「鉄線よ、我君を愛す(4)-1」 H.23/10/03






「沖田様!湯の用意ができたッス!」

総悟が気だるい身体で朝日の中を微睡んでいると、几帳の向こうから大きな声がした。
無遠慮だが、はきはきとした女性の声。

「ん・・・・・」

「沖田様!起きてください!起きてもわらないと私が殺されるッス!」

ぐうぐう。

一旦途切れた寝息がまた聞こえたことに明らかに声の主が焦る。
「ちょっとぉ!沖田様!!聞いてるッスか!?マジで私の首が飛ぶッス!」

ぐうぐうぐう。

「うぐぐ・・・。し、失礼するっスよ!!」
完全無視の総悟に業を煮やしたのか、すばやく几帳をどけて高杉の寝所に踏み入った。
そこには、高杉の寝具にうつぶせになって顔をこちらに向け、打掛を肩甲骨のあたりまでかけた総悟がいた。
見えているところ、あますところなく情事の痕。
人の気配にうっすらと目を開けた、その深い睫の下の紅玉は、一度見たら目が離せない何かを持っていた。
心もち寝具から頭をもたげてぐらりとまた首を落とす仕草に、思わず頬が紅潮するほどの色香を感じて、目を逸らす。

「す、す、す、すいまっせん!あの・・あの、でも、湯の用意ができたッスから・・・・。晋助様に申し付けられているッス!」

ばちり、と。
大きな蝶がゆっくりと羽根をまたたかせるように、びろうどのような重みのある睫毛が閉じてまた開かれる。

「しんすけ、さま」

「は、はい。私は晋助様の側付きの世話役で来島また子と言うッス。沖田様のお世話を申し付かったッスよ」

「・・・アンタ、誰」

「い、いや、だから今名乗ったッスけど!」
「なんで、おんなが、こんなところにいるの」
見ると、また子は明るい栗色の髪を耳の横で束ねて垂らしている。勝気な瞳を総悟は嫌いではなかった。
忍びのような軽装で、女子ながら腰に刀を帯びている。

「私は、女子を捨てたッス」
「おなごを、すてた」

未だ完全に覚醒していないかのようなゆっくりとした口調。

「私の事はいいッス、早く湯に行ってもらわないと次が続かないッスから!!」
「・・・たかすぎは?」
「たっ!!!!な、なに・・・、言うに事欠いてた、た、た、たかすぎ!!!さ、様をつけるッス!!」
「えー」
「はい、ほらっ、さんはい!」
「えー」
「あーもうっ!!時間が無いから湯に行ってもらうッスけど、ホントこれだけは守ってもらうッスから!この世で晋助様だけは呼び捨てにしてはいけないお人ッスよ!ホラ、立って!」

「んーう、もうちょっと寝てえ」
「駄目ッス!!もうずいぶん前から晋助様がお待ちッス!早く!早く!」

追い立てられるようにして、総悟は着物を纏い、湯殿へと歩いて行った。




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