風呂で頭を洗っていたら、脳天から少し右あたりに触れた時、尋常じゃない痛みに襲われた。

なんだと思い返してみれば、昨夜しこたま飲んで前後不覚になり、頭をどこぞへぶつけたような記憶がうっすらと蘇った。
頭を抑えて蹲るほどだったので今日になっても痛むはずだと納得して、しかし腹が立ったので身体に残る酒ともども嫌な記憶を流してしまえと迎え酒をすることにした。

台所をごそごそしていると、どこかしらへ遊びに出かける神楽の冷たい視線。
なんだ朝から酒を飲んで何が悪い。

まあ甘いものが好きな人間は酒が苦手だなどと良く聞くが、俺はその範疇ではない。
高級なツマミなどはあるわけがないのでそこいらにあったナッツと海苔を片手にソファに座った。
それさえなければアテは塩でもいいのだが、朝からの迎え酒には向かない。
手ごわい二日酔いをガツンと上塗りする為にはなんなら酒だけを飲み続けてもいいのだが、俺はまだこの域までは到達していない。
源外のじじいなどは「俺はもう酒に肴はいらねえ」などと言っているが、あのオッサンならば日本酒をのみながら焼酎をおかずにするぐらいはあるかもしれない。あるかもしれないが別に俺はそうまでなりたくない。

そもそも大抵は美味いと思って酒を飲んでいる訳では無い。
何も言わないで一人で飲んでいると、ここへ至るまでのくだらなくも愛しい半生がゆっくりと熟成されて俺の身体を浸す。哀しみとか喜びとかそんなことではなくて、すべてがブレンドされた少しだけ苦い水のプールにでも浸かっているような、そんな酒になる。

俺は味が解る方ではないのでアルコールさえ入っていればビールだろうがウイスキーだろうが焼酎だろうがポン酒だろうがワインだろうがなんでもおかまいなしなのだが、沖田などは俺の勝手な日本酒のイメージとは違いこれが存外焼酎を好む。
好むもなにも未成年なのだが自分だとて十八の頃酒を飲まなかったかと問われれば返す言葉もない。

金回りも悪くないはずなのに屋台で見かけることが多いのだが、鬼嫁の芋などをよくねちねち飲んでは顔を真っ赤にしてそれでもずいぶん長いこと土方の悪口を言っているので相当強い方なのだろう。
土方はこれには遠く及ばず、清酒だろうがどぶろくだろうがチビチビとやってはくだを巻いて人に絡みたおした挙句すぐに潰れる。


昨日も行きつけの店で隣り合った時、沖田を挟んで「出て行け」「お前が出て行け」と悪態を吐き合っていたら土方は小一時間ですっかり出来上がって気分が悪くなる所まで行き、最終二時間でカウンターに突っ伏した。
面白がって土方の顔に落書きをしているせいで沖田が向こうばかり向いているのを何とはなしにみていたのだが、酒が程よくまわって白い肌の耳たぶとうなじがほおずきのように赤くなっているのをこっそり肴にしながら飲んでいると、ふいにこちらを向いて赤い目が俺の猪口に視線を落とす。
「旦那のやつが飲みてえ」と言って勝手に俺の手から奪い取って、ぺたりと唇で猪口のふちを挟み込んで咥えた。
この頃には俺も随分酒がまわっていたので、女のような顔だななどと末期的な思考が生まれた。
代わりに沖田のグラスを取り上げて酒を流し込みながらどんよりと重くなってきた頭の中の不埒な考えを誤魔化していたところまで覚えている。




朝起きると独特の胸の悪さと頭の重みがいつもの通りやってきて、開いても開いても瞼が落ちようとするのと戦いながら身体を起こすと、安いドラマのようにホテルの知らない部屋にいた。
トラウマがあるのでおそるおそる布団をめくってみるが誰も居ない。
どうしたものかと思いながらもどんどん瞼が落ちてくる。口内が酒でべたつき、こめかみの重みも手伝って思考がまともに働かないので、とりあえず清算をしてホテルを出た。
どうやら昨夜の酒代を支払ったらしく、延長料金を払うと財布はすっからかんだ。

一晩経ったというのに何を考える余裕もないほど酒の残った足取りで家に帰りそのまま風呂に入った。
少しでも思考力を取り戻そうと迎え酒に至ったわけだが、新八がやって来て身体に悪いのでやめろとうるさい。考えがまとまらないので仕事でも取ってこいと言って蹴り出して頭を押さええる。
手の平にのこるさらさらとした肌の感触と、薄茶の髪が揺れる度にふわりと香った体臭、ストイックな黒い隊服が床の上に乱雑に脱ぎ捨てられた光景だけがふわふわと脳に飛来しては消えてゆく。

「あたまがいたい」

重いだけでさして痛くなどはないのだが、おそろしい考えに至りそうで何も関係のない事を口に出してみた。
出してみたが、昨夜のほんのり色づいた耳たぶの映像がどうも離れなくて参った。
玄人女でもホテルに連れ込んだのだろうか。しかし財布にはそれほどの金は入っていなかったはずだ。

目の奥がずんずんと痛み、瞼をおさえてじっとしていると、今朝まだ薄暗い時分に一度目を覚ましたような気がしてきて必死にその記憶を紐解いてみる。

するとなにやらぼんやりした人影が俺を揺り起こして何か言った。俺はその人影に向かってひどい二日酔いの中これまた何かを切り返した。
途端、真っ黒で美しいカーブを描いた日本刀が鞘ごと俺の頭に振り下ろされて、俺は再び昏倒した。
二度寝ではない。昏倒だ。
何を言ったのだかまったく覚えていないが、刀の持ち主にとってそれは他人の頭を鞘で殴りつけるほどに我慢のならない言葉だったのだろう。

どこぞへぶつけたような気がしていた俺の頭は江戸一番の乱暴者に殴打されていたのだ。

俺は安酒をくいと煽ると、再び頭の瘤に手をやった。
軽く抑えただけでずきりと痛むそこと喉を通る辛いだけの液体が、二日酔いをぐいと押さえ込むように見せてその実ただ先送りにするのを感じながら。

「酒に操られてじゃあなくて、素面で行きたかった」
と、ぼそりと呟いた。

呟いてから俺は、そんな感情が腹の中にあったことに軽く驚いた。




(了)

























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