「鉄線よ、我君を愛す(3)-4」




「ここだ」
城の奥まった一室に入るよう勧められる。

一歩入ってみると、座敷の奥に煌びやかな高級浮織物の打掛を着た女性が座っていた。
目にも鮮やかな橙の生地に、落ち着いた配置の菊花丸文と檜扇柄。しかも繰り返しの無い総絵羽で、それは高杉の財力というよりもこの女性の地位の高さを示していた。

美しいが歳は高杉よりもいくらか上の二十三、四だろうか。
「殿の御正室であらせられる苑殿だ」

大人しく平伏して顔を上げると、穏やかな瞳が総悟を見つめる。
「近う」
立ち上がって近づいてみると、向こうもすいと立ち上がった。

「美しいの」
総悟の頬をそっと細い指が撫でる。

「衣装を持て」
御廉中ごれんじゅうが声を掛けると、案内の男が、「無礼の無いように」と声を掛けて部屋を出る。
部屋の隅に控えていた女中どもが、これまたきらびやかな着物の裾を引きながら、茶塗りの盆に入れられた袴を持ってくる。

「あれ色が白い殿方でいらっしゃること」
「ほんに。この真朱色の着物がよう映えるじゃろ」
女中が御廉中に恭しく着物を差し出すと、御正室みずからそれをとって総悟の腰にあわせた。
今着ている裃は女中たちの手によって取り払われる。
見ると、袴だと思っていたものはどうやら打掛で、正室の苑に負けず劣らずの派手な柄。金糸が織り込まれた総模様で、花喰鳥と宝相華に、ところどころ美しい花があしらわれていた。
その花を見て、かざぐるまに似ているな、と思う。
男子の己がなぜ打掛など羽織らねばならぬのか、とは問うても仕様の無いことだった。
新しい打掛に合う色の着物と袴を着せられる。

「袴もつけるんですかィ」
ふと暑苦しさを感じて問うが、苑はにっこりと笑った。
「殿は着物を順番に脱がせるのがお好みじゃ」

忘れてはいなかったが、その直接的な物言いに、やや戸惑う。

「さあできた」
ぽんと、袴の結びを叩かれる。
『袴に打掛たァまるで頭のイカれた左巻きだな』

着ていた袴を女中が綺麗に折りたたんでよそへ持っていこうとするので
「それ、どうするんですかィ」
と聞いた。
女中がひれ伏して答える。
「北上山城での衣はすべて捨てよとのご命令です」

入城した時点ですぐに、両親の形見の沖田家に伝えられる刀は取り上げられた。
だから今となっては故郷の名残を持つものは、自分自身の身体と、昨年十四郎に誂えてもらった沖田家紋付の裃のみになっていた。

「・・・そうですかィ」
ずるずると着慣れない打掛をひきずって歩く。
一応御廉中様に礼をして、女中が呼んだ案内人の方へ行こうとすると、背後から声が聞こえた。

「殿を、宜しゅう願います」
振り向くと膝の前に手をついて、頭を垂れる御廉中、苑殿がいた。





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