「鉄線よ、我君を愛す(1)-5」





その翌年。

武蔵国の大名である高杉家が、陸奥・出羽の東北攻めを行った。
若いながらも天下無双の猛将とうたわれた高杉晋助の進撃は猛々しく、財力にも長けている大将への忠誠を誓う大名は少なくなかった。

圧倒的な数で勝る高杉軍に、出羽の小国である土方軍が敵うはずも無く、十四郎の奮闘虚しく敗戦の色が濃くなり、じりじりと後退を余儀なくされていた。
そんな時、敵の奇襲に合い、土方家当主である十四郎の父親が呆気なく討ち死にしたという報せが入った。
それを聞いて十四郎の陣はあっという間に動揺した。
焦り退陣を勧める家臣共を叱りつけ、ようよう隊をまとめて包囲網をくぐり抜け、城へ戻ったところへ恵みの雪。

雪中越えに慣れていないせいばかりとは思えないが、領内まで攻め込んでくる事なく、不気味に高杉軍は兵を引いた。

とりあえずは一息ついて年寄どもが頭を突き合わせて評定会議を行った。
急ぎ十四郎を当主の座に据えて、形を整える必要があった。
実際当主が討ち死にした時点で十四郎が跡目を継いだようなものだが、家臣や分家、隣国などへの披露もあり、またいつ高杉の軍が攻め込んでくるかもわからず、あわただしく事が進められた。

頑なに嫁とりを拒んでいた十四郎も、もはや年寄どもの剣幕に首を横に振り続けることが困難になって来た時。

高杉家からの使者が、城を訪れた。





「・・・なんだと?」
十四郎が、使者の持ってきた書状を読んだ途端に、その美麗な眉を寄せた。
その書状の内容を、理解しがたいながらも抑えられない怒りにうち震えている。

書状の内容は、和解の申し入れだった。

ただ、条件があった。
土方家当主の小姓、沖田総悟を、高杉家に入れることだった。

「まさか・・・・・どういうことだ」

十四郎の命により、初陣はまだであったが、総悟は色小姓と取られがちなその容貌に似合わず、鬼とも呼ばれるほどの剣豪だった。
その噂は領内だけにとどまらず、隣国にも知れ渡る程ではあったが、なにせ戦にも出た事のないたかが小姓。

表向きはその剣の腕を買われての入城だったが、この時代これは人質を意味する。
土方家の反乱を抑える為の人質には違いない。
だが、たとえ十四郎以外に子に恵まれなかったとはいえ、分家もあり養子もあった。
ただの、一介の小姓など、普通に考えれば人質としての価値があるわけがなかった。

常に冷静で、戦場ではどんな時も動揺することのなかった十四郎が、真っ青になって書状を持ったまま震えていた。

この場にいる誰もが状況を理解していた。

これを断る術は無い。
退けたが最後、次こそ高杉軍に攻め入られ、城はひとたまりもなく陥落するだろう。
たとえ十四郎が比類なき名将であると言われていようが、圧倒的な数の差は埋めることができない事実である。
土方家はもとより家臣ともどもの運命も知れない。
ただでさえ実りの少ない地方を戦場にしてしまっては、領内の民が苦しむことはわかりきっていた。
なにより御家一番。
当主である以上、十四郎の個人的な意見で国を左右することは出来なかった。

だが。

肯と言えるわけがなかった。

「馬鹿な・・・」
十四郎にとって心の内では、御家よりも国よりも家臣よりも民よりも大切な存在。
ここで高杉に総悟を差し出してしまっては、二度と会うことも叶わないだろう。


ぽたりと汗が、書状に落ちる。
使者は別室で待たせていた。



どれくらいの時間我を忘れていたのかわからない。
ばたばたと足音が聞こえて慌ただしく襖が開けられ、はっとして顔を上げた。




そこには、泡を食った家臣どもと年寄から事情を聞かされたであろう、凛とした表情の総悟が、いた。





「鉄線よ、我君を愛す(1)」

(了)




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