ただいまサンデーナイト


シロガネやまを下りて、チャンピオンロードのゲートを横断しトキワシティに出る。
別に珍しい訳ではないのになんとなくキョロキョロと辺りを見渡していると、道端に立つおじいさんが「ジムは閉まっとるよ、またジムリーダーが不在らしい」と話し掛けてきた。
どうやらジムに挑戦にきたトレーナーと間違われたらしい。
親切に教えてくれたおじいさんに会釈をして、ニビとは逆方向へ進む。
草むらを避けるよう段差を飛び越え進んでいくと、小さな町が見えてきた。
マサラタウン、僕の故郷だ。
ちょと歩けば全貌が分かるほど小さな田舎町。
どれもこれも誰も彼も昔から知っている風景とまったく変わらない、悪くいえばちょっと閉鎖的な町。
歩くと「久し振りだね」とか「元気そうだね」など、昔と変わらない穏やかな挨拶を受ける。
そんな温かな挨拶に軽く会釈をしながら、自分の家に向かう。
家のドアを開けると、母さんがテレビを見ていた。
僕に気付くと、「おかえり」と、笑って出迎えてくれた。
そしてすぐに目を丸くして、
まぁまぁ汚くして!ズボンもボロボロ!早く脱いでちょうだい、洗濯しなくちゃ!ほらレッドはお風呂へ入ってらっしゃい!
と、僕から服を剥いだ。
言われるまま僕は風呂場に直行し、暖かい湯船に浸かって鼻唄を歌った。
脱衣場では母さんが着替えを置きながら、「父さんと一緒でヘタクソね」と笑っていた。
お風呂から上がって用意してくれた服に袖を通して、グシャグシャになった髪をそのままに出ていくと、母さんが夜ご飯を作っていた。
ご飯が出来るまで部屋でリュックの整理でもしていれば?リュックすごく重かったわね。
何故か嬉しそうに話す母さんの言う通り、部屋に向かいリュックの整理をする事にした。
リュックの底を持って勢いよく引っくり返すと、沢山の物が部屋一面に散らかった。
予想外に酷かったのがモンスターボールで、そんなに広くない部屋の四方八方に転がっていた。
おまけにベルトに付けていたボールがどこで混ざったのかその中にあり、壁にぶつかった拍子にピカチュウが飛び出してきた。
ピカチュウは遊びだと勘違いして部屋を駆けて散らばったボールを更に蹴散らしていく。
僕はそれを見ながら、他の5匹じゃなくて良かったな、と思った。
他の5匹ならこんな小さな部屋だ、窮屈で仕方なかっただろう。
走り回るピカチュウを何とか捕まえてボールに戻し、気を取り直して整理に戻る。
まずは大事な物から、散らばった中から探しだしリュックに詰めていく。散らばったボールはしばらくそのままにしておく事にした。
続いてわざマシン等。
CDみたいな形状のそれをそのままリュックに端から詰めていく。
そういえば以前、口煩い友人に「わざマシンはもっと大事に扱えよ!」と怒られた事がある。
大事にって、貰った物なら分かるが僕の持ってるわざマシンの大半は拾い物だった。
そんなの大事に扱えもくそもないんじゃないかな、と言ったら更に怒られた。
そう言えば、その時わざマシンケースを貰った気がする。
「これ使え」と渡されたそれは、はて何処に閉まっただろう。
一瞬探そうかと辺りを見渡す。
だがしかし、部屋の惨状にその気はすぐになくなった。
仕方なく立ち上がり、部屋を出て外へ向かった。

「ちょっとグリーンの家行ってくる」

声を掛けると母さんは「もうすぐ夕飯出来るわよ」と言うので、すぐ戻る、と付け足した。
グリーンの家はすぐ隣だ。歩いて10秒もかからない。
チャイムを鳴らすとすぐにドアが開いた。

「こんばんはナナミさん」
「あら、レッドくん久し振りね」

ナナミさんは変わらない笑顔で出迎えてくれた。
そして「グリーンったらちょっと前に出ていったのよ」と教えてくれた。
続けて、たぶんすぐ戻るから。そう言って僕をグリーンの部屋へ案内した。
ちょっと前ってどれくらい前なんだろう。
勝手にベッドに腰掛けながら考える。
壁に掛かった時計は20時半だった。
きっと30分前なんだろうな。
ゴロンとベッドに横になり、天井を見上げる。
グリーンの部屋は子供の時と比べたらだいぶ変わっていた。
家具の配置も違うし、そもそも家具自体もだいぶ変わっていた。
更にいえば小物類とかポスターとか、相変わらずイーブイのヌイグルミだけはラックの上に飾ってあるけれど。
僕の部屋なんて子供の時と比べたらほとんど変わってないというのに。
僕の部屋だけじゃない、町はなに1つ変わってなんかない。
どれもこれも誰も彼も、昔から変わってるものなんて1つだってない。
ただ僕の知っているマサラタウンにはずっと、僕が生まれた時から、グリーンってヤツがいた。
何かにつけて喧嘩したしけど、毎日、日が昇ってから沈むまで飽きずにずっと遊んでいた。
自信家でナルシストのくせに、口煩くてお節介で心配性のグリーンがいた。
そう、毎日毎日、顔を付き合わせていた。
それこそ、朝起きたら顔を洗うみたいに、グリーンがいるのが当たり前で日常になっていたのだ。
けれど今日は、今はいない。
町は変わってないけど、町にグリーンがいない。
それは僕にとって、だいぶ凄い変化なんだと、思った。
逆に町がマサラタウンじゃなくてマサラシティになったとしても、そりゃビックリするけど、僕の家の隣がグリーンの家で、そこにグリーンがいたら、それはさほどの変化ではないと認識するに違いないと思った。
あぁ何でよりにもよって今日帰ってきちゃったんだろう。
こんな変わってないのに、落ち着かないほど変化してしまったマサラタウンなんて初めてだ。
重たい瞼をなんとか持ちこたえながら、ベッドのすぐ脇に置いてある卓上カレンダーで今日の曜日を確認する。
しかし確認した所で今日が日曜日だという事に間違いはなく。
日曜日の午後8時半、今頃グリーンは遠い街でポケモンバトルを繰り広げているのだろう。
大事な友人の気も知らないで。














「おい、レッド」

声に呼ばれ瞼を上げると、グリーンが覗き込むようにこっちを見てた。
脇に視線をずらして時計を確認すると9時過ぎ。
あれから30分ばかし寝てたらしい。

「帰ってきたらお前の母ちゃんがレッドが帰ってこないって困ってたぜ」

さっさと起きろ、そう言って無理やり腕を掴まれ引っ張り上げられる。
半ばぼうとしたままグリーンの介護でベッドから立ち上がり、まだハッキリしない頭で、とりあえず帰らなきゃ、と思った。

「じゃあ」
「なに言ってんだよ、俺も行くぜ」
「…どこに」
「お前んち、グリーンちゃんも一緒に食べましょ、だってさ」

どっかの誰かが俺に会いたくて仕方ないらしいからな、一緒に食ってやるよ。
ニヤリと意地悪く笑うグリーン。
その顔を、やっぱりまだぼうとしながら眺めて、じゃあ早く行こう、と促した。
グリーンは家を出るとき「レッドんち行ってくる、泊まり」と言っていた。

「泊まるの?」
「嫌か?」
「別に…」
「なら決まり」

家を出て、たったの10秒もかからない道程でそれだけ喋った。
グリーンは僕よりも先に、僕の家のドアを開けて「こんばんは」と挨拶していた。
それに続いて僕も「ただいま」と挨拶すると、母さんがエプロンを着けながら駆け寄り「すぐご飯にするわね」と言った。
それから、

「おかえりなさい」

と言ってくれた。
するとグリーンも、あぁ、と何かに気付いた様に僕に向き直り、少しだけ偉そうに

「おかえり」

と言った。
そういえばお前山から下りてきたんだな、どれくらいぶりだ?久し振りだなぁ。
勝手にペラペラと喋りながらグリーンはどんどん食卓の方へ進んでいく。
俺もその後に続きながら、話題に置いていかれないよう慌てて口を開き、

「ただいま」

と、返事をした。
グリーンはそれを聞くと満足したように笑って、それから楽しそうに「お腹減ったなぁ」と呟いた。
その時僕はようやく、よく知った故郷マサラタウンに帰ってこれた様な気がした。





END





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