羨ましいあの子


「ちょっとコイツ預かってて」

来るなりそう言ってグリーンは僕の胸にモフモフしたものを押し付けた。
つぶらな瞳でこちらを見つめてくる、なんとも可愛いイーブイだ。

『食事のあとブラッシングすること、そのあと適度な運動をして遊んであげること』

グリーンから渡されたメモを読み返し、イーブイに視線を移す。
イーブイは空になった器の横で、ブラシを手前に置いてちょこんと座っていた。
つぶらな瞳がブラッシングを強要していると、すぐに分かった。
もう習慣なんだな。
僕がブラシを手に取ると、イーブイは当たり前の様に僕の膝に乗って大人しくブラッシングしてもらう体勢を取る。
グリーンが最近イーブイを貰ったのは知っていた。
元々隠れイーブイファンだったグリーンはそれを大層喜びすごく可愛がっていた。
嬉しかったのも、すごく可愛がっていたのも隠していたみたいだけど、周りにバレバレなほど可愛がっていた。
しかし今日、急にジムリーダーに招集がかかり出て行かねばならない。しかし毎日のブラッシングを欠かす事は出来ない。
そこで僕に白羽の矢が立ったらしい。
こんな毛並みなら今日1日くらいブラッシングしなくてもいいだろうに。
ブラッシングしなくてもフワフワツヤツヤな毛並みにブラシを入れながら、かなりの溺愛っぷりに少し引いた。
きっとナナミさん直伝の毛繕いを毎日やってあげてるんだろう。

「はい、終わり」

あまり変わり映えしないイーブイの毛並みを見ながら終わりを告げる。
イーブイが僕の言葉にピョンっと膝から降りてテケテケとボールの方へ走って行った。
なるほど次は運動ね。
イーブイが持ってきたボールを受け取り、僕はグリーンとイーブイの習慣に付き合うことにした。
ボールで運動と遊びの両方を終わらせ、イーブイは疲れたのかスヤスヤと気持ち良さそうに僕の横で寝ていた。
僕もポケモンは大好きだけど、ここまでしてあげた事はなかなかなかった。
グリーンは本当に好きなんだな。
ツヤツヤでフワフワの毛並みに指を通すと、フワッと手が優しく沈む。
あ、これは気持ちいいかも。
恐る恐るもう片方の手も突っ込み、フワフワの毛並みを堪能する。
僕のポケモンも毛並みは最高にいいが、あいにく長毛なヤツは1人もいない。
だから知らなかった。
フワフワの毛並みがこんなに気持ちいいなんて。
ソワソワと辺りを見渡し、誰も見ていない事を確認したあと、僕はとうとう我慢出来ず、イーブイのフワフワな毛に顔を埋めた。

「ぶふ…」

イーブイはそれにも慣れているのか、動じる事もせず大人しくしている。
僕はそんなイーブイから顔を離し、改めてまじまじと見つめた。
もふられても動じないって事は、かなりの頻度でグリーンに同じ事されてるって事で。
毎日のブラッシングも、運動も、遊びも、そりゃもう大事に大事に可愛がられてるって事で。
もう一度イーブイの毛並みに顔を埋め、少しだけ鼻から息を吸い込んだ。
そこからはやっぱりグリーンの匂いがした。

「お前…溺愛されすぎ…」

顔を埋めたまま頭を撫でてやると、イーブイは僅かに身じろぎしてこちらを不思議そうに見返してきた。
何だか無性にとても悔しくなって、そしてイーブイがとても羨ましく思えた。





グリーンが帰ってきたのは夕方になってからだった。
グリーンが部屋にやってくると、すぐさま主人の元へ走り胸に飛び込むイーブイ。
そんなイーブイを大事そうに抱き締めてデレた顔をするグリーン。

「悪いな、面倒見させて」

これお土産、とグリーンが出したのは怒り饅頭と言って、カツラさんがジョウトへ行った際に買ってきたお土産だと言う。
僕はそれを受け取りながら、「別に」とついぶっきらぼうに答える。

「なんだご機嫌ななめか?もしかしてイーブイが何かした?」

とたん心配そうな顔をするグリーンに、僕は首を横に振ってイーブイはいい子にしていた事を伝える。

「ただ…グリーンがイーブイを溺愛してるのは、よく分かったよ」

そう言うとグリーンは顔をサッと赤らめ居心地悪そうに顔をしかめた。

「じゃあ何で機嫌悪いんだよ」

話題を自分に持って行きたくないのか、グリーンは矛先を僕に向ける。
僕は少し考えたあと、やはり首を横に振った。

「分からない」
「何だよそれ」

呆れた様にグリーンが笑う。
そうは言っても僕だってどうしてこんな気持ちになったのか分からないから仕方ない。
そのあと、その気持ちはグリーンがイーブイを連れて帰っていった後も、しばらく胸に残っていた。






END





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