クローゼット |
坂田は霊が見えるという噂があって、その話をしてくれた先輩によると、最近のことは知らないけれど坂田が小学生の頃クラスの友達の母親が亡くなった時、その母親の言葉を本人に伝えたという嘘くさいエピソードがあるらしい。 そんなわけでいつでも退屈している沖田が坂田を放っておくわけがなく、入学早々恐れないで3年の教室に坂田見物に行った。 坂田は教室にずかずかと入ってきた沖田の声に、机に突っ伏していた顔だけを面倒そうに上げるとその体勢のまま、 「ボクは霊感とかアリマセーン」 と言って、また同じように顔を伏せてしまった。 なんだそうなのかと思って興味がなくなって、坂田とはそれきり。 他に面白い男がいないかと探した結果、坂田と同じ三年に高杉という男がいて、そいつが割とおもしろい馬鹿で、馬鹿同志気が合って一緒にいた。 去年たった一人の肉親の姉が嫁に行ってしまったので一人暮らしの沖田の家に、しばらく高杉が入り浸っていたが、なんだか知らないうちに足が遠のいて、不思議に思った沖田が訳を尋ねると 「お前オトコいんじゃねえか」 とつまらなそうに答えた。 わけがわからなかったが、まあ自分に飽きたのだろうと勝手に納得して、また新しい男でも探そうとしていた矢先。 その日は熱帯夜で、夜中の3時前にクーラーが切れて十数分で目が覚めた。 ぼんやりとエアコンのリモコンを探して室内を見渡すと、ベッド足元のクローゼットの前に、人型の影があった。 『ああ、ひじかたさんだな』 と思って、何故恐怖しなかったのかはわからないが、その時は寝起きで寝惚けていたからとしか説明のしようがない。 とにかくそのまま再びぱたりとベッドに横になって眠ってしまい、朝を迎えた。 朝になって思い出しておそろしくなったが、なぜ顔も見えなかったその影を土方だと思ったのかと聞かれれば、土方は「居そう」な奴だからと答えるだけだ。 去年沖田が未だ中学生だった頃、はじめて付き合った相手が土方だった。 それほど熱を上げたわけではなかったが、とにかくセックスに興味があった。 それははじめ痛いだけで、やめてくれと泣き叫んだが土方は行為を続ける。 自己中心的な土方のセックスに疑問を感じたが、その後慣れてきて快感を得られるようになるとまあいいかと忘れた。 しかしそれからの土方との付き合いの中で最初に感じた違和感がむくむくと育って、潮時かなと思った頃、別れ話をした。 烈火のごとく怒った土方が沖田を付け回すようになって、新しく付き合いはじめた年上の男の車に乗り込んだ沖田の後を追おうとして事故に合った。 土方の最後の言葉までもが「総悟」であったらしく、それが土方の執念の強さを示していた。 一年以上経っているにもかかわらず、ふと夜中に目覚めた時の気配を土方だと思ったわけだが、朝クローゼットの前の人影はすっきりと消えていて、なんだ夢だったのかとそのまま忘れた。 それからまた一年が経って、何がどうというわけはないが偶然に卒業した坂田と会って仲良くなり、一緒に遊ぶようになった。 坂田に言わせれば、最初にあんな声の掛け方をしなければ沖田くんの顔をちゃんと見て返事をした、そうしたらこんなかわいい子を邪険にしたりしないのに、ということなのだが沖田に言わせれば、まず例のうわさが無ければ坂田になど声をかけないのだ。 可愛いと言う割には何も言ってこないので、半年ほど経って沖田の方から告白すると、おまえ高杉と付き合ってんじゃねえのと聞かれて、もう振られたと言うと、ふうんと返って来た。 そいでセンパイは本当に霊感とかねえんですかいと尋ねると、あるわけねえよそんなんと一蹴される。 何故か坂田はなかなか沖田に手を出さず、沖田を大切にしているようだった。 それほど大事にしてもらわなくてももう既に中古品ですぜと言うが、そういう問題じゃないと答える坂田。 居心地が悪いわけでもなかったのでそのままにしていたが、この歳でセックスレスはきついとあの手この手で坂田を誘うがいつも躱される。 ようやく坂田を家に誘うことができたのは、それからまた半年近くも経った頃。沖田は高校二年になっていた。 それまでに手をつないだりキスしたりというステップは既に踏んでいたので、とうとう坂田とベッドインできるかと思っていた。 だが中々甘い雰囲気にならず、沖田がベッドの上でごろごろしていると坂田が急にトランプをしようと言い出して、なんだ緊張しているのかしらんと思うがそうでもないらしく、掴みどころのない男だった。 どうやらこの間覚えたマジックを披露したいらしく、いつもの半眼で背を丸めてカーペットで胡坐をかきながらカードをさくさくと切っている坂田。 さくさくさく。 長いこと切るな、と沖田が思った頃、坂田が視線をトランプに落としたまま何気なく、 「クローゼットの前に男がいるけど、知ってんの?沖田くん」 と、言った。 (了) |