ただ君ともういちど


「どこか行きたい」

テレビを見ながらレッドがそう呟いた。
それを横で聞いていたグリーンは、レッドの方へ視線を向けながら、そしてテレビへ視線を戻し

「どこかって、他の地方って事か?」

と、聞き返す。
テレビには、ホウエン地方で行われているコンテストの様子が中継で放映されている。
レッドはそれを見ながら首を一回、縦に振った。

「うん」

予想外に力強く頷いた様に聞こえた。
グリーンはもう一度レッドへ視線を向けながら「ふーん…」と考えるように、もしくは適当に相槌を打つと、それからしばらく無言でテレビを見続ける。
カラフルなボールから派手な演出で飛び出すポケモン。
トレーナー達は誰もかれもおめかしして、それでいて楽しそうに、ポケモンへ指示を送る。
派手な演出、美しい演出、幻想的な演出、個性的な演出。
それぞれのトレーナーとポケモンにあった技と演出。
勝負でしか出した事のない技と技を組み合わせると、こんなに素晴らしいショーになるのかと、感動する。

「それも、いいな」

ポツリと、グリーンはそう零した。
レッドは隣に座るグリーンの方へ視線をすぐさま向ける。
グリーンはクッションを抱えテレビに映るショーを眺めながら、口もとに笑みを浮かべていた。

「じゃあ…」

レッドは、言い掛ける。
だがグリーンがテレビから視線をこちらに向けて、笑顔のままその声を遮った。

「でも無理だよな、俺ジムあるし」

他意のない、純粋な言葉。
グリーンは再びテレビに視線を寄越しながら、「技もこういう使い方あるんだなぁ」と感心したように見入っていた。
レッドはその横顔を眺めながら、密かに手を握りしめる。
奥歯を噛み締め、何かに耐えるように、言葉を飲み込むように、手を握りしめ俯く。

「そう…だよね」

テレビからドッと歓声が沸く。
ボルテージの上がったレポーターが声を張り上げ実況しながら騒いでいる。
グリーンは楽しそうにそれを眺めている。
楽しそうに、眺めているだけだった。
『ジムがあるし』
グリーンの言葉が頭の中をグルグルと巡る。
ただもう一度旅がしたかった。
グリーンと、もう一度、昔みたいに、競い合って、行った事のない場所で。
昔ならどうだっただろう。
きっとグリーンは二つ返事で承諾していた気がする。
次の日にはもう、旅に出ていたかもしれない。
このコンテストだって、きっと簡単に実際に見に行けていた。
だが今は、グリーンは、隣で楽しげに眺めているだけ。
グリーンならきっとついてきてくれると、どこかで思っていた。
だから目の前に突き付けられた現実が、重たかった。

「これ、いつか見に行けたらいいな」

他意なく笑いながら、レッドへ声を投げ掛けるグリーン。
レッドはその笑みを受け止めながら、1つだけ頷いた。

「そうだね」

ずっと隣にあるはずだと思っていたグリーンが今まさに遠くにいる事に気付く。
いつの間にか、グリーンの肩には何かが背負われているのだと今気付く。
レッドは、そっと自分の肩に手を置いた。
撫でるように手を動かしても、そこには布のこすれる音がサラリと聞こえるだけだった。
それは何だかとても悲しくて、とても辛かった。
グリーンはいつの間にか先へ進んでいた。
自分はまだまだ同じ場所で踏みとどまっていた。
そんな現実を、目の前に突きつけられてしまった。
レッドはそっと唇を噛み締め、床を睨みつけ、テレビを見る。
新たなトレーナーが今まさにポケモンを出した瞬間だった。
グリーンが、珍しいポケモンだ、と声を上げて食い入るようにテレビを見ていた。
レッドはそれを眺めながら小さく呟いた。

「いつか…一緒に、行こう」

今は、それを呟くのが精一杯だった。






END





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