奢らない彼





女に縁が無いかと言えばそれほどでもなく、今までどちらかと言えば追われる方が多かった。
あの眼鏡のド変態に始まって、これだけいいかげんだのろくでなしだの文無しだの言われながら、妙も月詠も自分を憎からず思っていることは解っていたし、なんなら朝から晩まで飯の事を考えているようなガキの神楽にまで「親子」とは少し違う淡い好意を寄せられているという事実もある。


だけれども目下のところ銀時の興味は他にあった。

面倒事は嫌いなはずなのに何事もつい手を出してしまう癖があるが、沖田のこともそうだろう。
何かと言えばやんちゃを仕掛けてきていかんせん行き過ぎなところもあれどかわいいと言えないこともない。
沖田の依頼で痛い目に合わなかったことなど無いと思えば、これだけ迷惑を掛けられているのだから多少いたずらしてもいいんじゃないかと思ったのはついこの間。
邪な目で見ているうちにどうしてもモノにしなければ男がすたるような気がしてきた。

幸い沖田には嫌われていない。
だがパンダかなにかのように珍しがられているだけとも思う。
愛だの恋だのではなさそうだ。

銀時が見たところ、沖田は真選組の黒い上司と多分寝ているのだ。証拠などないがあの二人の密着度は異常だ。
別に巡回中に抱き合っているところなど見たことないが、いつでもセットでいる。
沖田の方はいつでも飄々としていてどうかわからないが、土方は確実に沖田の尻を追いかけている。夜はその尻に何かを突っ込んでいるのではと邪推するのも仕方ない。


この間など、土方が沖田にやれ隊服がだらしないだの寄り道せずにまっすぐ歩けだのうるさく言っているところに遭遇した。
巡回に飽きたとか座りたいとかぐずりだした沖田に顔をしかめながらもここ終われば飯に連れて行ってやると甘い顔をしてスカーフを直してやっているのを見て頭を抱えた。

「なんなのアンタら気持ち悪い。土方いったいいつまで沖田くんの面倒見るつもり」
思わず聞いてしまったが、土方にぎろりと睨まれる。
しかし本人が何か言う前に隣の沖田が口を出してきた。
「いいんでさぁ。いまのうちに俺が土方コノヤローにうるさく言わせておいて、将来ヨイヨイになった暁には俺が世話してやるんですから」
「なんだとそこまで歳変わんねえだろうが!」
「の割には子供扱いばっかりじゃねえですか」

聞いていられない。
まったくただの夫婦漫才だ。
ふたりがデキているのは火を見るよりも明らかな気もするが、いっそ決定的な証拠がほしかった。
今ならまだ人のものだとはっきりわかれば引き返せる。
そう思いながら行きつけの団子屋まで歩いて、軒先に黒い隊服を見付けた。

ちょうど探りを入れるのに最適なタイミングだと思って、緋色の布が掛けられた長椅子の空いた半分に腰かける。
相手は皿の上に手つかずの団子を二本残して最初の一本にかぶりつこうとしているところだった。

「真選組御用達のお店なわけ?ここ」
店員に片手を上げて存在を示しながら隣の男に声を掛けた。
口の中まで侵入しながら、ぱくりと咥えられること無くもう一度団子の先頭がバックする。

「万事屋の旦那じゃあないですか」
多少驚いたような顔で山崎退が答えた。

「よー、一人?」
「はあ」
店員が忙しそうなそぶりでやってきたので、熱いお茶を一つ頼んだ。
「団子頼まないんですか」
「ジミーくんの一本分けてもらおうかと思って」
「分けませんよ」
「なにをこの真選組には貸しがいくつもあんだろうが」
ぱくりと山崎が店自慢の甘いたれのついた団子を二ついちどきに咥えた。
銀時と山崎の間にあった皿に手を延ばそうとするとひょいと皿が浮いて向こうへ行ってしまった。
「けち」
こちとら団子の一本も躊躇するほどの財布の薄さなのだ。
しかし今日の目的は団子ではない。
どう話を切り出したものかと銀時は隣に座る男のしれっとした横顔を見た。

「・・・もう春だねえ・・・」
「春っていうか、初夏じゃないですか」
「うん・・・、そうだよね。もう5月だもんね・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。ご・・・がつと言えばさ」
「はい」
「アレじゃないの、おたくんとこの副長さんひとつ歳とったんだよね」
「は?」


我ながら強引すぎたかと思うがこの際仕方がない。
山崎はぽかんとしていたが、うさんくさそうな顔になって銀時を見ている。
なんでうちの副長の誕生日なんかアンタ知ってるんですかというところだろう。
副長には興味はないが、その横にいる子供が気になるのだ。

「あれなの、こう・・・仲良いの、やっぱり、ふたりは」
「ふたり?」
「いやだから、副長さんと沖田くん」
「沖田さんですか?」
一本目の団子をもぐもぐとすべて食べながら、察しの悪い監察が急に何を言い出すんだというような顔で首を傾げる。

「いや、どっちかっつーと仲悪いですけど」
「表向きじゃなくてさ」
「表も裏も犬猿かと」
「そうなの?」
「はあ。見ててわかりませんか」
「いやほら・・・・やっぱさ・・・真選組ってむさい男しかいないじゃない?ああいう沖田くんみたいなかわいい子ってもてるんじゃないかなーとか。おたくの副長もかわいがってるみたいだし」
「まあ懐いているとは思いますけど懐き方がエグいですから」
「やっぱモテんの。隊の中で」
「いやー、結構嫌われてますよ、みんなに」
「えっ」
「そりゃああんだけ性格悪けりゃね。旦那だって真選組というより主に沖田隊長に迷惑かけられてるでしょう」
「う、うん・・・まあね」

結構まさかの回答だった。
あんなにかわいらしいのだから性格の悪さを引いてもお釣りがくると思うのは同じ屋根の下に暮らしていないからだろうか。

「旦那は」
ぴょこんと二本目の串を持ち上げて山崎が口を開いた。

「結構沖田さんと気が合ってるみたいですけどね」
地味だが美味いこの店の団子。地味極まりない唇が再びそれに食いついた。
美味そうだなと思いながら、ぽりぽりと頭を掻く。

「ジミーくんはどうなの。沖田くん、かわいいと思わない?」
「俺はこう、たまさんのような癒しのオーラで包んでくれる女性が良いんで。癒しとは程遠いでしょう?あの人」
「まーね」

ちろりと横目で表情を窺うが、まったく動揺が見られないので本心だろう。
だが、この監察が知らないだけでひょっとしたら隊士の中に沖田を狙っている輩がいるかもしれないし、土方も・・・というか土方は絶対にその気があるだろう。

「沖田くんの方はどうなんだろうね」
「はい?」
二本目最後の団子に横から挑戦していた山崎がぴたりと止まる。

「沖田くんは、すきなひといないのかなあ」
だんごを横から咥えた山崎のタレ目が銀時を見て、すぐによそへ移った。
ぐ、と横に引き抜かれて、白い餅がうっすらと串に残る。

「はへ、はほひとに、ほんはにんへんらしいはんひょうは」
「何?」
「さて、あの人にそんな人間らしい感情があるもんですかね」
ず、とお茶を飲むしぐさに、あの店員俺の茶を忘れていやがるなと店の奥に視線をやった。
相変わらず忙しそうにしているので、何も頼んでいない自分としては催促しにくかった。

「・・・・」
「・・・・」

「まさかと思うけど、ジミーくんなの」
「何がですか」
冷めた目で見られる。

そんなわけないかと思い直して、とりあえず向こう側にある最後の団子くらいくれないものかねと身を乗り出して物欲しそうにしてみせた。
と、団子がすいと持ち上げられる。
団子は茶屋の椅子に座った山崎よりも高くまで浮き上がって、銀時の好みのタイプの小作りな顔の前でぴたりと止まった。


あんむ、と沖田が二ついちどに団子を食べる。
食べ方が似ているなと思ったのは一瞬。


「ちょっと、それ俺の団子ですよ」
「いーじゃねえか団子の一本や二本や三本や四本や五本やろっぽ」
「きりがないからやめてください。80円ですからね、払ってくださいよ」
「冗談じゃねえや。それよりザキ今日なんで非番なのに隊服着てんでぃ」
「・・・・・」
「アレだろ、万事屋だろ。てかスナックババァにいくんだろぃ」
「スナックお登勢です」
「仕事がんばれとかンなこと言われたから着てんだろ。それ着てストーカーしに行くんだろ」
「非番の日に俺が何しようが俺の勝手でしょう」
「言っとくけどなァ、あれお前に言ったんじゃねえからな、スーパーのレジに言ったんでぃ。レジだレジ。てめーなんかレジよりも下だ80円くらいさっとださねえと一生レジに追いつけねえぞ」
「いいんです、俺に言ってくれたって俺が思ってればいいんですから」

じゃりん。
と音がした。

串が三本置かれている皿の上で、10円玉が三枚と50円玉が一枚じゃりりりり、と回って止まる。

沖田が財布を仕舞いながらどっかと山崎と銀時の座っている椅子の足を蹴った。
「・・・旦那ァ」
完全に声をかけるタイミングを逃してしまったというか、そもそも銀時がいないかのような会話が成されていたが、どうやら存在には気づいてもらっていたようだ。

「つまらねえんで土方のバカヤローでもからかいに行きやせんかぃ」
言いながらも視線は山崎。見られている本人はしれっとしたもので隊服の内ポケットから財布を取り出して80円を仕舞い込んだ。

少なからずショックだった。
土方との仲を疑っていたのに、蓋を開けて見れば地味な監察が随分優位のライバルだったらしい。
ひょっとして本当に沖田がフリーなのかもしれないと思い始めた矢先だったので尚更がっかりだ。
いくら監察の嘘が上手くても感情ダダ漏れの子供がくっついている限り隠し事などできる訳がない。
普段はそうでもないのに山崎相手だとこうなってしまうのであれば、もうのぞみはかなり薄い。

三本の串だけになった団子のように沖田が山崎に食われてしまったかどうかは知らないが、とにかく山崎があのからくり家政婦にいかれているのは事実らしいから、沖田は片思いということになる。
それならば自分にもチャンスがあるかもしれないが、山崎がライバルだとなるとなんだか腹立たしい。

銀時は、沖田に合せて腹いせに土方を盛大にからかってやろうと重い腰を上げた。




(了)






















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