「鉄線よ、我君を愛す(2)-4」 |
「儂は、ここまでしかお前と共に来れない、ここから先は高杉の領地だ」 薄く開けた駕籠の外から、昨夜総悟を叱責した年寄が声を掛けた。 総悟の遠縁にあたる土方家の重臣。 総悟が三つの頃だったか。初めて沖田家を訪れて総悟に会った時、「なんと可愛らしい」と言って我が子のように頭を撫でてくれた。実は覚えていないが、姉に何度も聞かされた。優しい叔父であったと。 己が総悟の将来に責任を持つと胸を叩いて、六つの時に手を引いて城の門をくぐった。 やるせなくないわけが無いだろう。 紐を引くと布が巻きあがって駕籠の小さな窓が現れる。 その向こうに、中をじっと見つめる男の顔があった。 「・・・いっちょ敵方の懐に飛び込んで中で暴れ回って屋台骨ガッタガタにしてやりまさぁ」 いつもとまったく変わらない喜怒哀楽を忘れたかのような顔。 その顔を見て、『これが、殿の前ならいくぶん柔らかくなったな』などと思い出しながら、手を伸ばした。 「息災でな」 駕籠の中に伸びた手に触れようとして、総悟が躊躇う。 駕籠の外の顔が、悲しみに歪んだ。 その顔に失敗したと思ったのか、すぐに手を握った。 「すまない」 涙こそ流さないが、この男の頭の中で、あらゆる想いが渦巻いているのだろう。 その、皺の刻まれた顔を見ながら、人差し指と中指を一緒に握り込んで渾身の力を込めた。 「うおおおおっ!!!いっ・・・痛い!やめ、やめんか!!」 第二関節の少し上の骨を顔に似合わぬすさまじい握力でごりごりと擦り合わす。 「行ってまいります」 ぽつんと言って手を離した。 もう相手の顔を見ずに、布を降ろす。 やがて、駕籠かきの手によって再び駕籠が上げられて静かに先へ進み出した。 たった一人だけの従者のみ許されていた。 駕籠の後ろを、総悟の愛馬である佐怒丸の見事な白毛に跨って若い家臣が着いて来る。 『十四郎様には別れが言えなかったからな』 聞き慣れた馬の足音を背中で聞きながら、総悟の乗った籠は高杉の領地内を、静かに進んで行った。 |