馬鹿と王子のHappyend


王子という人間はワガママで自己中心的で椅子と襟と己のプレイスタイルにだけ興味がある人として純粋に好きになれる訳がない問題児だ。
ただしかし俺はそんな王子の悪い所もひっくるめて純粋に好きになってしまったバカである。
しかし俺だって理由もなしにこんな問題王子を好きになった訳ではない。
でもそのキッカケになった理由はやはり、今思うとバカかもしれない。
その理由は、

「ザッキー、今日の飲み会行くかい?」

これ。
まるで犬でも呼ぶみたいに呼ばれる名前。
でもこれが好きになった理由、キッカケなんだから仕方ない。

「今日はパスッス、車なんで」
「じゃあ尚の事都合が良いね、帰りは君の車で送ってもらう事にするよ」
「は?だから行かないって…」
「いいよねザッキー?」

まるで名前を呼ばれる事に弱い事を見透かされているみたいだ。
そんな風に名前を呼ばれれば俺は頷くしかなかった。
別に犬みたいに呼ばれる事が好きな訳じゃない。
ただ王子に名前を呼ばれるって事が特別なだけだ。
王子と2年間同じチームでサッカーをしてきて、王子は常にスタメン、俺はサブという状況もあるのだろうが、俺は王子に名前と顔をいまいち覚えてて貰えなかった。
最近になってようやく名前と顔を覚えて貰ったくらいだ。
俺はかねてから王子という人間を尊敬していた。
ワガママで自己中心的な所さえも許される程のサッカーセンスと、試合の空気お構いなしで振る舞えるメンタル、それが鼻につく事もあったが、やっぱり憧れて尊敬していた。
そんな王子にようやく名前と顔を覚えられ呼ばれたんだから、嬉しくない訳がない。
そしてたったそれだけの事で好いた惚れたの与太話になるのにはもう1つ理由があって。

「コッシーは僕の番犬を使い過ぎだよ、バッキーを貸してあげてるんだからそれで何とかしなよ」
「お前な…」
「ザッキーもそう言ってるよ?ねえザッキー?」
「ッス」

美味しいワインを飲んで上機嫌になった王子はいつもよりややテンション高めにトークを進めている。
所詮ウーロン茶な俺は、特に何言うでもなく村越さんを気遣いながら王子の言葉に内心テンションを上げる。
僕の番犬、というのは所詮プレイで上手く王子の予想通りに働く事が出来る犬というそれだけの意味であるのは知っている。
ただそこに少しでも他の人たちと違う特別なポジションを与えられている様に感じるのは俺だけだろうか。
そう呼ばれるたびに、悔しいが俺はやっぱり王子が好きなんだと自覚せざるを得ない。
王子からしたらたかだか上手に働く事の出来る犬ってだけでも、それでも俺はそのほんの少しの餌に食い付いてしまう。
まったく自分が情けない。

「ほら王子、帰りますよ」

ウーロン茶なんだから当たり前だがまったく酔えもせず、王子の相手を任され別に好きでもない椅子の話を聞いていたらとっくに飲み会はお開きになっていた。
まだ飲み足りないとゴネる王子を誘導しながら車に乗せる様など番犬と言うより盲導犬に近い。

「王子の家どこでしたっけ?ナビ入れます」
「じゃあザッキーの家行こう」
「寮っすよ?」
「遼って名前なのは知ってるよ」
「いや名前じゃなくて」

思いの外酔ってる。
珍しい王子を見ると同時に名前を呼ばれた事に僅かに動揺する。
動揺がバレないように行き先も聞かずキーを回すと、助手席で王子が笑いだした。

「なんすか?」
「んー、僕のとっておきの誘い文句もザッキーには通用しなかったみたいで残念だなぁ」
「そっすか、そう言うのは女の子に言ってあげて下さい」

とりあえずキーを回したからには車を動かす。
行き先も分からず進みだした車に、王子は特に何も言ってこないので方向は間違ってないんだろう。
しかしそれから数十分車を走らせ、道が分からないから適当に左折と右折を繰り返し、いい加減そろそろ道間違ってんだろと赤信号で止まった交差点で隣の王子へ視線を向けた。

「王子、いい加減家教えて下さいよ」
「あれドライブはもう終わりなの?」
「ドライブのつもり無かったんですよけど」
「てっきりドライブデートかと思ったんだけど、何だ違うの」

残念。
王子はそう言うとシートに深く腰掛け肩をすくめた。
さっきから王子は何をどうしたいんだろう。
青に変わった信号に気付いて視線をまた前に向けながらアクセルを踏みつつ考える。
酒で上機嫌だからってさっきから王子の口から出てくる言葉はどれも感じの悪い戯言ばかりだ。
どれもこれも俺の気持ちを見透かしての発言の様で、気が気じゃない。
まさか本当はバレててこうやってからかわれているのだろうか。
大きな交差点でまた適当にハンドルを右に切って、そんな考えに行きついた。
もしそうだとしたら癪だ。王子といえど悔しくて腹が立つ。
黄色の信号でそのまま進もうと思ったが、思い切り急ブレーキを踏んでやった。
後ろに車が無くて良かった。
視界の隅で王子が思い切り前に身を乗り出して、シートベルトに引っかかっていた。

「なにザッキー、危ないじゃないか」

締めつけられた胸を痛がるように手で抑えながら王子が不機嫌に呟く。
なにって何だよ。それはこっちの台詞だ。
思いつきで出てきた予測に、ひどく胸が揺さぶられる。
もし本当にそうだとしたら、いくら王子でも超ムカつく。
気が付くと王子へ向けて口からポロリと言葉が出てきた。

「さっきから王子なんなんすか?」
「なに…ってなにが?」
「さっきから変な事ばっか言って、俺からかってんすか?」

ハンドルを握る手に力がこもる。
王子はそんな俺からスイッと視線を逸らすと窓から外を眺めながらポツリと

「だとしたらどうなの?」

その瞬間、俺は王子の手を思い切り掴んでいた。
驚いたように王子の顔がこちらを見て目を丸くしている。
まるで飼い犬にでも噛みつかれたみたいな、そんな顔だ。

「あんまりバカにしてると、飼い犬だって噛みつきますよ」

ギリッと腕を掴む手に力を込める。
王子の顔がその痛さに引きつり、それから予想外に笑って見せた。
一瞬それに目を奪われる。
その次には、笑顔がなくなっていつになく真面目な王子の顔が目の前に迫って来ていた。

「ちょ、え、」

パッと腕を離して慌てて距離を取ると、王子はきょとんとした顔でこちらを見て眉を潜めた。

「…ザッキー空気読みなよ」
「空気って、は?」
「今のは大人しく目を瞑る所だよ」
「目を瞑る所って、え?」
「前」

言われて前を見ると信号は青に変わっていた。
慌ててハンドルを握りアクセルを踏む。
それでも頭の中はやはり混乱していた。
そんな俺にお構いなしに、王子はナビをピッピッと操作しだしながらポツポツと呟いていく。

「僕の誘い文句に乗らないからてっきり脈なしかと思ってたけど、そうでもないみたいで安心したよ」
「そうでもないって、なんなんすか」
「鏡でも何でも見てごらん、随分可愛い顔してるよ」
「はぁ!?」

ナビを操作する王子はこちらを見ない。
その隙にそっとサイドミラーで自分の顔を確認して思わず目を背けた。
なんちゅー顔してるんだ。
出来たら酒で酔ったからと言いたいが、生憎ウーロン茶しか飲んでいない手前それも言い訳に出来ない。
出来る事をいったら片手で申し訳程度に顔を覆うくらいだった。
そうしてるうちに王子が姿勢を元に戻してナビを指差す。

「ここ、僕の家」

ポーン、と音がするとナビが音声で案内を開始する。
その場所に思わずナビを凝視した。
いくらドライブだと思ってたと言っても、飲み屋の段階ですでに逆方向走ってたじゃないか。
溜め息も吐きたい状況の中で、素直にUターンを決めてもと来た道を戻りだす。
王子はどこか上機嫌に窓枠に頬杖をついて「そうそう」とまた喋り出した。

「さっきの飼い犬だって噛みつくってヤツ」
「…ッ」
「僕はね、噛みついて貰って一向に構わないよ、むしろどうぞって感じ」
「は?」

何を言い出すかと思ったら恥ずかしい事を掘り返された挙句、まったく予想と違う答えに言葉を無くす。
王子はやはり機嫌よさそうにこちらに視線を向けながら口角の上がった口を開く。

「だってそっちの方が躾甲斐があるじゃない」

言うのちハッハッハッと楽しそうに笑い声をあげる王子の横で、俺は急ブレーキを踏みそうになるのをなんとか堪えた。
それってつまりどういう事だ。
って言うか王子さっきから何言ってるんだろう。
未だ何もかもに追いつけてない頭でただひたすらに車を走らす。
王子はそんな俺を見て、呆れたような顔をする。

「ザッキー、君まだ分かってない?」
「分かってないって何がっすか」
「オーケーなら僕の家ついてからじっくり話すよ、だから」

王子はそこで言葉を切る。
俺はついそんな王子へと視線を向けた。
まるでその視線を待っていたかのように王子はそっと呟く。

「おいで、ザッキー」

まるでそれに弱い事を全て分かり切ったような、そんな言葉だった。
そんな事を言われてしまったら俺はまた断れない。
半ば諦めて、半ば期待を抱きながら、俺は大人しく頷いた。





END





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