「鉄線よ、我君を愛す(3)-6」





「下手糞」
「はあ、まあどっちかっつーと手当てより足の爪剥くほうが得意なんで」

二人は五重六階の天守の四階にある、高杉の寝所にいた。
立派な几帳が寝具の手前に立てられ、薄絹の帳が掛けられていた。帳には揚羽蝶の模様が美しく散らしてある。
その几帳より少し外側に座して、向かいあって座り、総悟は爪の具合を見ていた。
えもいわれぬ芳香は、高杉の好みか。

「これアレですね、手当てするほどの傷じゃねえです」
「なんだ出来ないのか」
「アンタ一国の殿様じゃねえですか、こんくれえ我慢してくだせえ」
ぺんと足の指を叩いて、ふいと目を逸らす。

逸らした総悟の顔に、影が掛かった。

どん、と胸を押されて畳で背中を打つように倒れる。
油断していた。
見上げると、先ほどまでとは百八十度違う冷たい目をした高杉がいた。
「お前、俺のことを呼ぶときはアンタなんて色気のねえのはやめるんだな」

「た、かすぎ、、、さま」
思わず動物の本能で、高杉の激情を治めようとする。

「違うな」
「暢勝」
「駄目だ」
「・・・」

「晋助」
「しん、すけ、様」
言った途端、唇を乱暴に合わせられる。

「んぅっ・・・・」
弱い抵抗。
力ずくでこの城に連れてこられたということ、聞いていた高杉像と実際に会って感じた印象の違い、十四郎のこと、己の力だけではどうにもならないという現状がないまぜになって、どうしていいか解らなかった。

高杉の指が総悟の鼻をきつく摘んだ。
「ん、く、ふぁ・・・」
耐えられなくなって口を開けたところへ、熱い生き物が忍び込んでくる。
深く、より深く、何度も口を合わせ直して唇と口内を貪られる。総悟の舌に、高杉のそれが押し付けられた。より広い面積で密着しようというつもりか、ぐいぐいと押し続けられる。二人の唾液が混ざり合い、総悟の喉の奥へと流れ込んだ。

十四郎の、唇しか知らなかった。

脳裏に十四郎の照れながらも慈しむような表情が浮かんだ途端、唇に感じる刺激に強烈な嫌悪感がつのった。
「ん、ふ・・・」
どんどんと高杉の肩を叩き、衣の背を引っ張って引き剥がそうとする。

ふいに顔を離した高杉が獣の目をして総悟を見下ろした。
着物の合わせをつかんで無理に引き起こされる。
高杉はすぐ脇にあった几帳を乱暴につかんでなぎ倒し、向こうにある寝具に総悟を投げ出した。

「う、」
衝撃に一瞬目を瞑ると、腰に跨る男の感触。
バタバタと寝所の外で側仕えの人間たちが走り回る音がした。

「と、殿!その者はいまだ身を清めておりません!いましばらく!宵までお待ちを!」
ありったけの勇気を振り絞って放ったと思われるその言葉に、高杉の瞳孔がきゅうと散大する。
「やかましい!」
寝具の脇に置かれた刀を鞘ごと声がした方へ投げつけた。
高杉愛用の煙草盆に刀がヒットして、灰が撒き散らされる。辺りには灰にくすぶる煙がもうもうと立ち上る。

「ひい、も、申し訳ございません!」
言いながら姿は隠すが気配は消えない。高杉の護衛の為に、常に側に控えているのだろう。
敵地から来た色小姓が、どこで調達したのか懐に小刀でも仕込んでいてはという懸念もあるかもしれない。

十四郎は、睦み事の間は必ず人払いをした。
総悟の声を誰にも聞かせたくないと言っていたことを思い出す。

「今何を考えている」

上から見下ろす高杉が、ぞっとするような狂気を含んだ表情で問う。
「っ・・・・」
まさかここで十四郎の事など口にできない。

「お前はあわよくば俺の相手をしないでも済むと思っていたのだろうがな」

乱暴に着物の前を割り開かれる。
びり、という音がして、頭の隅で『お高ぇ着物がどっか破れちまったかな』と考えた。
まるで今起こっている事柄を認識できないかのように。

羽織っていた打掛が身体の下から引き抜かれて袴の紐をも解かれる。
開かれた着物を袴からずるりと抜いて、紐解いただけの袴から性急に手を入れる高杉。
はっとして思わずその手を抑えると、ぎらりと猛獣の目が光った。
総悟の手を跳ね除けて、一気に袴を勢い良く引きおろす。

「お前ェはこうやって大人しく脱がされていりゃあいいんだ」
腰を抱いて総悟の上半身を起こし着物から腕を抜くと、脱がせた着物の上に再び獲物を突き倒した。

「お前が向こうでどんな扱いを受けて来たか知らんがな、俺は俺の好きなようにお前を抱く」

総悟は、高杉の飢えた息遣いが己の顔の上に降りてくるのを、ぼんやりと他人事のように見ていた。


 






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