「鉄線よ、我君を愛す(3)-3」



総悟が高杉の城に入った日。
寝起きからの初対面の後、白鷺城の座敷でたっぷりと御家来どもに絞られた。

高杉の派手好みとは違い、城の外観も美しい漆喰白壁である為に西の姫路城、高杉の城である東の浜代城が、同じ白鷺城という通称で呼ばれていた。

「殿の前で眠りこけるとは何事か」
「よく命があったものだ」
などと口々に非難された。

「ここはお前のいたような田舎ではないのだ、殿が許されたからといって我々までもが甘い顔をすると思うな!お前のことは良く躾けなければならぬ」
初めが大事とばかりに叱責する年寄りをじろりと見上げて一言。
「はあ、育ちが悪ィもんで。気にいらねえならすぐに送り返してもらって結構」
「なんだと!」

「沖田様!」
その時、背後から知った声がする。
振り向かなくともわかった。遠い故郷から旅を共にしてきた男、垂穂だ。

「ようやっとお会いできました」
総悟はゆっくりと目を細めた。
仮にも人身御供とその従者という肩書きなのだから、白鷺城内では従者という立場を押し通そうというのかもしれないが、それにしても何か不自然だ。

「沖田、お主の連れてきたこの者は、炊事場の下働きとした。お主とは身分の差がある故これよりは迂闊に話などするでないぞ」
訝しげな表情をする総悟に年寄の1人が言う。
「なんだってェ?」

総悟の従者としてやって来たとは言え、出自は確かでこれまで土方軍の足軽大将としていくつも武勲を立ててきた。
その垂穂が、炊事場の下働き・・・主に力仕事と泥仕事を担わせられるのだ。屈辱でないわけがないだろう。

「沖田様!」
じいと垂穂の顔を見ると、総悟が言葉を発する前に相手が名を呼んだ。

「沖田様、これからはそうそうお目通りも叶いませんが、精一杯努めさせていただきます」
有無を言わせぬ口調で頭を床にこすりつける。
周りに促されて顔を上げた時には、敵地に於いて耐えがたきを耐え忍びがたきを忍ぼうというこの男のはっきりとした決意が見てとれた。

「もう行け」と言われて名残惜しそうに総悟の前から退こうとする垂穂の背中に、なんと声を掛けようか迷った。そうして結局、何も言えず。
さすがの総悟も、敵地でたった一人になったことが心細かった。
あの野郎でも、頼りにしていたのだな、と感じる。

「こちらへ来い、ここではそのような着物は必要ない」
ボッとしていると、年寄の1人に強く言われて立ち上がった。
総悟の服装は、小姓としては正装の紋付半裃だった。とりあえず初の謁見ということでこれを着たが、いけないという法は無いはずだった。
前を歩く案内人についてトコトコと廊下を進んでいると、物珍しげに城内の男衆が総悟を無遠慮に眺めた。
一様にニヤニヤと笑って総悟を頭のてっぺんから足の先まで検分するように。

明らかに総悟がここへ来た意味を知っていて蔑んだ視線だった。

  






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