「鉄線よ、我君を愛す(1)」 H.23/09/12 |
ぴっちゅぴっちゅぴっちゅ、と鳥の鳴き声が聞こえる。 混乱の戦国の世に、短い春を迎えた出羽国は村山地方を治める土方家の領内。 まだ薄ら寒い草原で、風車の花を摘む子供がいた。 かざぐるま。 濃い青紫の花弁をその名の通り風車の様にぱっと広げ、長い蔓の先に健気に咲いている。 比較的大きな花で、子供にも見つけやすい為にこれを摘んでいるのだろう。 つるりとした直毛の短い髪。未だ髪を結うほどは伸ばしていない。 見た目数えで四つほどか。 ここいらでも見かけるようになったバテレンと呼ばれる宣教師の息子だろうかと思うほど薄い髪の色。 ぷち、ぷち、と躊躇もなく摘んで行く小さな白い手。 驚くほど長い睫毛が弧を描いている。 「おい、お前」 がさごそと大きな蔓の前で花を千切る手がぴたりと止まる。 くるりと振り向くとそこにいくらか年長の、身なりの良い少年がいた。 紫紺の着物に落ち着いたからせみ柄が施してあり、小さいながらも腰に刀を携えている。 歳は十かもうすこし大きい程度。 髪は艶のある濃い色。こちらも短く、結わえていない。花を摘んでいる子供の歳ならまだしも、身なりから察するに武家の子供が髷を結っていないのはめずらしい。 憮然とした面ながら恐ろしい程整った目鼻立ち。片方の瞳は包帯で隠されていて見えなかったが残る片方は刃物のような鋭さを持っていた。 「お前、なにをしている」 子供らしからぬ落ち着きを持った少年が聞く。 ぼう、としたような顔を上げる子供。 たった四つかそこいらなのに、小さな輪郭いっぱいに目鼻のパーツが所狭しと詰め込まれていて、既に完成された美貌を持っていた。 「なにって、みてわかんねぇんですかい。お花つんでるんでさ」 少しだけ驚いた顔を見せる少年。 これほど小さな子供がこんなに生意気な口を聞くということは、育ちが悪いのだろうか。 しかし見ると決して悪い着物は着ていない。 質素ではあるが、綺麗に線の入った袴に白の着物。外着に家紋があるはずもないが、ふと子供のうなじを見ると、春先ながら元気に駆けまわったのかじっとりと汗が浮かんでいた。 「そんなに摘んでどうする。花が哀れと思う心はもっていないのか?」 じい、とこちらを見る蘇芳色の大きなガラス玉。 「あねうえが、かざぐるますきなんでさ。お花はかわいそうだけど、あねうえはもう歩いてこのお花を見にくることができねえんだもの」 渡さないと言わんばかりに今摘み取った花を風呂敷にくるんで後ろ手に隠す。 「姉上」 「あ、あねうえとはきょうでお別れなんで、よろこんでもらおうと思って」 今一つ話が見えないが、どうやらこの子供の姉が病で伏せっているので見舞いに花を摘んでいるのだろう。 しかし。 「今日で別れるというのはどういうことだ」 片目の少年が問うと、子供はゆっくりと首をかしげた。 「きょうからひじかたの若さまのおそばにおつかえするんでさ。若さまはおひとりでおさびしくていらっしゃるから、俺がいっておなぐさめするんでさ」 まるで、毎日言い聞かされて暗記したかのような口調だった。 この歳で生まれた家を出て領主の息子の側仕えとして差し出されるのを悲しいと思っているのか、親と会えなくなるのを分っていないのかは、子供の表情が変わらないので推測できない。 「お前は、その若様のところへ行くのはうれしいのか?」 「うれしいわけねえでさ。あねうえがびょうきなのに置いていくなんて・・・。若さまは俺より七つも年かさなんですぜ。それでさびしいってんだから、よっぽどのよわむしにちがいねえ。でも俺はだいだいひじかた家におつかえする沖田家のちゃくなんでさ。しかたねえから行っておなぐさめするのがほんかいなんです」 「フン」 歳に似合わぬひねくれた笑みをもらす少年。 「それで姉に花を摘んでいるのか。お前その花の名は知っているのか?」 「それくらい知ってら。かざぐるま、てえんですぜ」 「風車?」 「見てみなせえ、でっかいかざぐるまみてえに花びらがひろがっているでしょうが」 「残念だな、同じ花だが厳密にはそれは鉄線という」 「テッセン?」 「ああ、風車と同じ種類だが、こちらは数年前に明から伝わった」 「ちがいまさあ、ここいらじゃあこの花はかざぐるまってんでさ、あねうえに教わったんだからまちがいありません」 「フ・・・」 強気の子供の言葉に、それ以上意見を押しつけることはしない。 少年がもう1つ花を摘んで、小さな子供に手渡した。 警戒することなくそれを受け取る。 「鉄線はな、蔓が金属でできた線のように強いからそう呼ばれるんだ」 こんな小さな子供のうちに家を出されてひとりぼっちになる。その子供を見て何を思ったのか。 お前もこの花のように強く生きろと、そう言いたかったのか。 「この花は、テッセンなんて名前じゃありやせんてば」 表情を変えずに少年の言葉を否定する子供。 「クク・・」 ニヤリと笑って、片目の少年が肩を揺らす。 その時。 「若様!!!若ーーっ!どちらにおいででございますか!!」 蹄の音と共に一人の男が馬に乗って土煙を上げながら草原に現れた。 隣にはもう一頭手綱で繋がれた全身真っ黒の小ぶりの青毛。 「若!この辺りは危険でございます。お一人で歩かれぬよう・・・・・」 途中まで言いかけた男を目で制してそちらに歩み寄る。 「うるさく言うな、今戻る」 そう言って、男が連れて来た青毛にひらりと飛び乗った。 一度大きく手綱を引いて進もうとする青毛を抑えると、未だこちらを向いてぼうっと立つ子供を見下ろした。 「お前、名前は」 「そうご」 「そうご、沖田そうご、か」 少しは笑えば愛らしいのにな。 そう言って、少年は従者を従えて風のように去って行った。 あとに残された小さな子供、沖田総悟は、また何事もなかったかのようにかざぐるまの花を摘み出した。 家に戻ってみれば、何故かこの日の入城は許され、総悟の初登城は二年先に延ばされたと言う事を知るのだった。 |