あれはきっと零戦


照りつける日差しと突き抜けるような青い空。
そこに浮かぶ真っ直ぐ伸びた白い線。
眩しい空を見上げて、ただその線を指でなぞる。

「知ってるか、飛行機100個を指で作ったフレームに入れると願い事叶うんだぜ」

いつだったか誰かが言っていた。
その日も今日と同じように熱い日だった。
照りつける日差しを一身に浴びて、走り回ったあの日。
ふと見上げた空に伸びる、飛行機雲。
汗で張り付いた前髪を気にすることなく、彼は指で作ったフレームに飛行機を収めて楽しそうに笑っていた。


「ほら、お前も早くやれよ」

催促するように僕の肩を小突き、青い空に伸びる線をツーと辿っていく指先。
その指が動く方へフレームを作りながら後を辿り、線の終わりへ辿りつく。
豆粒よりも小さな飛行機を、今よりずっと小さな手のフレームの中に入れる。
ずっとそうしていると、豆粒みたいな飛行機はどんどん小さくなってさらにさらに線を伸ばしながら、フレームから外れて行った。

「あれどこ行くんだろうなー」

首が痛くなるほどただずっと飛行機を見上げながら、ふいに彼が呟く。
きっとすごく遠くだ。
ずっとずっと遠く、例えばジョウトとか、もしかしたらもっと遠くの方かもしれない。
あれに乗ったらすぐに色んな所へ行けるんだろう。
ポケモンリーグにだってすぐ行けるかもしれない。
そんな事を考えながら、首が痛くなるのも忘れてずっと見上げていた空。

「あれに乗ったらさ、きっとポケモンリーグもすぐなんだぜ」

隣に並んで一緒に空を見上げていた彼が、そんな事を漏らした。
それから顔を元に戻して、嬉しそうに笑った。
僕はそれに、彼と同じように笑い返した。
彼と同じことを考えていたから、だからあの飛行機は絶対にポケモンリーグにすぐ行けるんだと、確信を得たから。

「うん」

力強く頷いて、額から垂れる汗を手の甲で拭きとった。
あれからまだそんなに日にちが経ったようには思えない。
けれど確実に、僕は大きくなっていた。
あの飛行機の行き先がポケモンリーグじゃない事も知っている。
ポケモンリーグがそんな簡単に行ける場所じゃない事も知っている。
あの飛行機はジョウトにも行かずホウエンにも、シンオウにも行かない事も知っている。
あの飛行機がもっと遠くの、まだ僕の知らない所へ飛んでいく事も知っている。
色んな事を見て、色んな事を聞いて、色んな事を知って。
あの時の純粋さはきっと僕はもう持っていない。
だけど、照りつける日差しと、青い空と、そこに伸びる一本の線。
その線を指でなぞり、線の終着点を見つけ、指でフレームを作る。
あの時よりも大きくなった手が、青空と飛行機を大きなフレームに入れる。
だけど、この子供だましみたいな事を続ける僕はまだここに居る。
一体これが何機目かは分からない。
数えている内に分からなくなってしまった。
もしかしたらもうとっくの昔に100を超えているのかもしれない。
もしかしたらまだ100まで届いていないのかもしれない。
それでも、僕は飛行機をフレームに閉じ込めるたびにお願いをする。
どうかこれが100回目なら、叶いますように。
あの日、僕にこれを教えてくれた彼。
照りつける日差しの中、前髪を額にはりつかせながら馬鹿みたいに走り回った相手。
何度も喧嘩した。何度もぶつかった。その度に何となくまたくっ付いた。
大きくなって旅に出て、友達なんてくすぐったい名前で呼ばれるのを嫌がった時もあった。
ライバルとして戦った。お互い負けたくない一心で心からぶつかり合った相手。
超えたい相手、どこかで超えられない相手。
少しだけ距離をあけて離れ離れになった。
そうしてまた、戻って来た。
そうやって何度も何度も繰り返す時間の中で、いつも隣にいた相手。
これが100回目ならどうか、

「これからも、ずっと一緒にいたい」

願い事を小さく声に出す。
途端、なんだか恥ずかしくなってフレームを解いた。

「よお、レッド何してんだ?」

声を掛けられ振り返ると、グリーンが立っていた。
手にはスイカを持っている。
きっとこれから僕の家に来る予定だったのだろう。
すぐさま家に戻ってスイカを食べたい気持ちもあったが、今はそれよりも何だか気恥かしい場面を目撃されたんじゃないか、と言う事の方が強くて、訳も分からず腰掛けてた家の入口から立ち上がり、脇にあったバケツの水をグリーンめがけてぶちまけた。

「うっわ、あぶね!」

寸の所で後ろに跳ねたグリーンは水を避けて、それからニヤリと不敵に笑った。
グリーンはそのまま手に持ったスイカを地面に置くと、全速力で駆けて僕の方へ突進してくる。
慌てて僕も走りだし、グリーンに捕まるまいと全速力で逃げ出す。
帽子が風圧で飛んでいくのも気にせず、生ぬるい風を切りながら、ただ走り回る。
刺すような熱い陽射し、突き抜けるような青い空。
その空に伸びる一本の長い雲、ぐんぐん伸びていく白い線。
汗で前髪が額にはりつくのも気にせず、馬鹿みたいに走り回る夏の日。
僕たちはあの頃よりぐっと大きくなったかもしれない。
僕たちはあの頃よりもっと賢く、そして無邪気じゃいれなくなったかもしれない。
それでもいつまでも変わらない風景はここにはある。
それが続くのであれば、何度でも飛行機をフレームに収める。




END





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