「鉄線よ、我君を愛す(1)-2」 |
沖田総悟が、領主である土方家の嫡男である十四郎の下へ小姓見習いとして入城してから八年の月日が流れた。 ミンミンと煩く蝉が大合唱を始める七月。 総悟は満14歳の誕生日を迎えた。 それほど大きくはないが、美しい堀に囲まれた北上山城。ここが出羽有数の最上氏の流れを汲む名家である土方一族の城だった。 「総悟!!!おい総悟!!!」 だだだ、と裸足で廊下を走る音がする。 「おい!総悟!!!返事しねえか!!!」 ばしん、と小姓部屋の襖が開けられて、歳の頃なら二十になるかならないかの青年が額に青筋をたてて現れた。 総髪で短めの髷をツンツンと結うその髪は黒々として、若い生命力を感じさせる。 きりりと整った美しい顔の特に切れあがった眦は、見る者すべてをひれ伏させてしまう様なカリスマ性を持っている。 が。 その美しい、領主の息子である土方十四郎が今、怒りに打ち震えながら小姓部屋を見渡す。 目当ての小姓は、こちらに背を向けてゴロリンと板の間に転がっていた。 城とはいえ、畳があるのは当主一家の寝所のみ、公家の屋敷というわけではないのでほとんどが板の間だった。 さらり。 音がしそうなほど美しい亜麻色の髪が、板間に流れていた。 清流のようにゆるりとした髪の束がついと動いて、持ち主が半身を起こす。 たっぷりととった前髪、高く結いあげたその亜麻色は驚くほど細く絹糸のようで、座した床に届くかのような長髪。 子供の頃と変わらぬ長い睫毛を伏せて気だるげな表情の白い肌。 朱を引いたような赤い唇からふう、と溜息が漏れた。 「なんですかィ、人がようやっとゆっくり休憩してるってのに、若様はまったくうるさくていけねえや」 「うるせえ!今朝からお前一度も顔を見せに来ていねえじゃあねえか!どこの世界に小姓を探し回る殿様がいるかよ!」 どっかりと総悟の隣に腰を降ろして胡坐をかく。 「用がある方が相手を探すのは常識でしょうが。昨夜は暑くて眠れなかったんだから朝の挨拶くれえ大目に見て下せえ」 「何が朝の挨拶だ!もう昼まわってるっつーの!大体お前の仕事は挨拶だけじゃねえだろうが!」 怒鳴った途端、くるりと大きな瞳が十四郎を上目遣いに見上げて、赤い唇が小さく動く。 「とおしろう、さま」 小さな声で名前を呼んで白い指を十四郎のそれに重ねる。 ぴくりと、若殿の身体が揺れた。 「怒らねえでくだせえ、俺ァ十四郎さまに嫌われてここを追ン出されたら、どこにも行く所がねえんでさ」 十四郎の頬の産毛が震えるほどの距離で、甘えた声を出す。 「そ、総悟」 「だから用事があるなら早いとこ言ってくだせえ、俺ァさっきから一生懸命藁人形を作っていて疲れたんでさあ」 わらにんぎょう。 十四郎の唇がそれを追って動いた。 「テメーは!また俺を呪おうって算段か!いい加減にしろ!!」 ほだされそうになっていた十四郎が真っ赤な顔で怒り狂う。 「うるせーなーもう!!ホントマジなんなんすか!!」 「いや、アレだ。お前これ」 今までカンカンになって怒っていた十四郎が、やや照れながら袂から耳掃除棒を取り出して総悟に押し付けた。 「ちょっとぉ・・・・。アンタどんだけ甘えん坊なんスか。いいかげん耳掃除くれえ自分でやってくだせえよ」 言いながらも膝をきれいに折って正座する美貌の小姓。 その膝の上にすぐさま右耳を乗せて十四郎が横になった。 背後を探って総悟の亜麻色の髪をさらさらと手に遊びながら、目を瞑る。 「ぐああああああ!!!!!!いてええ!!!」 「あれ、痛かったですかィ?」 「痛かったも糞もあるか!!わざとやらねえとこんな痛くなるかあっ!!今ズボって言ったぞズボって!!」 「すいやせん、もう痛くしやせんから」 「血、血出てんじゃねえのか?おい!見せて見ろ!!」 耳かき棒を少年の手からひったくってまじまじと見つめるとそこには、広いこの村山地方を近い将来治めんとする予定の領主の子息様の血液がたっぷりと付着していた。 「わーっ!!わーっ!!!おもくそ出てんじゃねえか!血が!!」 「うるせーや、アンタ初陣もとっくに済ませてこれからもガンガン戦にも出ようって人間がそんなちびっと血が出たくらいで、ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ騒がねえでくだせえ」 「騒ぐわああっ!テメーほんといい加減に・・・・」 言いかけた十四郎の声を遮るように、襖が再び開けられる。 「沖田!入るぞ!若がおられぬのだがどこに行ったか知らぬか?」 見ると代々土方家に仕える年寄の一人がこれまた顔を真っ赤にして現れた。 さんざん城中探し回ったのか、息が乱れてついでに髷も乱れに乱れている。 それを見て、十四郎のハァという溜息が洩れる。 どうやら、追いかけ回す相手は総悟、追いかけられるのはこの年寄らしかった。 |