思春期とたんこぶ


特に意味のない会話だった。
年頃の男の子ならそういうのに興味もあるだろうし、そういう話しになるのは必然で。
だからこれも、特に深い意味があった訳じゃなかったんだけど。

「お前ってさ、誰かとキスした事ある?」
「キス…?」
「そうそう、もちろん頬とかじゃなくて唇に」

俺の部屋の床に座りピカチュウと遊ぶレッドに、そんな話題を持ちかけた。
なんでこんな話題を持ち出したかと言うと、最初に言ったと思うが特に意味がなく、また深い意味もまったくない、簡単に言えばただの思いつき。
レッドはベッドに腰掛ける俺を見ながら、首を傾げた。ピカチュウも一緒に首を傾げながらこっちを見る。
それだけで答えは予測できた。予測しなくたってだいたい結果は分かっていたけど。

「まぁそうだよな、あんだけ山に籠ってれば女なんか出来る訳ないもんな」

笑いながら、レッドに皆まで言わさず結論を出す。
レッドは俺のその態度に顔をムッとしかめて、ピカチュウを膝の上から退かし立ち上がった。
そして、え?と呟く間もなく、ベッドに座る俺の肩を強い力で押し、言葉通り押し倒してきた。

「レ、レッド?」
「じゃあグリーンは?グリーンはしたことあるの?」

両腕を押さえられ、至近距離で聞いてくる。
レッドの黒い髪の毛が、肌に当たりそうなほど近い距離から、俺の目を真っ直ぐジッと見つめてくる。
俺はその状況にいささかパニックを起こした。
え、え、と言葉にならない言葉だけが勝手に口から出ていく。
なんだこれ、なんでこんな事になってんだ。
レッドは何も言わない俺に、更に顔を近付ける。ただでさえ無い距離が、縮まる。

「グリーン」
「お、俺はあるよ!そりゃ…あるよ」

嘘だった。
この状況から早く解放されたい一心についた嘘。
こんな状況でも幼馴染に一歩リードを取りたいなんて言うちっぽけな意地で吐いた嘘。
それが幼馴染の突拍子もない行動に拍車をかけるなんて、これっぽっちも考えてなかった。
言った瞬間、至近距離にあるレッドの目が、明らかに不機嫌なそれになる。
掴まれた腕に込められる力が強まった。

「じゃあ、俺に教えてよ」
「ちょ、レ…ッ」

名前は、最後まで言わせて貰えなかった。
レッドはそう言ったかと思うと、もうほとんど無かった距離を一気に詰めてきた。
グニッと唇に柔らかな圧迫がかかる。
途端、体にピーンと一本線が通ったかのように固くなり、目が自分でも驚くくらい丸くなるのが分かった。
だからって視界にこの状況が映る訳ではなく、近すぎるレッドの顔を見ようにも近すぎてぼやけるし。
って言うかこれは、キスされているのか。
行為が分かった瞬間、顔がカーッと熱くなっていく。
だがしかし、あまりにも突拍子のない行動に、抵抗なんて二文字頭は頭に浮かんでさえこない。
ただただ、レッドが押しつけてくる唇を、自分の唇で受け止めているだけ。
そんな時、唐突に部屋のドアが叩かれた。

「グリーン、いるー?」

その声は紛れも無く、姉貴のものであった。
コンコン、とドアをノックしながら、そのまま部屋に入ってきそうな雰囲気。
俺は咄嗟にレッドに押さえられていた手を振りほどき、抵抗と言う二文字をようやく思い出して覆いかぶるレッドの体を強く押し返した。

「グリーン?あら、いるんじゃない」
「な、何だよ、勝手に入ってくるなよ!」
「なら返事くらいしなさい、私ちょっとおじいちゃんに届け物頼まれたから出ていくけど、ヤカンを火にかけてるから沸騰したら切っといてね」

宜しくね、姉貴はそう言ってドアを閉めようとした。
けれど出ていく手前で、もう一度振り返り、その顔にアラアラみたいな笑みを浮かべた。

「プロレスごっこはいいけど、あまり暴れないでね」

それだけ言って、ドアは閉まった。
俺は、心臓が止まるっていうのはこういう瞬間なんだな、なんて考えながら自分の胸に手を当てる。
バクバクとうるさいくらい心臓が鳴っている。
そんな事をしている間に、ベッドから転がり落ちて床に頭を打ったレッドが、両手で頭を押さえながら立ち上がった。
俺は無意識にビクッと肩を震わせて、ベッドの上で硬直してしまった。
レッドはまだ痛いのか、険しい顔を作りながらそんな俺の顔を見て、首を傾げた。

「嫌だった?」

それは何て言うか、このシチュエーションには似つかわしくない台詞だった。
けれど正直まだパニくっている俺は、その質問を素直に受け取り、素直に答えてしまう。

「い、嫌ではなか…った…」

途中まで言い掛けて、この返事もどうなんだと思ったら最後が小さい声になった。
しかしレッドはその返事に安心したように、顔を少しだけ明るくした。
それから自分の足元にいるピカチュウを抱き上げて、少し困った顔をしながら言った。

「今日は帰る」
「お、おう…あ、頭…冷やしとけよ」
「ありがとう」

俺の言葉に、嬉しそうにちょっと笑みを浮かべて、レッドはそのまま帰って行った。
俺はその後ろ姿を見送りながら、この数分のうちにおこった出来事を思い返す。
あれは…キスだった。紛れもないキスだった。
思い出しただけで、カーッと顔が熱くなっていくのが分かる。
そのまま枕に顔を埋めて、あーーー、と意味のない叫び声を上げ続けた。
だってこれはそうだ、だってこれは、

ファーストキス…じゃん。

お互いに、ファーストキスだった。
そのファーストキスを今日、今さっきお互いに消失した。
だと言うのに、感想がまさか、嫌じゃないって。
あれ、これってつまりどういう事なんだ。
顔の熱がじょじょにじょじょに、上がっていく。
これはつまり、俺はレッドが…って事?嘘、まじで?
その後数分間、そんな事を考えていたら、下からヤカンのけたたましいピーッという音が聞こえて、考えは一端中断されてしまった。








「あら、レッドおかえりなさい」

お母さんの呼びかけに、適当に頷いてそのまま二階へあがる。
そんな僕は、お母さんが驚いた顔で呼びとめて慌てて駆け寄ってきた。

「どうしたのレッド、顔が真っ赤」

熱かしら?
心配そうに僕の額に手を当てるお母さん。
僕はそんなお母さんの優しさが、今はちょっと有難くもあり迷惑でもあった。
どうしよう、大事なファーストキスを咄嗟の感情で失ってしまった。
だってグリーンが、俺はした事あるって言うから、何かムカついたんだ。
いやまずムカつくのがおかしいのに。
おかしいのはそれだけじゃない。
キスをして、僕はそのキスが嫌じゃなかっただけか、嫌じゃないと言うグリーンの言葉を聞いて、心底安心してしまった。
これは事件だ。これは大変だ。
もしかしたら僕は、グリーンの事が好きかもしれない。
お母さんが大変早く寝なきゃ、とパジャマを用意してくれているのを横目に、僕は今とっても思春期的な悩みに頭を悩ませていた。
後頭部に出来たたんこぶが、ズキズキと痛むのも忘れて。





END





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -