バブバブ






「早くしろ銀時!遅刻しちまう」

十四朗がいらいらした様子で叫んでいる。
銀時が兄貴と呼べと言っているのに、いつまでたっても呼び捨てだった。

「やかましい!十四朗てめーは洗濯モン干したんだろうな!」
「あたりまえだろーが・・・ってテメエもやししか入ってねえじゃねえか、弁当に肉入れろよ!」
「バイト代が月末まで入んねえんだよ!」
「月末って今日は月初めじゃねえか!」
「バッカ野郎、お前が夜バイト一個学校に見つかっちまったのが悪いんだろうが」

激しく言い合う二人。
銀時は都立高校のブレザー、十四朗は有名私立校の学ラン姿。
この家の父親が子供たちを捨てて家を出ると、あっという間に残った母親が鬼籍に入ってしまって約一年。
家族バラバラになるよりも学校をやめて働くよりも、今死ぬほど頑張って就学し良い就職先を見つけようと二人の意見が一致して共に通学以外の時間は昼も夜もアルバイトに明け暮れた。
夜、お金持ちのお姉さんにお酒を注ぐお仕事で、バイトではありえない金額を稼いでいるが、家族三人暮らす上に学費・・・特に十四朗の私立校のバカ高い授業料は中々手ごわい。

更に二人の進学資金まで貯めているのだから、この家の経済状況は常に極貧を極めた。



ふいに二人の背後から声が聞こえる。

「マンマ・・・マンマ」

ゆっくりと振り返る銀時と十四朗。
チッと舌打ちする銀時にほんのり頬を赤らめる十四朗。

「・・・・このアホに飯食わせて俺も出るから、お前も早くしろよ十四朗」
じろりと十四朗が銀時を睨む。

「今日は俺が総悟を送ってくよ」
「や、俺が送る」
十四朗が手に取った自転車の鍵を、銀時が奪った。



結果、二人仲良く総悟を送った後、やはり肩を並べて駅までの道を歩いていた。
駐輪場の料金をケチって、徒歩。

「お前・・・・総悟の頭昨日殴ってただろ」
「んだあ?兄貴が弟の頭殴ってなんだってのよ」
「総悟がかわいそうだろうが!」
「いーんだよあんなごくつぶし」
「ひでえこと言うなよ」
「いーんだよあんなごくつぶし」
「銀時てめえ、俺がバイト行ってる間に総悟にひでえことしてねえだろうな」
「いーんだよあんなごくつぶ・・・・てか俺の方が振り回されてっから、アイツに」

銀時をじいと見つめる黒い瞳がふいと逸らされた。
「今日は俺バイトだから、総悟のこと頼む。一緒にあいつを育てようって決めたんだからな。解ってんだろうな」
「たった一年でもう根を上げそうだけどね」
白い息を吐きながら、鼻の前で手袋の両手を擦り合わせ十四朗を横目で見て答える。
「・・・」
「・・・」
お互いをけん制するように睨み合って、それから別れた。





銀時が学校から帰ってみると、既に総悟が家にいて、入れ替わりに十四朗がバイトに出て行った。

十四朗が、総悟には家族のぬくもりが必要だと言い張るので毎日ベッタリはバイトを入れていない。
過保護にもほどがあると思うが、チョコナンと食卓の椅子に座る総悟を見るとつやつやとした亜麻色の髪が愛らしくて羨ましい。

「マンマ、マーンマ」
台所で夕食を作っていると総悟が催促をした。

「うるせえだまってろ」
ごろごろとしたジャガイモと人参、玉ねぎと鶏肉が入ったポトフをぐるぐるかきまぜながら振り向かないで返事をすると、ガタガタと椅子を揺する音がする。

「マンマー!マンマ!!!」
「うるせえっての!」

「バーブーーーーーーーーーーー!!!!」

ぴきりとこめかみの血管が上下した。
おたまを放り出してどかどかと総悟の座っているテーブルまで歩くと思いきり羨ましい亜麻色をはたいた。

「いーかげんにしろっての!何がマンマだ、何がバブーだ!!」

びえっ・・・・。
と泣くわけもなく、総悟がぎろりと上目遣いで銀時を睨みつける。

「いてえじゃねえですか!!!」
「うるせえ赤んぼの真似なんかしやがってかわいくねえんだよバッカ野郎」
「なんですかぃ十四朗のボケはかわいいって言ってくれやすぜ」
「あいつは目と脳みそが腐ってんだ。言っとくけどな、お前も来年高校に入ったらバイトさせるからな!」
「虐待でさあ」
「何が虐待だこのやろう、せめて飯の用意くらい手伝いやがれ!!」
椅子に座っている総悟の背後から、銀時がヘッドロックをかましていると、突然右腕をべろんとやられた。
「ちょっとやめてよ、オニーチャンの腕は晩御飯じゃありません」
「ウフフ、十四朗ならバイトですぜ」
悪戯そうなのか単に底意地が悪いのかよくわからない総悟の蒼い瞳がきらめいた。

はあ、と銀時のため息が聞こえる。
「・・・お前ね、あれだけお前をかわいいかわいいって言ってくれる十四朗がいない間によくも俺となんかしようって気になるな」
「銀時だって」
「俺はお前に振り回されてんだよホントマジ勘弁してくれよ」
「バブバブバブ」
「いやばぶばぶじゃなくて」
「お兄ちゃんだいすき」
「いやお兄ちゃんだいすきとかじゃなくて・・・んちゅ・・・ひゃ、めなはい」
「ちゅ、ちゅ、ちゅ」
「ひゃめろ・・・・んちゅ・・・ちゅ・・・」

「はふ、銀時は俺の事かわいくねえんですかい?はふ・・・ちゅう」
ぐいと総悟の身体を離す銀時。

「かわいくねえよ、ごくつぶし」

銀時自慢のポトフがぶしゅぶしゅと噴きこぼれるまで、大きな赤んぼと激しいキスを交わす銀時だった。




ぴ、ぴ、ぴ。ぴ、ぴ、ぴ。

ぴ、ぴ、ぴ。ぴ、ぴ、ぴ。

ぴ、ぴ、ぴ。ぴ、ぴ、ぴ。


「総悟、おい起きろ。朝だぞ」
「むにゃむにゃむーむにゃむにゃ」

「おい総悟!遅刻するぞ!」
「むーむにゃむー」

「総悟!!うおおおっ!!」
「むーにゃー」

「てめえ起きてんだろうがっ!目つぶしキッチリ決めやがって!」
「・・・ばぶー」
「ウッ」

瞼を閉じたままむっくりと総悟が起き上がった。

「ばぶぶー」
「ウウッ・・・」

「十四朗にいちゃん、ちゅーしてくれねえと目が覚めねえです」
「ウウウウッ・・・・・」

「してくれねえんなら寝やす」
「ま、待て!し、したら起きるんだな?」
「寝やす」
「コラッ!総悟!」
「おやすみなさい」
「やめろーっ。朝からタイムセールなんだ!学校行く前にスーパー寄らねえといけねえんだからてめ早く起きろ!てゆうかキスさせろ!」
「販売期間は終了しました。ばぶー」
「総悟ーっ!起きろ!これ・・布団どんだけキツく握ってんだ!ごるぁああっ!」


バン!
と音がして、味噌汁のおたまを持っていちご柄のエプロンをした銀時が総悟の部屋のドアを開けた。というか蹴った。
ぴたりと動きが止まる布団と十四朗。

「二人とも、キリがないからおしまいっ!!」


銀時の一喝で、朝の寸劇もこのお話もおしまい。







(おわり)
























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