喧嘩ラヴァーズ


喧嘩なんか日常茶飯事で暇があればいつでも言い合いをしている。
むしろ暇がなくたって喧嘩をするための時間ならいくらでも作れると言えるくらいに、会えば必ず最初から最後まで喧嘩をしている。
それは因縁の付け合いから、ガンの飛ばし合いから、口喧嘩から、はたまた手や足を出しての喧嘩になる事も少なくない。
でもそれが大喧嘩にならないのは少なからず本人達も喧嘩を楽しんでいる部分や、本気で相手に対して怒っている訳ではないからだ。
そして一番の理由は、本気の大喧嘩になりそうになったら、必ずどちらかが休戦を申し込む。
それは休戦と言ってはいるが、簡単に言えばごめんなさい。
そして大抵はそれを言い出すのは畑が多かった。
例えば「肉まん奢る」から、素直に「悪かった」など、分かり難かったり分かり易かったりと謝り方も色々ある。
そして大抵は謝れる方の片山も、その畑の色々な謝り方に対してのレパートリーを豊富に用意してあって、こちらも分かり難かったり分かり易かったり。
しかしきちんと、相手が謝ってるという事を見抜き、きちんと応じる。
だから大喧嘩に発展する事などまず無いのだが、今日は如何せん流石の片山もどう返事したらいいか分からずお手上げだった。

「もうええわ、勝手にしろ」

いつも通りの喧嘩をしていたと思っていたのに、予想外に白熱していい加減マジの喧嘩になるぞ、早く謝れ、と思っていた矢先だった。
プツンと一本の線が静かに切れる音がした、と思った。
ギャーギャー言い合っていた片方が、パチリと言葉を止める。
なに?と思った次には畑は荷物を乱暴に掴むと、サッと片山の前を過ぎて行った。
そしてさっきの言葉である。
それを言い残し、畑はさっさと帰って行ってしまった。
目の前の喧嘩の収拾も付けずに。
なにそれ、なにそれ、それってなんなん。
残された片山は、まだ残っているチームメンバーの視線を集めながら眉根を寄せた。
投げやりな言葉。まるで放棄。
それって新しいごめんなさいの仕方?だったら俺それにどう答えたらええのん。
つか答える前に居なくなったら答えるもクソもないって言うか、それ絶対謝りの言葉じゃないんじゃないの。
畑の出て行った出入り口を見ながら、片山はポカンと開けていても何にも出てこない口を閉ざす。
「お疲れ」「頑張れ」「明日に支障出すなよ」
人を差し置いてどんどん帰っていくメンバーに「あれどう思う?」と問いかけても、面々は上記の言葉を残してまるでいつもの喧嘩を見守るみたいに苦笑いを浮かべながら去っていく。
確かに喧嘩したまま別れた日は沢山ある。
そう言う日は大抵、次の日の朝からいつも通りの喧嘩をいつも通り繰り広げたりしていた。
みんなたぶんそれだと思っているんだろう。
でも今回は、こんなのは違う。
喧嘩をしている当事者が言うんだから間違いない。
こんな一方的に終わらされた喧嘩と、あんな態度は初めてだった。
明日来たらまたいつも通りの喧嘩が始まる?
違う、たぶん今日の喧嘩の延長線上。それも今よりきっともっと泥沼。
そんなに長くない人生を歩んできた片山がただ分かるのは、こういう喧嘩はその日のうちに喧嘩を収拾しなければいけないと言う事だった。
それはたぶん畑も知っていたから、今まで大喧嘩にならずに済んだのだ。
だと言うのに畑は収拾を放棄して帰って行った。
こちらにその態度を怒る隙も与えずに。
それはまるで、いつもの自分だと片山は思った。
いつも怒って帰っていくのは自分だ。そして後から追って来るのは畑。またはメールを入れるのは畑。
でも今回は逆。
つまり自分が謝る方。なのか?

「まじで?まじで…うわー…」

カバンを肩に掛けながら、片山はトボトボと歩きだす。
別に喧嘩を継続させたい訳じゃないが、自分から謝るのは嫌だった。
何だか癪だ。そう癪だ。自分から謝るのは癪だ、そういう性格だ。
そして畑は自分のこの性格を知った上でいつも謝ってくれていると知っていた。
だからいざ、こんな状況に立たされても、口から出ないものは出てこないし、メールで打とうにも指は動かない。
クソ、面倒臭い事しやがって。
携帯でメール新規作成画面を開いたまま舌打ちを繰り返して、結局何もせずにカツカツと廊下を鳴らしながら歩く。
チクショウ畑、いつも通りお前が謝ってくればこんなに困る事も無かったというのに。
いつもより少し行きすぎた口喧嘩だったかもしれない。
確かに今日畑は練習といえど不調でゴールがあまり決まらなかったかもしれない。
確かにイライラしていたのは練習に参加したメンバーの大半が分かっていたし、俺も勿論知っていた。
その上でいつも通り喧嘩を吹っ掛けたのは俺かもしれない。
けれどあんな大人げない対応はどうかと思う。
謝り役のお前が居ないんじゃ、この喧嘩は誰が収拾を付ければいい。

「カタ」

ふいに名前を呼ばれ伏せていた顔を上げると、車の横に立つ畑が居た。
随分と前に大人げなく帰って行った畑が何でいる。
片山は混乱しながら相手の出方を窺おうとまじまじと見つめた。
しかし畑は片山を呼ぶだけ呼んで、そこから一歩も動く事もせず、ましてや謝る訳でもなく、ただ一言、堂々と言い張った。

「俺は謝らんからな」

そう言うとまるで仁王像のようにふんぞり返り、たった一言も口をきかない。
片山はただ眉を寄せて、困惑した。
それを言うためだけに待っていたのだろうか。
この寒空の下で、数十分も。
大人げない、なんて大人げないんだ。
こんな状況にならないと謝る事さえ出来ない自分はどれだけ大人げないんだろう。
コンクリートを鳴らしながら片山は一直線に畑の車へ向かう。
そして畑とは正反対の、助手席の方へ回り込むと、窓を通して畑を睨んだ。

「お前も大概気にしいやな」
「誰がやねん」
「この状況でよお言う」

畑から視線を逸らし空見上げる。
吐いた息が白くなって空へのぼっていく。
そうだな、こんな寒い日はあれしかないだろう。

「畑、肉まん奢ってやるから車乗せろ」

温かい肉まんを暖房のきいた車内で頬張りたい。
言い終わったあとチラリと畑を見ると、まるでお化けでも見た様な顔で片山を見つめ、それから大きく破顔した。

「いや、牛丼食いたい」
「もう何でもええわ、はよ開けろや」

その笑顔が気に食わなくて助手席の扉を蹴るとすぐさま「あ、ふざけんな!」と怒気をはらんだ声が飛んでくると同時にロック解除の音が聞こえた。

「しかしお前出て行ったのに外で待つとかアホやな」
「こうでもせんとお前言えへんやろ、変におこちゃまやからなあ」
「お前はそのおこちゃまに奢られるんやで、大人げないなあ」
「アホか、材料はもう全部買ってあんねん、後はお前が作るだけや」
「は?今から何処行く気なん?」
「俺んちやけど?だから待ってたんやないか」
「ちょ…初耳なんやけど」

助手席に乗り込んで初めて行き先を告げられた片山の驚いた声を意に介さず、畑はアクセルを踏み込んでハンドルを切った。

「何でもいいって言ったのカタやで?」

その顔にはまんまとしてやったりと言いたげな笑みが浮かんでいた。

「うぜーーーー」

即座にそう切り返し、片山は助手席に腰を沈める。
畑は片山の言葉にすぐさま言葉を返してくる。
それに片山も即座に返し、それが続くうちに喧嘩腰になり、いつの間にか車内では口喧嘩が始まった。
そんないつも通りの口喧嘩を楽しみながら、片山は携帯で牛丼の作り方を検索した。





END





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