らんらりりりりりらん、
らららららららりりりらららららん。
らんらりりりりりらん、
らんらららららりりりーらん。
らんらりりりりりらん、
らららららららりりりらららららん。
たららんらららららーらん、
ららららららたららららりらんらー……

「……おい。それ止めろ」
「え?何がですか?」と、目を丸くするのはいかにもメディア映えしそうな赤髪の少女。
顔はちゃんと目の前の相澤くんに向いているのに、左手は器用にもキーボードを叩き続けている。それもかなりの速度で。一年生教員用のプリンターからは常に何かが印刷され続けていて、隣の席に座る相澤君は順番に目を通していって、内容に修正を加える場合だけ呼び止めて指示をする、というのが今日の午前中の彼女の業務なのだとか。こんなスピードで打ち込みをしているのにかれこれ一時間は作業しているところを見ると、情報学の授業に使用するデータか何かを作っているのだろう。すぐ隣に全身黒ずくめの(一歩間違えれば不審者のような)格好の怖いオジサンを置いて、妙に間延びをした癖のある歌を口ずさみながらできるような仕事ではないと思うのだけれど。
「この打ち込み作業を止めればいいんですか?保存しないで閉じるでいいですか?」
やっぱりこの子、只者じゃないわ。
「いいわね〜相澤君。私にも轟さん貸してくれないかしら」
「駄目ですよ」
「せ、先生……。そんなにもわたしのことを……」
「随分と余裕そうだから、まだ仕事を増やしても大丈夫だな」
「…………」
「俺はな。昨日後悔したんだ。まさかあの量を、午前中に終わらせるとは。あまつさえ、教師と恋愛トークに花咲かせながら休憩するだけの余裕があるとは。とても普段のお前からは想像がつかなかった。お前の能力を見誤った俺のミスだ」
「……そ、そりゃあ燐子ちゃんは、優秀ですから……?」
「優秀なら猶更だ。そのふざけきった性根を、この一週間で、正す」
「ヒッ」

場所は雄英高校。
職員室。
平日の登校時間前という早朝から、
赤色のまぶしい彼女――轟燐子さんは絶好調だ。
「おはようございますミッドナイト先生。今日は何だか、お肌が一段と輝いてますね!」
「おはよう轟さん。化粧水、変えてみたのよ」
「それはいいですね。きっとミッドナイト先生のお肌によく合ってますよ。とっても瑞々しくて、昨日よりさらにおきれいですから」
「ありがと〜」
「…………よく分かるなお前」無礼な男は置いておいて。
「むしろ、なぜ目に入らないのか理解に苦しみます。こんなに美しい人と毎日机を並べておいて!」毎日顔を合わせるたびに褒めてくれる素直ないい子の轟さん。教師としてはよろしくはないのだけれど同じ女性としてつい可愛く思えてしまう。
大げさな身振り手振りで彼相手にしばらく説明を重ねていたようだけれど、当の相澤君が強引に話を切って彼女に朝一番の業務(という名の書類の山)を言い渡す。話の腰を折られた轟さんも渋々と、彼の隣のデスク――私の逆隣の席に腰を下ろした。
「さて」と短く吐くと、デスク上の電話機の留守電設定を解除して、デスクトップの電源を入れる。相澤君から手渡された分厚い紙の束を置くと、PCが起動するまでの時間でパラパラと捲って目を通しているらしい、軽い音が耳に入る。彼女の様子を窺おうとすると、必然的に彼女との間に座る相澤君が視界に入って「こいつのことは気にせずどうぞ」と念を押す。私とこの子を取り合わせると話が長くなるとでも考えているのだろう。実際、先日彼が不在の時間、業務をこなしながらも美容やコスメの話に花を咲かせていたので誤りではない。
「俺は十時から職員会議だ。行って戻ってくるまでの間に終わるな?」
「それくらいなら大丈夫です。なんなら、会議に行くまでに終わらせますので私も参加させてください。会議って、見てみたいです。大人な響きが素敵です」
「却下だ。掃除でもしてろ」
「残念でしたぁ。掃除なら、先生が来るまでに終わらせてますぅ」
「朝何時に来てんだお前」
「秘密ですぅ」
「そのフザけた話し方を止めないと、午後からの活動内容見直すぞ」
「すみまっせんでした相澤先生様!」
「声を落とせ。様も取れ」
「今日も大変そうですね、先輩……」と、出勤してきた13号が耳打ちをしてくる。
「楽しそうだけどね」と私は返した。
普段は限りなく無駄を嫌い効率を重視し低血圧の無感動漢だけれど、轟さんにつられて、やや精神年齢が下がっているようにも感じられる。山田を相手にしているときに稀に見られるそれだ。
「学生時代を思い出すなァイレイザー!」と声量のデカさでは流石に彼女もかなわない、産声からうるさかったらしい山田がしみじみと言った。そして相澤くんは当然、無視である。彼に轟さんと山田の二人を同時に相手にする胆力はない。
「午後からはその減らず口、叩けなくしてやる。身体慣らしておけ」
「やったー!!戦闘訓練だぁ!」
向かいの席にセメントスがやって来て、エクトプラズムも出勤し、オールマイトは恐らくまた遅刻で、ハウンドドッグは見回りへ。スナイプは射撃部の方に顔を出している。パワーローダーは時間ギリギリまでラボだろう。普段通りの同僚に、普段とは違う光景を横目に入れつつ、自分の仕事に取り掛かる。
それにしても。
轟さんって、あんなにはしゃぐほど訓練好きなのかしら。


「手合わせ?轟少女と相澤くんが?」
窪み陰になった瞼から青目が不思議そうに瞬いた。
昼食を終え、二三年生は五限目に突入した頃。
今日は午後の授業もないし、業務も割とスムーズにこなせて時間を空けられたので、例によって野次馬をすべくこうして廊下を歩いている。オールマイトは途中で出くわしたので何となく一緒に歩き出したところだ。
「理由がどうあれ職場体験先として生徒を、書類整理だけさせてくわけにもいかないでしょう?他の生徒に出遅れちゃいますし。まあヒーロー事務所だって、いきなり敵退治ってわけにもいかないでしょうけど」
「素地が大事だからネ!」ボヒュッ!と音を立てて質量が一瞬で増えた。
「わっ!……もう、オールマイト。急に力まないでくださいよ」
「あっゴメンゴメン。つい」シュルル、と今度は萎む。それ、あまり廊下でやらない方がいいですよ……。
「じゃあ私も行こっかな!」
「仕事大丈夫なんですか?」
「……だいっダイジョーブさ!!」
こんなに不安なこの人の『大丈夫』を初めて見た。
見たいんだな。
「基礎学ではどんな感じなんですか?轟さん」
「う〜ん。言葉に悩むね」とオールマイト。
事前に行われていた会議でも轟さんについてはいくらか言及されていたけれど、やはり評価が難しいらしい。
「障害物競走とか、なんか普通に走ってましたよね」
「運動神経や反射神経とか……所謂戦闘能力の基礎となる部分は、抜きん出ているよ。スタミナもアレを完走して息を乱さないくらいだ。訓練の賜物だね」
順位的にはアレだったけど、と続いて体育祭の様子を思い返す。通りすがりに他の選手を助けて回っていたのは記憶に新しい。その時は私もスタジアムからモニター越しだったし主審だったので彼女だけ見ていたわけではないから、詳しいことは知らないけれど。
「チーム戦では何故か表に出て来ずにトラップや他の生徒の補助に走ってしまう。何度か模擬戦もやったけど、逃げ回るのが上手いね彼女は。爆豪少年が爆ギレだったよ!」
ああ、彼のそれは想像できるわぁ……。
先日の表彰式が過る。あれは教師でもちょっと怖かった。
「巧いんだけどね、色々と……。ことごとく正面戦闘を避けるきらいがあるので、評価どうしようって思っていたところなのさ!」
「それ、相澤君の前では言わない方がいいですよ」
あまりにも胸を張って堂々と言うものだから、一応忠告しておくことにする。もし彼の前でうっかりそんな発言をしようものなら、また睨まれる案件になるだろう。
「個性的にはどうなんでしょうね。轟君は氷と炎の二種類の個性がありますけど……彼女はそのままエンデヴァーさんと同じ個性なんですよね?」
「ああ……彼女は炎熱だけのようだけど、個性をメインに戦闘する轟少年とは違って、轟少女は戦闘中に不意に『仕掛けて』くる感じだから、違いがあって興味深いね。でも、残念ながら轟少年と轟少女は訓練で当たったことがないから、どっちがどうとかは言えないな」
「ぶつけてみればいいじゃないですか」
「いや配当はクジだから……」
「どうしてそんなにクジにこだわるんです?」
「え、ワクワクするかなと思って」
「…………」
訓練室に到着した。
セメントスの運営するTDLとは異なり、ここでは地形そのものに影響を及す個性ではない生徒が個性の強化に使用したり、個性不使用の戦闘訓練を行う際に用いられることがある一般的な訓練室である。ただ、戦闘訓練とは言っても屋外にある運動場とは違い、実際敷地外に広がっている地形を模したものではなく、ただ広い空間が広がっているだけのスペースなのだけれど。観戦用のフロアがあって、マジックミラーのような仕組みになっているので、こっそり観ることが出来るのがイイトコロだ。
「ああ。やってるね」オールマイトが指で下を指し示す。
無機質な広い空間に、鮮やかな赤色が舞い上がる。


「あっ!ミッドナイト先生!」目が合うとすぐに掛けて来る。
二つに結われた赤髪がしっぽのように揺れるのに目を奪われつつ、破顔して「休憩ですか?」と見上げてくる可愛い生徒に笑いかけた。
「差し入れでもらった紅茶があるから、一緒にどうかしらと思って」
「……わたし今、お茶に誘われていますか!?」
「簡潔に言うと、そうなるわね」
「うわぁぁあ!ミッドナイト先生が!お茶に!」
「お菓子もあるわよ」
「お菓子もある!!先生!せんせーい!!」
「大声を出さなくても聞こえてる」普段の七割増し位くたびれた様子の相澤君がのんびりと歩いてきた。
「先生、お茶をしましょう!休憩を!休憩をください生徒に!」
「今は部下だ」
「では部下に!新人の部下に休息を!」
「分かったから声を落とせうるさい」呆れたように息を吐く。轟さんのいる場面ではよく見かける姿だ。いいの?と一応確認すると、休憩なしでやってたからな、と返ってきた。
「えっ……まさか、三時間ずっと……?」オールマイトさんと一緒に様子を見に行った時から、短く見積もって三時間は経過している。私は途中業務に戻ったし、オールマイトさんは今日はもう職員室から出られないだろう。私なんかついでに言うと、授業の準備に必要な教材を探しに行って保健室へ寄り、リカバリーガールとひと談笑し終えてきたところだ。そんな決して短くはない時間、ずっと戦闘訓練……?背筋を冷たいものが駆け抜けた。
「あんたたち二人とも、体力オバケ……?」
「コイツと一緒にしないでください……俺は復帰後のリハビリみたいなもんですよ」
「確かに先生動き鈍かったですもんねぇ!……あだだだだだだ」
「そのペラペラと喋る口を抹消できればな」仮にも教え子に物騒なことを。
「それは残念でしたね……そう気を落とさずに、これからも頑張ってください……」わざと?それとも無意識に煽ってんの?
「まだ五時間は動けますけど〜」正気を疑う発言をする轟さんと、眉間のシワが三倍になった相澤君。その仲裁をするように真ん中を歩き、保健室へと向かう。あまりにおかしなことばかりを言う轟さんの頭を、相澤君が本気で心配したからだ。息の整わない彼は疲労のあまり思考回路が少し短絡的になっている。病み上がりでもある彼を少し休ませるためにも意を唱えたりせず共に行くことになった。
「リカバリーガールってどんな人ですか?」
わたしまだお目にかかったことがなくて、と轟さん。
今日のこの感じだとそりゃあそうでしょうね。と思いつつ。
「素敵な方よ。もうずっと、雄英に身を置いてくださっているの」
「治癒関係の個性って、珍しいんですよね?お忙しいのでは?」
「忙しい方ではあるわ。でももうご高齢だし、あっちこっち飛び回って、という風にはいかないもの。昔は大変だったみたいだけど、今は極力雄英に腰を据えているの」
「へぇ〜。怪我人と向き合い続けるって、相当な精神力ですよね」
何気なく続けられた言葉におや、と思いつつ相槌を打つ。
「先生みたいにワーカホリックな重傷人の面倒も見なければいけませんし〜」
「もう完治したって言ってるだろ」
「それまでの道のりの話ですよ」

「こんにちは!はじめましてリカバリーガール!一年A組、轟燐子です!」
「これまた。元気な子が来たねぇ」
そんなこんなで保健室。
生徒の数が少ないこの期間、怪我人も今はおらずお茶を飲んでいたところだったらしいリカバリーガールは快く私達を迎えてくれた。私は持って来た紙袋から茶葉とお菓子を取り出す。備え付けられている食器棚からカップを三つ取り出して給湯スペースを借り、紅茶の準備をする。背後では轟さんと相澤君とリカバリーガールという謎の組み合わせによる会話が繰り広げられている。
「リカバリーガールのお噂を道中耳にしまして。どんな方かと思ったら可愛らしいおばあちゃまでビックリしました!身長何センチですか?」
「ウチのクラスの問題児です」
「愛想がいいね。あんたも見習いんしゃい」
「…………」
「わぁ〜先生が言い込められている!」
「何がおかしい」
「おかしくはないです。感動しているんです!」
「もっと悪いだろうが」
「リカバリーガールってすごいんですね〜!先生が高校生だった頃からいらっしゃるんですよね?」
「ああそうだよ。昔からちっとも変わらないねぇイレイザーは」
「わぁ!聞きたいなぁ先生の昔話!」
「聞かんでいい」
「その前にリカバリーガール、先生を診てあげてください!」
「うん?」
「さっきまで訓練してたので、恐らくは打撲多数です」
「おい……この程度どうってこと」
「先生は病み上がりだというのに、わたしは何ということを」
「おやまあ。あれだけ安静にしろと言ったのに」と言いつつ、相澤君を診察用の席へ着かせる。さすがに面と向かって拒否することはなく大人しく従う相澤君を、轟さんは物珍しそうな顔で見ていた。
「滅多に見れない光景よねぇ」
「ミッドナイト先生」
「雄英出身のヒーローは少なからずお世話になってるからねぇ。彼女にはオールマイトさんでさえ頭が上がらないでしょうね」
「オールマイト先生も?」
「そうだよ」と答えるのはリカバリーガール。問診は終えたらしい。呆れたように「訓練を習慣にしたいなら、休憩はこまめに採ることだね」と相澤君へペッツを差し出す。
「あの男はそれはもう酷かったね。常連だったよ。イレイザーだって見ての通り、意外と無茶をする奴だからね。それに比べると、ここに全く用のないあんたは優秀な方さ。A組にもいるだろう?重症でよく運ばれてくる子が」
「緑谷くんかぁ。オールマイトに似てますよね彼」
「そう思うかい?」
「何というか……狂気的なものを感じます。体育祭でも」言いかけて、止まる。この子でも言い淀むことがあるのね珍しい、と思いながら用意した紅茶をデスクへ置き、私も椅子へ掛けた。
「そういえば、体育祭では緑谷君とお兄さんが当たってたわね」
「両方ボロボロになってましたねぇ」
「お前はピンピンしてたけどな」
「予選落ちなんで〜」
「笑顔で言うことか」
「痛」
「こらイレイザー。生徒を叩くんじゃないよ」
「今期はフェミニストなイレイザーヘッドで行きましょう先生!痛い!」
「轟!アンタも煽るんじゃないよ全く」
怪我人も病人もいない保健室。
賑やかな声と、紅茶の香りが部屋中に広がる。

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