はじまりは大いに不本意



「お前より一分一秒でも長生きしてやる」
という言葉が一世一代の告白になるらしいというのを知ったのは、つい最近。

確かこの間、銭湯で思わぬ命の危険に晒された際つい言った一言だったが、言ってしまった言葉は二度と取り戻せないので仕方がない。
仕方がないのには違いないが、どうも居心地の悪い状態になってしまった。

言った相手、つまり総悟が何やらまんざらでもないらしく、あれほどの悪戯坊主が俺の前では妙に神妙な態度を取るようになってしまったのだ。
屯所で俺と鉢合わせるとふいと目を逸らして俯いてみたり、朝に晩に手の付けられない嫌がらせをしかけていた総悟がぴったりとそれをしなくなって、すっかり大人しくなってしまった。

こうなると調子が狂うのはこっちだ。
なにしろ武州の田舎にいた頃から毎日休むことなく総悟となにかしらドンパチやっていて、しかもそれはすべて向こうから仕掛けてきていたものを受けたりやり返したりの毎日だったから、あえてこちらから何かアクションを起こした事などないのだ。
だから、いざ「あの発言にはまったく何の意味も無く、プロポーズしたつもりなどはないのだ」という話をするにも、どうやって声を掛けていいものか躊躇してしまっていた。
奴がなにかしらやんちゃな事件を起こしたり仕事をサボったりとんでもない悪戯をしやがった時の方がよほどやり易かった。

今も巡回に出かけるために総悟を捕まえようと食堂を覗いてみると、それまで隊士どもとくっちゃべっていやがったくせに俺の顔を見てわざとらしくそっぽを向いてしまう。
「隊長、旦那様ですよ」
などと言って総悟の肩を肘でつつく隊士。あとで殺してやる。

そういえば、この顔には見覚えがある。

「土方さんたら、俺より一分一秒でも長生きするらしいぜェ、七年も先に生まれた癖に、命欲が汚くていけねえや」
などと総悟が憎まれ口を叩いていた時に、横から
「本当ですか?それってなんだったかの漫画で見たことありますよ!隊長を悲しませない為に絶対に先に死なないっていうプロポーズの言葉ですよ!」
と言いやがった奴だ。

その時はそんなわけねえと声を荒げようとした俺だが、目の前で
「・・そうなの?」
とぼそりと総悟がつぶやいて、照れたようにやはり目を逸らしてしまったので毒気を抜かれた。

一瞬しんとなってタイミングを逃すともう訂正することができなくなってしまったのだが、このままでいいわけがない。
俺は兄弟同然に育ってきた総悟を、とてもそんな風には見られないのだ。

しかしこの、総悟の態度はなんなのか。

俺がプロポーズする気などなかったことくらい、いつもの総悟ならあたりまえに理解できるはずだ。
理解した上できっちりと、「土方さんたら俺にプロポーズなんかしたんですぜえ」などと言って俺のセリフを馬鹿にしたり言いふらしたりするような奴なのだこいつは。

ところが今の総悟は、俺の目を見るのも照れくさいのか、ぼそぼそと口の中で憎まれ口のようなものを無理に呟いてみたり、こっちを見ることもしないくせに俺との巡回を嫌がる風でも無いところがどう扱っていいかわからない。
まさかとは思うが総悟は俺の事を好きだったのだろうか。

それはない。

それはないはずなのだが一体この態度はなんなのだろう。

とりあえず皆のいる所でいきなり否定しても仕方ないので、今日こそ二人きりの時にやんわり訂正しようと総悟を車に乗せて巡回に出た。
出たはいいがやっぱりどうも落ち着かない。
隣でハンドルを握る総悟が無口なのだ。
もともとぺらぺらしゃべる方でもないが、人の神経を逆なでするような軽口はひょいひょい出てくるはずだ。そうでなければ俺が助手席のシートに座った途端、座席が飛び上がったりシートベルトが殺人的な締め付けをしてきたり、シガレットライターで落雷を受けたような感電をさせらりたりするわけなのだが、今日はそのどれも無かった。

どうにも居心地の悪さを感じながらふと窓の外を見ると、ちらりと長髪の影が見えた。
・・・あれは、まさか、桂?

はっとして思わず振り向いて総悟の腕を掴む。
「総悟!桂だ!Uターン・・・」
言いかけて掴んだ腕がビクリと震えたのに気づいて顔を見ると、総悟はうっすらと頬を染めて驚いたようにデカい目を更に広げてこっちを見ていた。

「う・・・あ・・・う・・・」
掴んだ腕を離すこともできず、かといって桂も気になる。だが目の前の総悟はそれどころではないらしく、俺の顔と己の腕を掴んでいる俺の手を小刻みに見比べていた。

「んな・・・にしてやがるんだ。早く車回さねえか」
ようやっとそれだけ言うと、なんでもないように「へい」と答えてパトカーをがくんと発進させる。
もう頬の赤みも引いていつもの無表情なのだが、ガクガクと車が不自然に走り出す。

桂の姿などはとっくに消えていて、今思えばただの長髪の男だったかもしれないし無理に追うこともない。
それよりも何とかした方がいいのはこっちだ。
はやいとこ誤解を解かないと、どんどん言えなくなる、どんどん深みにはまる。

大体総悟がこんなことになるなんてありえないのだ。まさかこうやって照れているふりをして俺の反応を見て喜んでいるのだろうか。

とにかく俺はもうこの巡回の間にあの言葉を訂正することにした。

まさかこんな往来でパトカーを停めて
「あのプロポーズは間違いでした」
などと言うわけにはいかない。

「おい、運転代われ」
短く告げて助手席のドアを開け、車から降りる。
反対側に回ってみても誰も出てこないので中を覗くと、総悟がサイドブレーキを越えて四つん這いで助手席側に移動しているところだった。
隊服の小さな尻が見える。

どこを見ているんだと軽く頭を振って運転席側のドアを開けようとするとガチリとつっかえた。
「おい、こっち鍵あけろ」
窓を中指の背で叩いて声を上げると、大きな目玉がこっちを向いて「なんですかい?」と口が動いた。
「こ・こ!鍵!開けろ!」
声を上げると、よいしょともう一度上半身だけサイドブレーキを越えて来てロックをはずす総悟の頭が窓越しにアップになった。
わくんというロックが外れる音と、総悟の長い睫毛。

俺はもう一度頭をぶるぶると降って運転席に乗り込んだ。


総悟に運転させていては俺が話しかける度に事故をおこされそうだったので、自ら運転して街外れの小高い丘に来た。
ここは江戸の街が一望できる、気持ちのいい風が吹く場所だ。
俺たちはここを守るためにあるのだと、愛だの恋だのと浮かれている場合ではないと、そう言って偉そうに諌めるつもりはないが、ここが一番落ち着いて話ができるだろう。

車の中から美しい景色が見渡せる場所に停車して、外へ出るかどうか迷った。
迷って別にそんなに気にするほどの話でもなく、こんなものはちゃっちゃと済ませてしまえばいいのだと気が付いた。
下手にタイミングを逃してしまったから言いにくくなってしまっただけで、こんなものはなんでもない。
とにかく早く済ませてしまえとハンドルに手を置いたまま助手席の総悟を見た。
見て、ガチリと身体が固まる。

総悟はそわそわと落ち着かなく胸の前のシートベルトをいじったり前髪を分けたりしながらほんのり頬を赤らめて俺を見ていた。
そうして俺が総悟の方を向いて目が合うと、途端につまらなさそうに目を逸らしてもじもじとしている。
どうしていいかわからずに、手はハンドルのまま固まっていると、やがて総悟が意を決したようにこっちに向き直って。

向き直ってくいと顔を上げて、まるで口づけを待つようにうっとりと目を閉じて、ことりと首を傾げた。



(おしまい)

























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