「鉄線よ、我君を愛す(2)-5」





狂乱の鬼神だと噂されていた。

戦に出れば、高杉軍の通った後は死屍累々で草も生えないという。
その残虐性は比類無く、逆らう者は女子供でさえ容赦せず殺し、一族を根絶やしにされた。
兄と弟がが一人ずついたが、家督争いで高杉自身の手によって惨殺されたらしい。

正室1人と側室3人を娶り、既に子も5人いる。
しかし決して身内に優しいと言う訳でも無い。
今年に入って側室の一人が高杉の機嫌を損ねて、命乞いする暇も無く褥で一刀のままに斬り捨てられたという事だった。

家臣のうち誰も高杉に逆らう事が出来ない恐怖政治。
参謀でさえ、君主の顔色を窺うという話なのだから、その暴君ぶりは想像に難くない。

そんな高杉の城へ今から入城する総悟。

その表情は、やや眠そうに瞼が下がりかけているだけで、まったくいつもと同じだった。
いつもどおりの顔で、退屈な駕籠の中でゆらゆらと揺られていた。



明日は入城という段になって、最後の宿をとる。
総悟の愛馬にに乗って後をついてきた従者、名を垂穂政重と言った。たるほ、という性はこの二人の故郷に多い。
その垂穂が、深夜総悟の部屋を訪ねた。

「沖田、入るぞ」
すいと障子が開く。
従者と言っても北上山城では若殿付きの小姓である総悟と、これまた十四郎の軍の足軽大将の一人である垂穂は上も下も無かった。
十四郎に仕えるようになったのは総悟の方が先だったが、垂穂の方が歳上の十八。親の代から土方家に仕える垂穂家の長男であった政重が、家督を継いで初めて登城した時からの数年来の同士であった。
総悟は十五にして未だ戦に出た事は無かったが、立場が違うからこそお互い妬み嫉むことも無く、また深く関わり合うこともなく過ごしてきた。
家臣どもの間で、しかもあの短時間で従者を決定する際、隠居した政重の父親が是非息子をと申し出た。
これに異を唱えることなく政重は家督を実弟に譲り、潔くその晩のうちに城を出たのだ。

「疲れたか」
垂穂が座敷に胡坐をかいて座る。

「・・・別に、アンタこそ」
「俺は戦で野営だって慣れっこだ、こんな高級な旅籠に泊れるなんざ楽な旅よ」
「そうかィ」

鶯色の寝間着に包まれた総悟。
明日は高杉に拝謁する為か髪を洗ったようで、亜麻色の絹糸は洗い上がりの艶を持っていた。

垂穂は、ふと、閨での総悟の片鱗を見た様な気がした。
今まで知っていたのは昼間の総悟だった。大人しく殿の横で太刀など持って座っていはいないし、色も感じた事は無かったのだ。

触れるとしっとりと手に吸いつきそうな肌理の細かい肌。綺麗に正座しているのに何故か腰の辺りが艶めかしい。

昼間はただの生意気な側小姓だというのに、そしてここには少年を愛する殿はいないというのに、何を境にこうなるのか。



「愈々、明日だな」
何故か視線を反らせて呟く。

「あァ」

総悟のそっけない返事を聞いてようやっと我に返って総悟に向き直った。

「これは、土方家の家来として聞くんじゃあない、垂穂政重として聞く」
真面目ぶって相手の顔を見ると、面倒くさそうな表情をしている。

「今夜のうちに、畿内の方面へ、逃げないか」
ゆっくりと一言一言確かめるように、聞いた。

ぴくりと、総悟の頬が動く。

「なに」
「お前だって知っているだろう、高杉暢勝といえば他に類を見ない残忍な男として有名だ、怖がらせるつもりはないが、お前など、着いたその日に怒りを買って殺されるかもしれん」
「・・・」
「聞くのは最初で最後だ。畿内の方へ逃げれば、大坂に縁者がいる、俺達を匿ってくれるだろう。どうだ、お前が嫌だと言えば、俺がすぐにでもここから逃がしてやる」

「・・・それで」
「?」
「それで、俺が逃げてどうなるってんでィ」
「・・・それは・・・」

「俺が逃げて、そんなことしたらあの晩のうちに城を出て来た意味が全くなくなるじゃねえか」
「なんなら俺だけが行ったって良いんだ!どうせ捨てた命だ。途中でお前に逃げられたと言って斬り殺されたならば殿に迷惑は掛かるまい」
「どんだけ甘いんだお前は。かからねえわけねーだろーがバーロィ、そんな簡単な相手ならあんな使者が来た時点で、ハナからドンパチおっぱじめらァ」
「じゃあ、大人しく行って殺されようってのか?」
「殺されなんかしねえよ!お前だって俺には敵わねえだろうが」
「ほんとうの斬り合いをしたこともないくせに」

がしゃん。
と音がして、垂穂の背後にある床の間の花瓶が倒れた。
総悟がそこいらにあった楊枝入れを投げつけたのだ。

「・・・・・・そんなことするくれえなら、城に残って十四郎のボケ殿と一緒にいてたほうがずっとマシでィ、あんまり馬鹿にするんじゃねえ」
幾分紅潮した頬。決して心の中に炎が無いわけではないのだ、この少年にも。

「そうか。やはり、お前は殿のことを、」
「当たり前だバーロィ、十年も一緒にいてりゃあ情も湧くにきまってんだろーが」

「・・・そうか」
「・・・・」
ぷいとそっぽを向いて髪を揺らせる。

「すまない、聞かなかったことにしてくれ」
「・・・」

「こうなったら一緒に死のう、、ぐあっ!」
垂穂の眉間に総悟の刀の柄部分が命中する。

「いいってえ!!!お前ものすげえことするなあ!」
「なんで俺まで死ななきゃならねえんでィ、死ぬならお前が一人で死ね」

「ひい・・いてて・・・・」
「俺が高杉の寝首でもなんでもかいてやらあ」
「そうか」

「もう部屋に戻れよ」
「ああ」

立ち上がって部屋を出て後ろ手で障子を閉める。
総悟はあのように飄々としていながら、兼親に深い愛情を持っているのだ。
それに安心しつつも、この事態が物悲しくそして今宵の総悟の姿態を見て、「殿が羨ましい」と初めて感じた。

今宵生まれて今宵限りで消さなければならない想いだった。







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