「鉄線よ、我君を愛す(3)-9」





「ふ」
泥のように眠っていたことに気づいて、暗闇の中目を開く。

身体は清められて、打掛の下に着ていた白い着物が掛けられている。

激しい喉の渇きを覚えて、身を起こした。
夜具の脇に夜目にも鮮やかな橙の紅葉が描かれた水差しが置かれていて思わず手を伸ばし椀に透明な液体を注ぐ。
ごくごくと飲むと、それは酒だった。
かまわず喉を鳴らし続ける。

ようやっと気が済んであたりを見渡すと、倒れた几帳と廊下の間に高杉がいた。
天守より低いこの部屋から、それでも遠くまで見渡せる景色を見ている。
柱に背を預け、片膝を立ててこちらも杯をあおって。

気配を感じなかった。
総悟が動けないでいると、高杉の方からぽつりと声を掛ける。

「この世をてめえの思い通りに動かしたければ、力が必要だ」
「・・・」
「俺は、お前を力で手に入れた。欲しいモンはどうすれば手に入るか、俺は知っている」

総悟は気だるい身体と未だ靄がかかったような脳を持て余して、返事をしない。
別段気にした風もなく、高杉が続ける。

「故郷に戻るを除いて、何か望みを言え」
いきなりの言葉に、首を傾げる総悟。

「言え、村山へ帰すことはならぬが、それ以外なら何でも望む通りにしてやる」

高杉の真意はわからないが、それならば総悟には望みがあった。

ゆっくりと酒で湿らせた唇を開く。
「いくさ・・・・・・俺ァ戦に、出てえでさ」

じいとこちらを眺めて。
むくりと立ち上がって夜具の上の総悟の隣にどかりと座った。
「そうか」
短く言って己の腕を枕に身体を横たえる。

己の身をどうしてよいかわからずそのまま座っていると腕を引かれた。
抱き込まれるでもなく、密着するでもない距離で隣り合う。

行為の後、同衾するような男では無いと思っていた。
片方しかない目を閉じると、やはり端正な顔。
居心地の悪いままに総悟も目を閉じたが、頭上から声が降ってきた。

「おい」

目を開けて目の前の高杉の顎から視線を上に上げると、瞳は閉じられたまま。

「なんですかィ」
ぼそりと呟くと、高杉が感情の読めない声で応じる。

「お前、あれは本当に嘘だと思うのか?」

『・・・・・・・・・・?』

あれ。
あれとは何だ。

たった一日の会話を反芻する。
それと思われる内容は一つしかなかった。

「まさか泥人形の話ですかィ?」

「泥人形と藁人形だ」

高杉は瞳を閉じたまま糞真面目な顔をしていた。

高杉の問いには答えず。


会った初日から身体を合わせたにもかかわらず、まったくこの男の中身が掴めない自分に、総悟は珍しく混乱していた。




「鉄線よ、我君を愛す(3)」

(了)







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