可愛いものが好き。
華やかでキラキラしたものが好き。
楽しいことが好き。
女の子だもん。
目一杯笑っても、私の笑顔を見つけてくれる人はいないけれど。
可愛くて華やかでキラキラしていて、いつも楽しいことに囲まれていたら、皆も私も楽しくて笑顔になって、きっともっとハッピーだ。

「あ。新しいシャンプーの広告、Mt.レディコラボだ」
形のいい唇が言葉をつむぐ。
桃色よりもすこし濃いピンクのリップはどうやらローズの香りがする。
雑誌に視線を落として、白い指でパラパラとページをめくる彼女は私の前の席に座っている。四時限目の現代文を終え、空腹を抑えて何人かで食堂へ向かうときにはもう教室にはいなかったのに、満腹のお腹を押さえて戻って来ると着席して雑誌を読んでいたので何の雑誌?と尋ねると「トレンドを押さえておこうと思ってね」と表紙を掲げてくれる。顔のアップをカメラに収められても特別困ることはないような、美貌が売りのヒーローが大きく表紙を飾っている。今月号まだ買ってないや。と呟く。そのまま自分の席へ腰を下ろすと、燐子ちゃんは振り返って机に広げてくれた。
「スッゴいツヤツヤになるんだって」
「うわーパッケージ可愛い!なりそー!」
「いつ見てもブロンドすごいよね。美しい……」
何が琴線に触れたのか、うっとりと広告ページを、というかレディを見つめる燐子ちゃん。確かミッドナイトにもこんな感じだったような気がする。ヤオモモのこともたまに気になるみたいでちょっかいをかける姿を見る。美人に弱い?
「燐子ちゃんの髪の毛もキレイだよ!?」
「センキューソーマッチ!今伸ばしてるのさ!」
「真っ赤でユラユラ揺れるから、ホントに燃えてるみたいだよね!」
「ね。夜見すぎたら目がチカチカするんだよ」
「そうなの?」
「部屋が結構白いからさ。コントラストがね」
ギュッと今度は目をつぶってウワァな表情をする。感情表現がにぎやかだ。
元気だねって言われることが多い私や三奈ちゃんとはお互いになんとなく親近感がある。ちょうど今、トイレから戻って来たらしい三奈ちゃんも近寄って来た。
「あ。芦戸っちやっほう」
「やっほー!燐子さっきいなかったね!ゴハン食べた?」
「食べた食べた。今眠気と戦ってるところ〜」
「今日は演習ないもんね〜私も寝そう……!」
「葉隠寝ててもバレなさそう!」三奈ちゃんの言葉に、中学時代の授業風景を思い出す。
「そう思うよね!?でも、何故かバレるの!教師ってスゴい!」
「なんだろ、服着てるから姿勢で?」
「コスチュームだったらわかんないかなぁ?」
「コスチュームっていうか、脱いでるんだけどね」
三人寄れば文殊の知恵という言葉があるけれど。私達がこうして集まってうーんと悩んでいても、答えが見つからないことが結構多かったりする。多分、似たような思考回路をしているからだと思う。「くだらねーことばっか考えてるからだろ」通りすがりの爆豪くんが自分の席(私の後ろ)に戻るついでに失礼な一言を投げて、一緒にいた切島くんが軽く咎めた。イイヤツだ。
「三奈ちゃんの髪の毛はド派手にかわいくっていいよね!」
「そー!濃いピンク好きなんだー!」
「似合うー!」
「燐子も赤似合う!」
「やったー!」
三奈ちゃんは肌の色も髪色もド派手なピンクで統一感があるし、燐子ちゃんは白い肌に青い目だけど、真っ赤な髪の毛がとってもよく映える。クラスの中でも『女子力!』って感じの二人が仲良くワイワイしている姿はすごくすごく見ていて楽しい。人目も惹く。
「葉隠の色ってなんだろうね?」
「え、私?」
急に矛先が回って来たのでビックリしちゃった。
「葉隠って自分で自分のこと見えてるの?」
「ううん、見えないよ」
「触れるのに見えないってことは、たぶん屈折率の問題だと思うんだよね。でも自分で自分のことが見えてないってことは〜……?」
「クッセツリツ!」
「習ったような習ってないような?」
「そういえば透明人間って、前時代に人間が考えた『一度はなってみたい』超常現象ランキングではトップ10入りだったって聞いたことある」
「そーなの?」
「燐子ちゃん博識〜」
「授業でやってんだよ授業で……!!」後ろから聞こえる怨嗟のような声は全力で気付かなかったフリをした。後ろの席の爆豪くんは、あんな見た目と性格なのに、マジメだしかなり頭がいい。授業で当たられて間違った解答をしている姿を見たことがない。
「うーん。透ちゃんのイメージは〜……ビタミンカラーかな〜」
「ビラミンカラー?」
「うん。レモンとかオレンジとか、明るくてポップでキュートなかんじ!」
「わっ照れる!」
「私のイメージはねェ〜キミドリ!フレッシュネス!」
「キミドリも好きー!」
「好きな色と似合う色が一致してたら良いよねぇ」雑誌をパラパラとめくりつつ燐子ちゃん。カラーやスタイル別のコーディネートが載っている特集があるらしい。三人で除く。
「私はコレー!」
「私はこっちが可愛くて好き!」
「わたしはこれかなー」
「見事に全員バラバラだねェ」
「ヤオモモちゃんは多分コッチだよね〜」
「ねー!ヤオモモはもっと良いもの着てそー!」
「じゃあ梅雨ちゃんはこれかな?」
「ジローちゃんは絶対コレ!賭けれるよ〜」
「麗日はどーだろーね」
「超節約生活っぽいから、ラフな感じ?」
「だとコレかなー?」
「ねーねー。一回女子で出かけてみたくない?」
「いいねぇソレ!」
「答え合わせと親睦会的な!ね!行こ!?日曜とか!」
「どこ行くの?」
「あんま気つかわないトコ!」
「服は見たいよ〜」
「ウィンドウショッピングも楽しいよね」
「ショッピングモールとか?」
「いいねー!あそこカラオケあるよね!?」
「ゲーセンもねー!!」
「テメーらいっつもウルッセェんだよ!!!もっと静かにハシャげや!!!」
とうとう怒られてしまったところで予鈴が鳴る。すると飯田くんが教壇へ上がっていつもの通り、自分の席に戻るようにと大きな声で促すため三奈ちゃんは小走りで戻っていった。雑誌も出したままだと叱られてしまうので燐子ちゃんが閉じて机にしまう。「静かにハシャぐとは一体」と呟いたために、私を間に挟んだ前後の席で小さないさかい(というか猛る爆豪くんを燐子ちゃんが煽ったりからかったり受け流したりしている結構一方的なやりとり)が勃発している。盛り上がるだけ盛り上がったけど、話詰めれなかったな。放課後決めようっと時限の数学の教科書を取り出しながら考える。
可愛くてキラキラしている毎日。
あの雄英高校、しかもヒーロー科に入学できて。
授業はキツイし勉強も難しいけれど、
友達にも教師にも環境にも恵まれた生活。
そんな毎日が、降って沸いた悪意に脅かされる日が来るなんて考えてもみなかった。


「あれ。透ちゃんだぁ」
夕方の西日が窓から大きく差し込んで、オレンジに染まった廊下。
開かれた扉から出てきた燐子ちゃんは突っ立ったままの私の姿に気付くと、きょとんとした表情で近づいてきた。
「透ちゃん最初の方じゃなかったっけ?」
「……うん」
「……一緒に帰る?」
「帰る……」
「うん。行こ」
後ろ手で扉を閉める燐子ちゃん。間際、中にいる刑事さん達と目が合って会釈をした。気付いたかどうかは、わからない。
「もうすっかりイイ時間だねぇ」人通りのない廊下を進む。のんびりした声がよく響いた。燐子ちゃんの方を見ると、白くてきめ細かい肌がオレンジ色になっている。覗く横顔も足取りも声色も普段通りで、私は自分の鼓動が少しずつゆるやかになっていくのを感じた。
「透ちゃんは明日何するの?」
「え、決めてない、けど」
「迷ってるんだよね。ルーティンはするけど午前で終わっちゃうし。寝るか映画観てショッピングかいっそ山でも登るか。うーん悩む」
「休んだ方がいいんじゃない?今日戦ってたんでしょ?」
「寝るに一票入りました!まぁでも戦ったってほどじゃないよ。尾白くんもいたしね」
気を遣ってくれているのだろうか。それとも大して動じていないのだろうか。燐子ちゃんはいつもと変わらない笑顔で、おどけて、進んでいく。私はいつも通りに話すことができなくて、戸惑う。どうしてだろう。事情聴取を受けるまでは、みんなといる時は、普通に喋ることができたのに。
「尾白くん、燐子ちゃんのこと褒めてたよ。スゴい身のこなしだったって」
「うん?まぁわたしの個性で火災ゾーンで後れを取るわけにはいかないよ。逆に尾白くんの立ち回りはさすがだったよね。透ちゃんの方は焦凍いたんでしょ?」
「うん。一瞬で凍らせて終わったから、私何もしてないよ」というか多分私もいたことに気付かれてすらいない。轟くん尋問終わったらすぐ行っちゃったし……。
「何もなくてよかっただよ、そこは」
「うん……」
「うん。じゃあ透ちゃん」
「うん?」
「遊びに行こうか」
「え?」
「明日。行こ〜」
あまりにも普段通り。放課後友達をマックに誘うくらいの気軽さで言う。断る理由も、したいことも特になかったので頷いて、それから声に出して返事をした。言葉にしなくちゃ、伝わらない。女子高生のようなやりとりをして、燐子ちゃんとは分かれ道で別れた。


「透ちゃーん!こっちこっち!」
十二時半。
世間は木曜日。私服の若者姿はそんなに多くなく、けれど人通りは決して少なくはない街中で待ち合わせ場所にやって来ると、先に来ていたらしい燐子ちゃんが大きく手招きをする。私はそれに従って近寄るけれど、目立つ彼女の存在には到着した瞬間から気付いていた。
「こんにちは、透ちゃん」
「こんにちは……って変な感じだね」
「ねー!お昼から会うことってないもんね〜」
赤ペンで塗りつぶしたような色とは違う、艶があって、炎がゆらめくように見え方が変わる不思議な赤色の髪は、間違いなく燐子ちゃんのチャームポイントだ。普段制服だと下ろしていて演習の時はツインテールにしているけど、今日は下で二つ、ゆるい三つ編みにしていて可愛らしい。白のパーカーにオリーブ色の膝下スカート、黒タイツにスニーカーと、シンプルでだけど燐子ちゃんが着るとどこか少し大人っぽい雰囲気の服装をしている。初めて見る私服姿が新鮮だ。
「燐子ちゃんの私服って、こんな感じなんだ!」
「うん?コスチュームも似たようなものじゃん」
「ていうかコスの方が動きにくそうな格好だよね!?」
コスチュームとは、ヒーローコスチュームのことで、雄英では被服控除といって入学前に提出した個性や身体情報に合った要望を提出することで用意してもらえる特権の一つだ。 私は『透明化』の個性なので、手袋とブーツを作ってもらった。
燐子ちゃんのヒーローコスチュームは、簡単に言うとヒラヒラした白いワンピースにハイヒール。その姿で普通に戦闘訓練に参加している。まだ片手で数えるくらいしか着用していないけど、どうやら変更するつもりもないようで、既に何回か演習を担当するヒーローにコスチュームについて言及されつつも朗らかな笑顔で躱しているとのことだ。
「やっぱり可愛い服を着るとテンション上がるよね」
「え、そんな理由なの?」
「女の子にとっては大切な理由だよ!透ちゃんの私服も可愛いね〜」
「え?あっ、ありがとう!」
ちょっと迷ったけど、やっぱりお気に入りのスカートを履いてきてよかった。自分の好みで選んだものを、素敵な女の子に褒めてもらえるととっても嬉しい。
「じゃー女の子のお買い物に行きましょー!」
「オー!」
雑貨屋さん。洋服屋さん。古着屋さん。アクセサリーショップ。本屋さん。クレープハウス。パンケーキカフェ。靴屋さん。ゲームセンター。手芸屋さん。ジュース屋さん。CDショップ。ギャラリー。様々な種類のお店が、一本の通りの中に所狭しと並んでいる。気になるところを片っ端から入って店内を物色し、欲しいと思ったものを買ったり買わなかったり。食べたり食べなかったりしていく。こういう道が、何本も何本も繋がっていて、町全体が活気あふれるトレンドの街として栄えているのだから東京ってスゴイ。自分の出身地でも、行ったことがない場所や行動エリアではない場所が、ここ以外にもまだまだたくさんあるのだろう。興味惹かれるお店ばかりで、気付けば店から店へ渡り歩いている状態になっていた。
「透ちゃん見て!これ見てヤバ!」
「パンケーキだ!パンケーキだよ透ちゃん!」
「このお店かわいーねぇ。和む」
「この音楽よくない?ジローちゃん持ってるかなぁ?」
「クレープは飲み物!」
「これ明日みんなで食べない?買ってこっかな」
「この服絶対透ちゃんに似合うよ〜着てみてよ〜」
「このコーデは……!斬・新!」
「うーんペンダント可愛い……けど高い……」
「コレを買っても、置く場所がないんだよねぇ。まず家具を買わなきゃ」
「見て見て〜ラテアートがオールマイト!」
「このぬいぐるみは透ちゃんのイメージです」
「この本ヤオモモちゃん読んでそ〜」
手作りドーナツと火照った身体を冷やすドリンクを購入して、近くにある自然公園で落ち着ける場所を探す。空いているベンチを見つけて、二人並んで腰を下ろして一息吐いたときにはすっかり午後四時前になっていた。「一日が早いねぇ」とおばあちゃんみたいな言い方で言うものだから吹き出してしまう。
「おいしいぃ〜」
「ねー!しあわせー……」
「透ちゃんそれ何味だっけ?」
「ハニーオレンジ!燐子ちゃんは?」
「ゴールドキウイとパイナップル〜」
「一口ちょうだい!」
「いいよー交換〜」
「わーおいしい!」
「この店最強だな」
「それさっきも言ってたよ!」
「最強ばっかりだ。最強の街だよ東京は」
真剣な表情でそんなことを言うのがおかしくて笑う。今にも飛び跳ねてしまいそうなくらいに楽しそうな姿に笑う。可愛いものを見て一緒にときめいて笑う。試着した服がよく似合っていて笑う。行列の店がとっても並んでいて笑う。よさげなミュージシャンを発掘できて笑う。クラスメイトの趣味っぽいものが売っていて笑う。おいしいドーナツを食べられて笑う。
「ねぇ透ちゃん」
「なあに?」
「ヒーローが守っていくのは、きっとこういう景色だよ」
深く深く青くて、轟くんとは違った青色の瞳が隣じゃなくて前を見つめている。私はそれを追いかける。夕方の東京の街。その中の大きな公園には、たくさんの人が歩いたり、立ち止まったり、走ったり、柵に寄りかかって水面を見ていたり、友人や恋人と笑い合っていたりする。ぼんやりとその姿を見つめた。
「わたし達が好きなのも、こういうことだよね」
「…………うん」
鼻の奥がツンとした。脇に置いてあるドリンクを一口飲んだ。大好きなキャラメルが入ったフラペチーノはとっても冷えていて、ほんのりとした苦みとミルクの甘みを運んできてくれる。自分で感じていたよりも喉がかわいてたのか、ゴクリと音が鳴る。冷たい冷たい飲み物を飲むと、とっても気分がスッキリした。
「明日からまた学校だねぇ」
「日曜日はまた休みだから、きっとスグだね!」
「このクッキーおいしいかな〜」
「楽しみだね〜!」
「いっぱい買っちゃったもんねぇ」
「みんなで食べたらスグだよ!」
「一日もあっという間だったね〜」
「楽しかったね!!」
「次は透ちゃんが行きたい場所行こうよ」
「ホント?あのね、いっぱいあるんだ!」
「それはこの先まだまだ楽しめるねぇ」

私の友達は、可愛くて華やかでキラキラしていて楽しいことが好きで、それから優しい女の子。

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