「鉄線よ、我君を愛す(3)-1」 H.23/09/20 |
ともすれば無為に過ごしてしまいそうになる。 朝に晩に総悟のことばかりを考えて、何も手に着かないこともあった。 だが、その呆然とした時間が過ぎると、きまって世の中のすべてが憎いという感情が己の脳を支配するようになる。 土方十四郎兼親は、あの日から修羅になった。 一国の長としては野心が無く、ただ己の領地が平和であれば良いとこれまで願ってきた。 だが、それでは総悟を取り戻すことはできない。 あの日からあらゆる手を使い国力を付けた。 同盟を結んである隣国に攻め入って領地を広げる。元々戦能力の高い十四郎、まさに破竹の勢いで頭角を現した。 敵方が降伏しようが容赦はしない。女子供もすべて皆殺しにすることもある。裏切りに足元をすくわれている暇はないのだ。 侵略した領地には代々土方家に仕える家臣を置いた。後の徳川幕府における親藩・譜代大名のみで地盤を固める。 傍から見れば、これほど理想的な快進撃も無かった。 ただ、疲れを癒す存在が無い。 戦から戻っても迎える人間がいなかった。 総悟が十五にもなっていたのに戦に出したことがなかったのは、いくら剣術が比類なき使い手であったとしても、戦では万が一ということがあるからだ。 斬りかかられている時に矢でも槍でも飛んで来たらどうなるのか。それを考えるととても総悟を戦場へ出すことはできなかったからだ。 そしてなにより、泥のように疲れて戻った時に、総悟が清潔な裃姿で片膝をついて出迎えてくれるのが嬉しかった。 この時ばかりは総悟も憎まれ口をたたかず素直に労をねぎらってくれたのを思い出す。 あたりまえに隣にいた存在がいない。 いなくなったのではない。攫われたのだ。 力がすべてだというなら、己も力で愛を取り戻そう。 そんなわけで、土方十四郎兼親は、修羅になった。 |