Good night baby


お風呂から出るとテレビの前に置かれた椅子からおじさんの姿はなく、付けっ放しのテレビから深夜の報道が延々と垂れ流されている状況であった。
リモコンでそれを消すと部屋がずっと暗くなる。
それでも屋内を見渡せるのはカーテンの引かれぬ窓から入り込む夜空の明かりだったり辺りのビル群の照明があるからだった。
その明かりをもとに確信を抱きながら寝室のドアを開くと、やはりそこに置かれたベッドには不自然な膨らみが存在した。
寝室であるから勿論あちらの部屋よりも格段に暗い。
ドアを閉めてしまえば暗さに慣れない目にはほとんど何も見えない状態だ。
それでも慣れた部屋に足を取られる訳が無く、迷いなくベッドへ近付き腰を掛け布団をめくると、潜っていた頭がうーん、と声を漏らして身動ぎした。

「家主より先にベッドに入るなんて何考えてるんですか」
「バニー…」

声を掛けると寝惚けた声で愛称を呼ばれた。
ハイ僕ですよ。
なんて心の中で返事をしながら見えないその顔を探るように手を伸ばす。
お風呂に入る前から随分と眠そうにしていたから、眠かったら泊まってっても良いですよと言っておいたが、まさか本当に寝るとは思わなかった。
明日早いから風呂借りたら帰る。
なんて俺の優しさにそう返してきたのはいつのどこの誰であったか。

「おじさん、帰らなくて良いんですか」

ヒタリと顔に触れる。
鼻にかかった手を滑らせ頬に添えると、布団がもぞもぞと動き出し、出てきた手によってその手を掴まれた。
布団の中で暖められた上に寝ていたからだろうか、その手がやけに温かく心地いい。
そんな事を考えているとおじさんに与えた手が、クイッと引かれた。
何ですか、と言う前におじさんが手を掴むのを止め、まるで抱く様に腰に腕が伸びてくる。
そのまま文字通り布団に引き吊り込まれる様にズルズルと腰を引き寄せられた。
その手を払って阻止するのは実に簡単であった。
なんたって相手は寝惚けているのだ。その腕に込められた力を振り払うのは子供の手を捻るのと同じくらい簡単だ。
けれどその腕のままに、したいままに引き吊り込まれる力に従い体を横たえたのは紛れも無かった。
ベッドに倒れ込むように入り、自分のいい位置に体を動かす。
おじさんは俺が敷いた布団を引っ張りそれを俺にかけて一枚の布団を共有するような形になった。
布団の中でおじさんの腕が伸びて抱き締めるように引き寄せられる。
素肌にそれはこそばゆくて僅かに身動ぎしながら、すぐ横にあるおじさんの顔へ再び声を掛ける。

「おじさん、帰るんじゃないんですか?」

こんな状況になっておじさんが帰らない事なんか目に見えている。
それでも聞くのは俺なりの照れ隠しと、言葉欲しさである事も、我ながら目に見えている。
おじさんは鼻に抜けるようなだらしない声で唸ったあと、もぞもぞと頭を布団の中へ埋め俺の胸にピタリと額をくっつけたままようやく言葉らしい言葉を喋った。

「そんな事言うなよバニー、一緒に寝ようぜ」

言葉と一緒に吐き出された息が胸に当たりむず痒い。
けれど得られた言葉に、暗闇を良い事に僅かに笑ってみせた。

「仕方ないですね」

方便を言いながら、とっくに許していた現状を受け入れて抱き締めてくるおじさんの腕に触れる。
おじさんは再び布団から頭を出して首の辺りに顔を近付けスンスンっと鼻を揺らした。

「風呂上りのバニーちゃんはいい匂いすんな」
「おじさんも今日は同じ匂いですよ」

寝惚けているからか、いつもより甘えたな仕草に心くすぐられながら、おじさんのしたい様にさせておく。
おじさんは俺の返答に笑いを零し「まるでカップルだな」と呟いたあと首筋にキスをした。
それが、まるでカップルだなの、まるで、を補う仕草だと言うのは分かった。
お互いに関係を明確にするそう言った言葉はなんとなく避けているから、代わりに行動で示すと言うのは暗黙の了解みたいなものだった。
その行為を甘んじて受けながら目を閉じる。
何だかんだで自分も眠たいようだ。
それにおじさんが明日は早い、と言うからには自分も明日は早いのだ。
バディの仕事なんだから当たり前である。
目を閉じ与えられる温もりに身を任せれば眠気がより一層誘われる。
おじさんの手が髪に伸びて、梳くように触れてくるのもまた気持ちが良い。

「風呂上がりでフワフワだな」
「癖毛で悪かったですね」
「そうしてっと天使みたいだぜ」
「何言ってるんですか」

おじさんの口から漏れた恥ずかしい言葉に閉じていた目を開く。
すると目の前におじさんの顔があった。
暗闇でも顔が分かる程暗さに慣れた目、おじさんはその目を覗き込みながら笑った。

「心臓バクバク」

胸に触っていないくせに分かるもんか、と思いながら実際心音が早くなっているのは事実だった。
いやこの距離なら分かっても仕方ないのだろうか。
もぞもぞと布団に頭を埋め、今度は俺がおじさんの胸に額を寄せる。
薄いインナー一枚向こうでおじさんの心音はいつもと変わらない。

「僕だけですか、悔しいな」

布団の中で呟きながら、素足を素足に擦るように絡ませると、心音に僅かな変化が見られた。
それに連動するように頭の上からおじさんの制止の声がかかる。

「バニー、止めなさい」
「これ以上はしませんよ、僕も明日早いので」

心音の変化にしてやったりと、満足しながら目を閉じ再び与えられる温もりに身を任せると、おじさんの腕が抱くように背中に回された。

「おやすみバニー」

髪の毛に落とされる優しい口付けに、胸の中で言葉を返す。
おやすみなさい、また明日。







END





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