「鉄線よ、我君を愛す(2)-3」






沖田総悟は、昨晩のうちに城を出た。

急な事であった為、何の用意もせず何も持たずに。
ただ、親の形見の刀だけを持って。

総悟の乗ったかごは、はや馬のように駆けた。
途中何度も駕籠かき人足を変えて、一晩でいくつも関所を越えて故郷を遠く離れた。

俺に黙って総悟を連れ出したのかと家臣に問えば、
「沖田殿みずから今夜のうちに発ちたいと申されました」
と言われた。


やはりあれは総悟のほんとうのこころだった。
「高杉のところへなどやらねえで」
ふざけているとしか思えない昨日の態度で、心の内を絞り出す様に十四郎に吐露したのだ。


ほんの子供の頃からずっと一緒に育ってきて、傍らにいないなどということが信じられない。
座っているだけでも汗が噴き出すような気温の中、全身が冷え切っているのにただはらわただけがどす黒くねっとりとした炎で燃え盛っている。

やにわに抜刀し、あたりかまわず斬りつけた。
びゅんびゅんと空を斬る音だけでなく、御簾やら柱やら鴨居やら襖やら壁やら。
「総悟!」
乱心したのかとあわてた家臣共に取り押さえられて床に突っ伏して。

十四郎の部屋の床でも平気でごろりと横になっていた姿を急激に思いだした。
それからようやっと溢れる涙が頬を伝う。



今生の別れなどにするものか。

今生の別れなどにするものか。
今生の別れなどにするものか。
今生の別れなどにするものか。


必ず高杉を打ち倒して総悟を取り戻す。

板間をかきむしって痙攣したように身体を振るわせて泣いた。

総悟は分っていたのだ。
十四郎が総悟に高杉の下へ行けと言えない事を。
そしてどれだけ願ってもそれから逃れる術など無いと言う事を。


毘沙門天にでも鬼神にでもこの命をくれてやろう。
だから、あの男のすべてを飲みこむ力を俺に与えてくれ。
ぐずぐずと芋虫にように床で蠢きながら、十四郎はついこの間までこの部屋で総悟を慈しみ愛してやっていた事を、思いだしていた。 





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