「鉄線よ、我君を愛す(3)-5」





「命が惜しければ、殿の逆鱗に触れるようなことはするな」
そう言われて高杉のいるところへ案内される。
「怒らせねえようにってのはどうすればいいんでぃ」
そう聞くと
「とにかく全て殿のおっしゃる通りにしておれば良い」
総悟の言葉遣いに眉をひそめてそう返された。




ぎしぎしと狭い階段を上がると、高杉は白鷺城の天守閣から自然豊かな城下町を見下ろしていた。

「総悟か」
木戸を開け放して、手すりを乗り越えてすぐの瓦に腰を掛けている。
城下町を見下ろした姿のままこちらを見もしない。

「こんな着物着せられて、くそ狭い階段登らされちゃあかなわねえでさ」
ぼそりと言ったその言葉に高杉は肩を揺らせたが、こちらを向く気配はまだ無い。

「ここから見えるところはすべて俺の領地だ」
「・・・」

「武蔵は美しい」
「へい」

「美しいものは、嫌いじゃない」

総悟は、今朝高杉に初めて目通りした後に、廊下を歩いていて見た物を思い出した。
「来るときは気づかなかったんですけど、この城の謁見座敷に面した奥庭に、かざぐるまの花が咲いてんですねィ」
「かざぐるま?」
「ホラ、蒼い花びらの」
「ああ、鉄線か。あの花は色が良い」
「テッセンじゃなくて、かざぐるまでさ」
「鉄線というのだ。鉄線とかざぐるまは同じ花だが花弁の数が違う」

「・・・あの花はァ俺の故郷にたくさん咲いてるんで」
「だから植えさせた」

総悟の故郷の匂いのするものはすべて排除しようとした男。だが、短く答えたその後ろ姿に、不覚にも胸がさざめいた。
だらしなく着た襟元が艶かしい。

「さっきの」
「ああ?」
「さっきのテッセンだかなんだかって話」
「なんだ」
「前にも、したことねえですか」
「しねえな」
にべもない。

「アンタ、童の頃、出羽の村山にいたことありやせんでしたか?」
「フン、なんだ、俺に興味でも出たか」
「・・・」

総悟が黙り込んだのに気づいてようやっとこちらを向く男。
明るいところから急に暗い室内に視線をやって目が眩むのか、片方だけの瞳をすうと細めた。
『鬼みてえに言われてる高杉も、普通なんだな』と思ってことりと首を傾げた。

つやつやと磨かれた木製の丸い手すりを身軽に越えて来る。
惚れ惚れとする身のこなしだなと思っていると、部屋の真ん中に放置された刀を踏んで、いきなり高杉が大きく滑って前向きに倒れこんだ。


ガン!!!
という音がして、額を強く板間にぶつける音が響く。

「・・・」

「・・・」

漢字の「出」という形に似てるな、と思いながら無様に倒れている殿様を正座したまま見下ろすが、ぴくりとも動かない。

「死んだんですかィ?」
聞くと、もぞりと深い藍色の髪が動いて高杉が頭を上げた。

「片方しかねえ目玉が飛び出るかと思った」
むくりと起き上がって総悟の前に座り直す。

じいと総悟の顔を見て、
「重くないのか、その睫毛」
と呟いた。

額が赤くなっているな、と思いながら黙っていると、
「睫毛が重いから瞼が落ちてねむくなるのか?」
などと間抜けたことを重ねてきた。

総悟は適当に頷いて、先ほどはかわされた話題に話を戻す。
「アンタ、本当に赤子の頃から片目だったんですかィ」
かざぐるまの花と紫の着物、隻眼しか覚えていないが、己がまだほんの童の頃に会った少年が、この高杉なのではないか。
別れ際に、「少しは笑えば、愛らしいのにな」と言った事を、あの後しばらくの間思い出していた。
あの日姉と別れるのがとにかく悲しくて、幼い自分にはほかの事を考える余裕など無かったが、屋敷に戻ると入城の日が2年も先延ばしになっていた。

何のつながりも無いかもしれないが、あの日の少年が、己のその後の身の振り方に関係していたのではないか、と思っている。
ただ、まったく顔を覚えていない。
こんな顔だったかなと思わず眼帯に手を伸ばしかけた。
さすがにそれはまずいかと思って手を止めたが別段怒る風も無い。

「今朝言っただろう、これは泥人形と藁人形に取られたのだ」
真面目な顔をしてうそぶく高杉にチリ、とした苛立ちを感じる。
「またはぐらかして」
「はぐらかす?俺は嘘は言わない」
高杉の痩せた指が、総悟の唇をゆっくりとなぞった。

「アンタ・・・・・・まさかと思いやすけど、それ、本気で信じてるんじゃあねえでしょうね」
ちろりと見上げると、驚いたように目を眇めて高杉が総悟を見返す。

『案外、馬鹿なのかもしれねえ』
戦には他の追随を許さぬ才を持っているという。
何かに突出した人間は、どこか大切な所が欠けているのかもしれない。

「今ので足の爪が割れた」
「はぁ」
「来い、手当てをしろ」
そう言って高杉は先に立って天守閣の階段をぎしぎしと降り始めた。


 






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