そびえる塔にただ慕情


ミナキ君が久々に顔を見せに来た。
今までスイクンを追ってカントーに行っていたらしい。相変わらずの行動力に若干呆れながら、積もる話もあるだろうと今晩は僕の家に招待して、夕飯を食いつつミナキ君の話に花を咲かす事となった。

「スイクンが…?」

夕飯も半ば聞かされた話に口に運ぶ箸を止めてつい聞き返してしまう。
僕の聞き返しにミナキ君は箸を口に淡々と運びながら「そうなんだよ」と、まるで世間話でもする風な口調で平然と答えた。
スイクン、それはミナキ君が生涯を賭けてずっと追い続けている伝説のポケモンだ。
そのスイクンをカントーで諦めたと、今さっきそう言ったのである。
どうして?そう尋ねたい僕の顔を見て、ミナキ君は一足早く「それがスイクンの望んだ事だからね」なんて口もとに笑みを浮かべて平然と言ってのけた。
僕はその態度に困惑と、苛立ちを覚えた。
手に持った箸を置き「それでいいのかい?」と、今一度語りかける。自暴自棄で言ったのなら、今の発言は聞き流してやるつもりだった。
しかしミナキ君は尚も箸を口に運び「この漬物美味いね」なんて言いながら、そんなどうでもいい発言の後に「もういいんだよ」と連ねた。
それでも尚「でも」、と続ける僕をミナキ君は箸を置いた指で差し、さっきよりも笑みを濃くして言う。

「君は本当にしつこいな、女々しい男だぜ」

あっけらかんとそう言いきって、私がそれで言いんだから良いんだよ、と仰々しく締めくくった。
僕は、その笑顔がひどく不快だった。
笑顔だけじゃない、ミナキ君の態度も、発言も、何もかも全て不快だった。
気付くと僕も無理やり笑みを浮かべ、出来るだけ腹立たしげに聞こえるよう言葉を投げかけていた。

「それは負け惜しみってヤツじゃないのか?」

僕の言葉に、一瞬ミナキ君の眉がピクリと跳ねる。
しかし変化はそれだけで、ミナキ君は湯飲みに入ったお茶を一口すすると、言い切った僕に視線を寄こした。
その視線があまりに腹立たしくて、僕は一瞬で頭に血が上る気がした。まるで、憐みを込めた視線だった。

「君は、私と傷の舐め合いが出来なくて寂しいのか?」

その言葉がまるで引き金だったように、僕は自分でも訳が分からずに立ち上がり、ミナキ君の胸倉を掴んでいた。
そして至近距離で、笑みを絶やさない彼に叫んだ。

「僕はそんなんじゃない!そもそも君と僕とじゃ背負ってるモノが違い過ぎるんだ!」

血が逆流する感覚。
その瞬間頭の中にあったのは、幼い頃からずっと見ていたあの塔と、虹色の羽と、両親の、家族の顔だった。
幼い頃からずっと言い聞かされてきた。この街に伝わる伝承を何遍も何遍も読み聞かされ、ホウオウを呼ぶのはお前だと言われ続けてきた。
僕もそれを当然のことと受け止めたし、だからこそ幼い内から厳しい修行を欠かすことなく繰り返してきた。
ホウオウを呼ぶのは、ホウオウが姿を現すのは僕の前なんだと、それを信じて疑うことなんて一度も無かった。
あの瞬間までは。
街に訪れた少年。彼を見た瞬間分かってしまったんだ。ホウオウのために修行してきたからこそ分かってしまったんだ。
ホウオウが姿を現すのは僕の前ではない、と。
だけど僕は諦める訳にはいかなかった。だって僕の肩には家族の期待や希望が全て乗っかかっているのだから。
そしてそんな僕とミナキ君は同じ境遇だと思っていた。
自分の意思、人の意思に多少の違いはあるとして、それでも1つのモノに憧れ追い求め、生涯を捧げる姿はまさしく一緒であったから。だからこそ僕は、ミナキ君を友とした。
だと言うのに、ミナキ君はカントーで、スイクンの意思だと言って、今までずっと追い求めていたモノを簡単に諦めてしまった。
まるでもう未練なんてないかのように、笑って、笑いながらそれを僕に報告してくる。
その姿は、まるで僕の今までの生き方、今現在を否定されているようであり、更には友としても深い裏切りを受けた様で、僕は目の前のミナキ君に、心の底から幻滅していた。

「やはり、僕と君は境遇なんて似ても似つかない、まったくの別世界に生きていたのかもな」
「そんな事はない」
「もういいよ、どうせ君には僕の悲しみは分からない」

追い求めていたものが永遠に手に入らないと知った悲しみを、君は一生理解出来ない。
だって君は今もこうして笑っているのだから。
全てに諦めを付け、掴んでいた胸倉をそっと外す。
出て行ってくれ。そう、口にする寸前、強い衝撃が襲った。
左頬に衝撃を受け、僕は咄嗟の事に受け身が取れずそのまま地面に倒れ伏す。
ミナキ君に殴られたんだと気付いたのは、彼が自分の右手を左手で覆うようにして立っていたのを見た時だ。
無意識に殴られた左頬に手を添える。そこは、まるで沸騰したヤカンのように熱かった。

「黙って言わせておけばなんだ、君は一体いつから世界の悲しみを全て背負ったんだ、僕だけが悲しい?笑わせるな!私だって、私だって悲しいし悔しいって、何度もそう言っているじゃないか!」

ただ茫然とミナキ君を見つめるしかない僕に、彼は顔を真っ赤にしながら怒鳴っている。その姿は、普段のミナキ君から想像する事も出来ない。
ミナキ君は叫び終わった後、まるで走った後のように肩で息をしながら、壁に掛けてあった自分のマンとを掴むとドアの方へズカズカと足音荒く向かっていった。
そしてドアから出ていく間際、まだ無様に床に座り込む僕へ向かって、吐き出すように怒鳴って言った。

「そんなんだから君はゴーストタイプそっくりの性格なんだ!」
「な…ッ!ゴーストタイプは関係ないだろう!」

ゴーストタイプの話をされ、咄嗟に反論してみるが、言い終わる前にミナキ君はさっさと部屋から出て行ってしまった。
残された僕は、ただ殴られた左頬を押さえながら、目を伏せ、ガンガンと頭に響く痛みに堪えるしかなかった。
何だよそれ。胸の中でポツリと呟く。
突然怒り出したミナキ君。その口から発せられた怒声を思い出し、頭の中で反芻して、やはり頭が痛くなった。
世界の悲しみを背負っただって?僕がいつそんなもの背負ったと言うのだ。それこそ、それこそ言いがかりだ。
胸の中でここに居ないミナキ君に向かって届かない文句を叫ぶ。けれどその度に頭の中に響く痛みは強まった。
世界の悲しみなんて背負ってなどいない、この悲しみは、この痛みは全て僕のものだ。誰もこの悲しみなど理解出来ないし、感じる事はないんだ。
ギュッと、無意識に自分の肩に触れていた。何も乗っていない、けれど常に重たいその肩に。
この肩には、家族や、両親の期待、夢が乗っている。僕はそれに応えるために修行してきた。それに応えられるのは僕だけだと信じて疑わなかった。
それなのに。僕は修行した結果、それが叶わない事を悟ってしまった。信じて疑わなかったモノが気付くと、スルリと手から零れ落ちていった。
そして肩に乗っていた期待は、その瞬間、深い悲しみに変わった。期待が大きいだけ、僕の中の悲しみは一層深くなった。
この悲しみは、きっと誰にも理解出来ない。分からない。
だと言うのに、アイツは、ミナキ君は、そんな僕の悲しみをまるで独りよがりの被害妄想だとでも言うように叫んだ挙句、私だって悲しいし悔しいと言ったもんだ。
境遇も何もかも違う僕とミナキ君を、ミナキ君はひとくくりにして、私だって悲しいし悔しいと言った。
まるで僕の感じている悲しみと自分の悲しみが一緒だとでも言うように。

「馬鹿げてる」

胸の呟きは、気が付いた時にはもう口から外に出ていた。
ついさっきまで途切れる事なく続いていた会話が嘘の様に静まり返った部屋に、その声はやけにハッキリと大きく響いた。
そう、馬鹿げている、そんな事馬鹿げている。
だってそもそも、そう、だってミナキ君は、

「悲しいとか悔しいなんて、一言だって言わなかったじゃないか」

この街に、今日僕の目の前に顔を出してからずっと僕はミナキ君から悲しい、悔しいなんて単語を聞いていない。
ずっと笑っていた。楽しそうに、おかしそうに、少しだけ寂しそうに。寂しそうに。
すぐ側にあった椅子に捕まり立ち上がる。殴られた衝撃がまだ抜けきってない頭が一瞬クラリときて足元が縺れたが、それでも体勢を整えて彼が出て行ったドアに向かって歩き出した。
僕も悲しいし悔しい、とミナキ君は言う。
僕に、いつから世界中の悲しみを背負ったんだと罵る。
もし仮に僕が本当に世界中の悲しみを背負ったつもりでいるのなら、だったら僕に言ってみろ。悲しいって、笑わずにちゃんと真面目に悲しいって言ってみろ。
そうしたら君の悲しみくらいは、返してやるのに。
ズキズキする頭を抱えながら、それでも出て行った後ろ姿を見つけるため足を進める。
どうせミナキ君がいる所なんてたかがしれてるのだけど。
未練がましい、女々しい男だと僕に言うのなら、君だってそうじゃないか。
外に出てそっとそちらに視線を向ける。
今日は星が綺麗な夜だった。空に浮かんだ月が淡く光りながら照らしていた。
夜空にそびえる焼けた塔を。







END





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