食卓より愛を込めて


堺さんと喧嘩をしました。
堺さんはあんな人だから何だか俺が全面的に悪い事にされてしまったけれど、やっぱりどう考えたって堺さんに原因がある。
どんなに先輩だろうと原因は堺さんにあって、どんなに慕っていようと原因をもみくちゃにして俺のせいにされるのは釈然としなくて、どんなに好いていようと恋人という間柄ならここはガツンと言ってやってもいいんじゃないかと思い立って俺は初めて堺さんに大きな声で反論をした。
正直腰が引けて声も若干裏返ったかもしれないが、俺は言ってやった。
そしたら堺さんは静かに静かに、まるで明け方の浜辺に押し寄せる波の音のように静かに言った。

「うぜえ」

その声とその時の目は今思い出しただけでも恐怖で足が竦んでしまいそうになる程だった。
実際俺はそんな堺さんに「もういいっス!」と負け犬の様に言い残し堺宅を飛び出した所で足が竦んで地べたに座り込んでしまった。
その時目から涙が零れたのは別に悲しかったり怖かったりした訳ではなく、単純に感情の高ぶりが止められず溢れた結果だったが。
だがしかし、今この目から溢れそうになる涙はきっと悲しさ来るものだと言うのは分かっている。
あれから1カ月と3週間と4日、もうすぐ2カ月経っちゃうよと言うのに、仲直り所か会話らしい会話さえしていない。
元々堺さんとの会話は俺から話し掛ける場合が大半で、その俺が話し掛けてないんだから当然っちゃあ当然なんだが。
だって何話したら良いか分からないし、俺はやっぱりまだあの喧嘩の原因は堺さんだと思っているし、その堺さんはああいう人だから絶対にそれを認めないだろうし、もうどうしたら良いか分からないのが本音中の本音。
この気持ちを折ってしまえば角が立たずに丸く収まるのだろうか。
小さく揺れる世界にかじかむ指の先にある僅かな温もりは、じょじょに冷えてきている。
ああクソ、涙で滲む。

「世良?」

ふいに聞こえた声に滲んだ視界で振り向けば、そこにはまさに渦中の人。
小さく揺れる世界が止まった。

「堺さん…」
「何してんだよ、公園でブランコって歳かお前」

滲んだ世界で渦中の人はスーパーの袋をぶら下げながらこちらへ近付いてきた。
子供用のブランコに座る俺の前に立つ堺さんはやたら圧迫感があった。

「ってコンビニ弁当かよ、栄養面偏ってんじゃねーよ、せめてサラダ付けて…ってお前泣いてんのか?」

え?と困惑する顔は生憎滲んだ視界には見えないので、困惑したかどうかは声判断。
コンビニ弁当?ブランコ?泣いてる?
そんなの放っておいて下さい、だってもとはと言えばあなた!

「さ、堺さんが悪いんじゃないっスかぁぁ!」

こんな時に声を掛けるなんて反則だ。
思わず立ち上がった拍子にまだ半分も食べていなかったコンビニ弁当が砂地に落ちる。
錆びた音を立てるブランコがうるさい。
感情が爆発した。

「堺さんが悪い癖に俺のせいにして喧嘩するから俺は公園で考えながら美味しくもないコンビニ弁当食ってんじゃないスか!」
「俺のせいかよ…」
「そうッスよ!堺さんが美味しい料理作ってくれるから今じゃコンビニ弁当が全然美味しくないしでも喧嘩したから堺さんの料理食えないしでもお腹減って胃がキシキシ痛んで仕方なく不味いコンビニ弁当食ってたら弁当は地面に落ちるし俺の胃痛いまんまだし堺さんの料理食えなくてすんげぇ悲しいんスよ!」

そうだ、こんな悲しいのは堺さんのせいだ。
コンビニ弁当食いながら漠然と思った堺さんの飯食いたいという願望は、抱くと同時にでも食えないという現実にぶち当たってあえなく散った。
ああこれがこんなに悲しいなんて、喧嘩なんかするんじゃなかった。
胃袋が痛くて悲しくてシクシクと泣いている。
これを泣き止ませられるのが泣かせた本人だけなんて何たる本末転倒悲しみブルー。

「もういい、分かったから泣き止め」
「無理ッス、胃がシクシク泣いてます」
「じゃあ俺はどうすりゃ良いんだよ」

胃が泣いている。
もうこんな悲しいのは嫌だ。
美味しくない冷たいコンビニ弁当じゃなくてもっと温かい美味しい飯が食べたい。
栄養面もバッチリカバーされていて、しかも本人は隠してるつもりらしいが背が伸びるのに必要な栄養素を含んだ食材を毎回使ってくれる優しさに溢れた料理が食べたい。
堺さんの料理が食べたい。

「堺さんの料理、食べさせて欲しい…ッス」

ズビッと鼻水が垂れる寸前で食い止めて告白すると、少し上にある位置から溜息が降ってきた。

「お前ってバカだろ」

そう言うと手を掴まれ引っ張られた。
そのまま歩き出され、引っ張られる格好のまま公園の外に連れ出される。
少し行った先に堺さんの車が停まっていた。

「乗れ」

短くそう言われ、俺はまだグズグズと鼻をすすりながら素直に堺さんの車に乗り込む。
それは別に堺さんに言われたからでも何でもなく。
ここが俺んちの近くの公園であり、堺さんの持ってるスーパーの袋が堺さんちの近くのスーパーの物であり、その袋の中には1人じゃ食いきれない量の食材が入っているのを見つけてしまったからで。
いくらバカな俺でもそれが意味するものは分かるし、それを突き返すほどバカじゃない。

「このままお前んち行くぞ」
「うっす…」
「泣き止めバカ」

辛辣な言葉を吐いて堺さんがアクセルを踏む。
俺は袖で涙をゴシゴシと擦りながら何とか涙を誤魔化すのに必死こいた。

「カレーでいいだろ」
「カレー好きッス」
「知ってる、世良」
「ッス」
「悪かったな」

ああ堺さんなんてこった。
このタイミングでそれ言われたら、せっかく涙を止められたのに全部台無しだ。
感情の爆発、ただし今度は悲しさじゃない。

「泣き止めって言ってんだろ!」
「ッス!」

いい加減イライラしてる堺さんの声に、半ば投げやりに震える声で返事をしながら袖で目元を強くふき取る。
隣では軽快な舌打ちがなされた。
けれどそれさえも今はあまり気にならない程に、気が急いていた。
ああ早くカレーが食べたい。
堺さんの料理が食べたい。
幸せをたらふくかっこみたい。
ああコンビニ弁当よ、サラバ!





END





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -