by a lucky turn of fate


※かすり程度ですが吐瀉物的表現があります











込み上げてくる不快感を抑える事も出来ず、トイレへ駆け込み便器に向かって激しく咳き込む。
口からだらしなく垂れ下がる涎と吐き出す物もないのに胃液だけが次から次から溢れて止まらない。
まるで過呼吸のように息が上がる。
肩で息をしながら、まだ続く不快感に体ばかり緊張して気持ちが悪い。
悪い夢を見た。
それは夢じゃない、過去の映像だ。
燃え盛るかつての家、倒れる両親、親の死に目、犯人の姿、こちらを見る目、ぶつかる視線。
何度も何度も繰り返し訪れる悪夢の様な過去の現実。
いっそ本当に悪い夢ならば良かったと、生理的に浮かんだ涙で滲む便器の中を睨みつける。
出す物がないのに痙攣し続けた胃が治まったのはそれから数分後だった。
トイレットペーパーで口の周りを拭い、その場にだらしなく座りこむ。
正直口の中も気持ち悪く、今すぐうがいをしたいのは山々だったが、どうにも体が立ち上がる事を拒絶した。
自分の体の事なのに自分の思い通りに動かない。
それがますます不快で、心と体がまるで別であるようで嫌になる。
最近は良くなっていたはずだったのに。
過去の映像が夢として流れてくる事はもう日常であった。
その都度夢見心地悪く目が覚め、その都度揺さぶれる心に過去を憎悪した。
それでもこんな事になるのは久方ぶりだった。
情報を求め歩き、集め、ようやく己で犯人を捕まえられる力を得た。
ヒーローなどあてにしない、自分の手で捕まえる。
そのためにヒーローなんかになったのだ。
だと言うのに、それからだ、ヒーローになってからだ。
悪夢を見るたび、こんなだらしない不始末を起こす羽目になったのは。
思い通りにならないのは体じゃない、むしろ心の方だ。
自分の心がこれほどまでに弱いとは思っていなかった。
否、弱くなっていたなんて思わなかった。
それもこれも全て、ヒーローになってから、出会ってしまってから。
まるで心が、期待をしている。
信じていなかったヒーローを信じかけている。
だからこそ、こんな弱くなってしまった。

『ヒーローなんか、信じてはいけない』

己に言い聞かせるように、過去の映像を思い出す。
ヒーローを信じた結果どうなった?
何も変わらなかったじゃないか。どうにもならなかったじゃないか。
ならば信じるだけ無駄だ。ヒーローは無能だ。
使えるのはヒーローという身分と、その力だけ。
ならばヒーローとなった自分だけを、信じていればいい。
けれどあの人は自分の心を拾ってくれる。
頼んでもいないのに肩に乗ったこの重たい物を支えようとしている。
止めてくれ余計なお世話だ、と体は正常に拒絶をする。
だと言うのに、その度に心が乱される。
まるでかつての幼き日に何度も胸の中で唱えた言葉を繰り返すように、その後ろ姿に向かって動かない手を懸命に伸ばし請う様に何度も何度も

「助けて下さい、おじさん」

俺を助けて下さい。
この手を掴んで下さい。
過去を暴いて下さい。
どうか一人にしないで下さい。

「……なんて」

我ながら笑える。
よりによってあんな男に、あんな男を信じようと言うのか。
あんな男を信じようとした結果、こんな事になるのか。
だるい体を壁に預け、生理的な涙で滲んだ視界を黒くする。
目を閉じると体がますます疲労感で動きたくないと駄々をこねる。
こんな場所に座り込む事自体嫌なのに、まったくいつになったら心と体は一緒になるのか。
ヒーローなんか信じちゃいない。
けれどおじさんならば、おじさんだから。
ヒーローじゃない一人の人として、信じて見たいと心が言うなら。
出来る事ならせめて、少しだけ、心の方へ。







END





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