
凄い強かった、伝説のトレーナーは本当に居た。
興奮気味に話す声を宥め、本当に居たんだなぁ、なんて思いながら「それで?」と話を続ける。
どんなヤツだったのか。どんな話をしたのか。バトルには勝ったのか、負けたのか。
尋ねると、声は少しトーンを落とし「負けてしまった」と答えた。それに対してそうか、とだけ答えると、電話の向こうの声は「でも」と明るい声でそのトレーナーについて語り出した。
本当にとても強かった。口数は少ないけど、カントーの話をしたら楽しそうに聞いてくれた。
グレンタウンの話をしたら少し悲しそうな顔をしていた、四天王のキョウとワタルの話をしたら楽しそうな顔をしていた、それから、トキワのジムリーダーが代わった事を知らずに興味を持っていた。
その話を聞いて、なんとなく引っかかるものを感じた。
トキワのジムリーダーが自分になる前、つまりサカキだった頃を知っているという事は、少なくても自分が旅をしている頃以前にトキワジムに挑戦した事になる。
何故ならその時期に、サカキはトキワジムから姿を消したのだから。
妙にモヤモヤする気持ちを押さえて、あえて冷静な声色で電話口に話しかける

「ヒビキ、ソイツの特徴を出来るだけ教えてくれ」

そして、この雪山だ。
ヒビキから得た情報でほぼ確信を持ってこの雪山を登っている。
3年前、誰にも行き場所を告げずに姿をくらましたアイツ。アイツが伝説のトレーナーだ。
伝説のトレーナーという響きに、昔アイツがちょっと名を上げた時に感じた、胃がムカムカとする感覚がよみがえる。アイツのくせに生意気だ。
もしその伝説のトレーナーがアイツじゃなくても、俺を差し置いて伝説のトレーナーを名乗るのが気に食わない。もし違っても、ぎったんぎったんに負かしてやる、そんな心意気。
ザクザクと次から次へと降り積もる新雪を踏みしめ、冷たい風に吹かれながら、ただそれだけのために厳しい雪山を登る。
途中で何度か風が凌げそうな横穴に入って休憩を挟みながら、登山開始から数時間後、ようやく頂上が見え始めた。
その頃には髪の毛一本一本がまるで凍ったように冷たく、ガチガチと歯の根が合わないのも通り越して骨がキシンと痛かった。
頂上に到着すると、そこは真っ白な世界だった。
真っ白と言っても銀白の世界とかそういう綺麗なモノじゃなく、吹き荒ぶ雪によって視界はほぼゼロ。四方八方から風が吹いて雪を体中にぶつけてくる。
目に雪が入らないよう手でツバを作るようにしながら、その視界ゼロの世界をまじまじと見つめる。
ヒビキの話だと、その伝説のトレーナーは山のてっぺんに居たという。
しかしキョロキョロと辺りを窺っても人影など見当たらない。と言うか、この状況で人を捜すのはまず不可能に近い気がした。
けれどここで諦めたら、そもそもここに来た理由が無くなってしまう。
絶対ここに居るだろう伝説のトレーナーを見つけて、ぎったんぎったんにやっつける。もし伝説のトレーナーがレッドなら、レッドなら、
そこでふと我に返った。
そういえばもし伝説のトレーナーがレッドだったなら、俺はどうしようと思ったんだろう。
伝説のトレーナーがレッドかもしれないと、ほぼ100パーセントの確信を抱きながら登ったはいいが、レッドだった場合、会ってどうしようかという所まではまったく考えていなかった。
世間話をする?バトルをする?それとも、
考えている最中も風は容赦なく体にぶつかり、雪がどんどん積もっていく。このままじゃ埋まっちまう。とりあえず寒さを誤魔化すためにも頂上をもう少し探索する事にした。
そしてそれは、案外すぐに見つかってしまった。
そんなに広くない山のてっぺんを進み、上って来た方向とは真逆の、崖といってもいい場所に、その人影は風に吹かれながら、それでも身動きする事も無く立っていた。
視界がゼロのこの世界で、その人影は、やけに鮮明に見えた。
見慣れたリュックサック、帽子、そしてこちらをまっすぐに見据える目。
「レッド…?」
「………」

声を掛けると、人影は僅かに身動きをした。静かに腰に付けられたモンスターボールへ忍ばしていた手をビクリっと縮め、それからまるで窺うようにこちらをジッと見つめてきた。
風が少しばかり弱まり、視界ゼロだった世界が僅かにクリアになる。
ほとんど距離を開けずに対峙したその人影が、鮮明な映像となってそこに立っていた。それは間違うはず無い、確実に、3年前チャンピオンになった矢先に行方をくらましたレッドだった。

「……グリーン?」
「レッド、お前やっぱりレッドか!」

グリーンと名を呼ばれ、ほぼ100パーセントだった確信は、絶対の確信に変わり、僅かに空いていた距離を駆けより詰める。
すると僅かにクリアだった人影はちゃんと認識出来るようになった。
久し振りに見たレッドはと言うと、

「うわお前!何やってんだよ!」
「え?」
「半そでとか自殺か!馬鹿!」

久し振りに見たレッドはこの雪山のてっぺんだと言うのに何故か半そでという出で立ちだった。
慌てて着込んでいた防寒具の一番上を脱いでレッドに掛けてやる。レッドは不思議そうな顔をしながらも「ありがとう」と小さくお礼を言って、それをギュッと握りしめた。

「グリーン、何しに来たの」

突拍子なくレッドは真っ直ぐに俺を見つめながら、3年たっても変わりない表情で俺に質問を投げて寄こした。
再開を喜ぶ間もなくそれかよ。まぁ確かに、それは当然な質問だけど。
いきなりど真ん中を射る様な質問をされ、返答に困って自分の頭をかく。髪の毛に触れた瞬間、手袋越しからでも分かるほど冷えた感触に、ブルリと体が冷えた。
そう、こんな寒い辛い思いまでして何故俺はレッドに会いに来たのか。それは、俺自身だって聞きたいことだった。
グダグダと頭をかいたり姿勢を変えたりしながら、考える間を持たせようと「それはだな、」「んー…」などと言葉にならない言葉を呟く俺。レッドはそんな俺を見ながら可笑しそうに笑った。笑ったと言っても、ほんの少しだけ口角を上げた小さいものだったけれど。

「もしかして…僕を連れ戻しにきた?」

ニッとこの寒さに半そでで長時間立っていたとは思えないほど、ナチュラルに動く頬の動き。一瞬だけ視線を取られて、レッドが言った言葉を理解するのが半歩遅れた。
連れ戻しに、俺が、お前に。
頭の中でその言葉を繰り返して、小さな違和感に気付く。
あれ、そう言えばさっきから何でコイツの顔こんな綺麗に見れるんだろう。
気付けば、あれほど吹き荒んでいた風が今は大人しくなっていた。視界を遮る程降っていた雪も、ぴたりとその姿を消してしまった。
雪山のてっぺんに立つレッドの顔が、ふいに明りに照らされより鮮明に映し出される。

「星だ…」

レッド越し広がる空が、分厚い雲を払いのけてそこに顔を出していた。
手を伸ばせば触れられそうな程近くにある沢山の星が、キラキラとこの雪山のてっぺんを照らしている。
それはあまりに幻想的な光景で、つい言葉を無くしてしまった。
レッドは、バカみたいに空を見上げてた俺同様に、バカみたいに顔を持ち上げ、その空を食い入るように見つめていた。
レッドの真っ黒な瞳にキラキラした星が映って輝いていた。

「そう…かもな」

その目を見ていたら、ポロリと言葉が漏れだした。
そうかも、そうかもしれない。
ヒビキから話を聞いて、それがレッドかもしれないと思った瞬間、ただ会いに行かなければと思った。
会って、そして連れて帰ろうと。

「3年間も音信不通にしやがって、バカ野郎」

心配したぞ、と言うとレッドは空から顔を戻しこちらを見た。
さっきまでキラキラの星を映して輝いていた瞳に俺が映る。その目が細められる。

「そうか、うん…じゃあ、一緒に帰ろうか」

そっと差し出される右手。
俺はその手を自分でも驚くほど素直に握り返した。
ただし、その冷たさに背筋にゾゾゾと電流が走る感覚に陥る。
慌てて左手の手袋を脱いで、それをレッドに押しつける。

「それ、左手にハメとけ、ちっくしょー冷たい手しやがって」

レッドは頭に疑問符を浮かべた不思議そうな顔をしたが、素直に俺から渡された手袋を左手にはめて、「はめたよ」と手を見せてくる。
それを確認したのち、改めて今度は俺から、右手を握りしめる。
握った右手は、やはり氷りでも触ってるんじゃないかってくらい冷たくて、思わず手を離しそうになったが、それでもなお一層強くギュッと握りしめる。
レッドはそんな俺を面白そうに見つめながら、ギュッと手に力を込めてきた。
そして並んで、一緒に雪山のてっぺんを歩きだす。俺が登って来た道をなぞるそうに。

「綺麗だな」

ふいに隣に並ぶレッドがそんな事を言ってきた。
もう一度、空を見上げて煌めく空を見上げる。
綺麗だ、綺麗。とても綺麗だった。

「そうだな」

頷くと、レッドはギュッと俺の手を握り返しながら満足気に頷いた。
雪山は、星の明りに反射して、淡く細かく、キラキラと光り輝いていた。
繋いだ右手と左手は、二人の体温で温かかった。






END





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -