かげあそび


「マツバはいつも暗いな」
「君はいつも明るいね」

僕に対する悪口を、悪口と思ってもいないであろう明るい声で言う彼の背中を見ながら、思っている事を素直に告げる。

「好きな子でも出来たら明るくなるんじゃないか?」
「好きな子…ね」

彼の投げかける言葉を拾って視線を地面に移す。砂利道に伸びる彼の影が僕に重なってとけている。

「おやおや?」

まるで漫画みたいな声と一緒に彼の影が大きく動いた。
僕と重なりとけていた影が自らの主と一緒になって動き出し僕の横へスッと姿を表す。
その影を視線で追っていくと、彼の足に行き着いた。
そのまま視線を上げ続けると、彼はこちらを向いてニヤリと笑っていた。
背後に輝く夕日が眩しすぎて、彼の顔や表情は細部まで見えなかったが、細める目にそれだけはハッキリ写った。

「なんだマツバその口振り、さては出来たか?」
「出来たって、なにが」
「隠すな親友だろ」

ニヤリと笑う口元だけやけに目に付く。
ぼんやりとした輪郭が、その笑う口に合わせて動き出した。

「好きな人、出来たんだろう?」

あぁなんだ、その話だったか。
正直、一体なにを話しているのかまったく分からなかったけれど、ようやく分かった。
それでどうして彼がニヤリと笑っているのか合点がいった。
彼は常にスイクンスイクンと、興味のあるものに熱い情熱を注ぎ、それ以外はクールに紳士的に接する。
だがその実は意外と下世話な話が好きだったりする。
特に色恋沙汰とは無縁の僕のような人間の下世話な話は興味をそそられるらしい。
そのためか年上の女性なんかと親しげに話している姿をよく目撃したりする。
さて、僕の色恋沙汰か。
夕日をバックにその顔は暗くよく見えないが、きっと興味津々な顔付きで僕をみているのだろう。
こんな男の色恋沙汰によく興味が湧けるもんだと少々感心する。
それと同時に、なんて不躾で失礼で考えなしのあんぽんたんなんだろうと思う。
いっそお望み通り全て言ってやろうか。
お望み通り、色恋沙汰に無縁で修行馬鹿の下世話な話を、考えなしのあんぽんたんに包み隠さず全てぶちまけてやろうか。
それを聞いたら目の前のあんぽんたんはきっと、今浮かべている笑みを引っ込め、困惑に顔を引きつらして言葉を失うだろう。
それは実にいい見せ物だ。夕日が眩し過ぎてその顔がよく見えないのが心底残念だ。
さてでは今からその笑みを引っ込ませてやろう。
お望み通り全て暴露してやろう。

「好きな人なんか…いやしないよ」

言えるはずがなかった。
彼ににだけは、言えるはずがなかった。
視線を眩しすぎる彼から下げ、また砂利道に移す。
さっきより僅かに伸びた影が、不満そうに揺らいだ。

「いたとしても、それは憧れだよ」
「なんだホウオウの事を言ってるのか?」
「…そうだよ、よく知ってるじゃないか」

笑いながらまた顔を上げる。
先ほどまで笑っていた口が、不満に真一文字を刻んでいたのが見えた。

「なんだ、詰まらないな」
「詰まらないか」
「詰まらないね、それじゃ君は私がスイクンに抱いてる気持ちだけで生きてるってことじゃないか」
「その口振り、まるで君には好きな人がいるみたいに聞こえるけど?」

声掛ける僕に、彼はまたニヤリと笑った。

「いるさ」

そう言って、彼はまた僕に背を向け砂利道をザクザク歩き出す。
僕はその眩しくない背中を見ながら、彼の歩く音につられるように同じく砂利道を歩き出す。
「そうか、いるのか」
「いるぜ、親友の君だから言うんだ」
「そう、何だか置いていかれた気持ちだ」
「ならマツバも作る事だな、そして私に教えろよ、親友なんだから」
「ああ…努力する」

そんな努力など誰がするか。
一向に叶うはずない努力など誰か喜んでするかあんぽんたん。
歩く背中に心の中で罵声を浴びせながら、それでも彼にそれを言えないのは、僕が彼の親友という立場をまだ無くせないから。
彼にこんな気持ちを抱いているのに。
彼が好きな人がいると告げてくれたのに。
僕は親友の義理も果たせぬまま、色恋沙汰に縁のない僕の下世話な話を言えぬまま、この立場を守り続けるしかないのだ。
まったくほとほと嫌になる。
砂利道に落とした視線で彼の影を見つめる。
僕の左側にある影は遮るものがなく、言葉通り伸び伸びとしていた。
僕は半歩左へズレて、その影を踏み締める。
そして歩きながら背後を振り返る。
そこには、伸び伸びとしていた彼の影が僕という障害にぶつかり、僕の影と重なって可笑しな姿になりながらとけている姿があった。
せめてこれくらいは許してくれ。
色恋沙汰に無縁な男の、下世話な影遊び。






END





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