哀しいあなた



坂田さんは相も変わらず俺をただのセ フ レみたいに扱っていた。
それでも俺が坂田さんと切れてしまわないのは、やっぱり俺があの人を好きなんだろう。


この間俺の姉ちゃんが嫁に行った。
誰にも渡したくなかったけど、姉ちゃんがいつまでも苦労するのは嫌だ。幸せになってほしいがやっぱり相手の男は死ねよとか思ってしまう。
複雑な、かわいい子供心なのだ。

まあそれはいいとして、そんなわけで俺は一人暮らしになった。
さみしくはないが、正直姉ちゃんがいなくなってしまったら姉ちゃんを第一に考えて日々暮らしていたことを思い知らされてしまって、ここは一つ姉ちゃん離れでもして(本当にはする気ないけど)俺自身の青春を謳歌してみたいなと思うようになった。

当然恋人(希望)の坂田さんと同棲などしてみたいと思ったっておかしな話じゃあないはずだ。
嫁に行ってまで俺の家賃の援助をしてくれている姉ちゃんにとっても、万年貧乏の坂田さんにとっても金銭的に得だと思うのだが。
俺はなんでもできるスマートな坂田さんが、たまに俺のやらかした事でてんやわんやになっているところを見るのが好きだった。
基本的にべたべたしたつきあいは嫌いだが、坂田さんのそういう焦った顔を家でも見られるのならそれはそれで幸せだろうと思うのだ。

だけど。

俺がちょっと同棲の話を匂わせただけで、まあ予想通りまったく手ごたえの無い返事が返ってきた。
なんかお天気おねえさんが出ているテレビを寝転がって見ながら、ついでにケツなんか掻いて、
「はー?俺基本的に人と同居しねえから。てか結野アナ以外とはしないから。これは結野アナとならするって言ってるわけだから、わかる?あ〜〜、いいよなあ結野アナ、なんでこんなのその辺にいねえんだよ」
とかなんとかのたまった。
なるほど、だいぶ早い段階で結野アナの話しかしなくなっている。
つまり俺には興味ないんだろう。

たまに、ごくごくたまに。ほんのちょっとだけ、坂田さんは優しい時があって。それはセックスする前は当然なんだけど、そうじゃなくて別に俺の機嫌なんかとらないでもいい時にそんな態度を取るもんだから、ひょっとして坂田さんは俺の事を好きなのかしらと思ってしまうことがある。
「沖田くんは優しい顔をしたらつけあがるから、今日だけな」という顔をしているなあ、と思いながら坂田さんの食っているチョコをもらったりするわけなんだけど、他にもセックスが終わっても部屋にいさせてくれたり、帰りがけにキスしてくれたりすると、期待してしまう。

その話をすると、土方さんはものすごく嫌そうな顔をする。
「おまえそれは完全に坂田にいいように利用されてんだぞ」
って。
ただ性欲のはけ口として使われてるだけだって偉そうに言う。
そんな事わかってらバーロィ。
「オラ、もう休憩終わりだ、戻るぞ」
土方さんがスマートにレシートを取って立ち上がった。
坂田さんは絶対こういう時ワリカンだなあ〜〜、でもパ チ ン コでいつもすかんぴんなのに俺におごれとは言わねえよなあ〜〜、とあの人に対してはどうしてもフォロー入りの評価になってしまう自分が俺だって情けねぇのだ。

そんなこんなで、俺にとって坂田さんは別れるほどでもない程度に冷たくて駄目なお人だ。
それが崩れたのは、もうすぐそこまで春が来ている3月の終わり、地球上のほとんどの生物が発情期を迎える頃だった。

坂田さんが浮気をしたのだ。
俺が所謂「彼女」的な位置にいるわけじゃあないのかもしれねえから、浮気というのは適当でないかもしれない。
とにかく俺以外の女に手を出しているそぶりはなかったので、それまでいいように考えていた。
坂田さんはセックスだけが好きで基本的に人と一緒にいるのは好きじゃないから、俺のことを部屋には入れてくれるけど部屋から連れ出してくれることなんて滅多にない。
なのに、この間坂田さんはバイトに新しく入ってきた女の機嫌を取るために、なんだか知らねえけど、梅園と温泉が名物の観光スポットにしっぽりとデートに行ったのだ。
そんな所まで連れて行ってやって、あの坂田さんが女に手を出さないはずがない。

俺はでも、坂田さんを責めることはできなかった。
完全な証拠があるわけでなし、俺がそんなことを言える立場なのかどうかもわからないし、何よりも「じゃあ別れる?」などと言われるのがおそろしかったのだ。
俺は、完全に坂田さんに参ってしまっていた。
こんな、ろくでもねえ男に。

それからは、調子に乗った坂田さんの好き放題になった。
なぜか。何故かってか、俺が浮気に文句を言わなかったからだ。
ちょいちょい女の子を変えては浮気して、それでも俺にばれないように外でヤッてきているのはわかっていたけれど、そんで平気な顔してる最低男だ。
そんな坂田さんに何も言えない俺。俺らしくねえ、まったく俺らしくねえ。
気に入らねえことがあってもそのままにしているなんてこと今までなかったのに。

坂田さんのがっしりとした肩と、なめらかに浮き上がっている胸筋、シャツから覗く手首の意外な白さと手の甲に男らしく浮き上がる筋とかその手の指が意味もなくタバコの紙箱を弄っている様子、奔放な動きを見せる灰色の髪が同じ薄い色のまつ毛にかかっているのとか、その下のぼんやりとした瞳、たいていかさりと乾いている薄い色の唇とか、そんなのを見ていると、どうしたってこの人と別れたくねえって思ってしまうのだ。

そんなこんなで俺は坂田さんに何の文句も言わないまま時が過ぎて、そのうち浮気もあたりまえみてえに感じるようになってきてしまった。
俺も坂田さんのことを、ただのセ フ レだと思えばそんなに悲しくねえのかもしれない。
そんなことまで考えるようになって自分でもそんな気になって、まあそうするしか悲しくて仕方なかったんだろうけど、とにかく浮気というものが大したものではないように思えてきた。
そんな頃、土方さんがそれを見透かしたみてえに猛アタックをかけてきて。
あの人もなんだかんだで場数踏んだ大人だった。
どうでもいいやってわけじゃねえけど、坂田さんに対してほんの少しあきらめの感情が生まれた俺を見逃さず、するりとその心の隙間に入り込んできた。
坂田さんの浮気に疲れていた俺は、浮気なんてなんでもないことなんだって自分に言い聞かせるみたいにして、土方さんと寝た。

はじめて坂田さん以外の男と寝てしまったんだ。


浮気はすぐにバレた。
まず土方さんが俺の彼氏ヅラをするようになって、今まではなんだかんだで乱暴な口調だったのがやけに紳士的になって、女にするみてえに俺の事を扱った。あからさまにじゃあねえんだけど、じっくり見たらわかる程度に。
逆に俺は土方さんを不自然に避けてしまって、傍から見たらおかしな二人になっちまっていただろう。

ある日、坂田さんはものすごく不機嫌な顔で俺を部屋に呼び出して直球勝負で来た。
「土方の野郎と寝たのか」
って。

なにがだって思った。
何がいけねえんですかぃって。
アンタなんてあの女とこの女と俺の知らねえ女とまだほかにもいっぱい浮気してるじゃねえですか。
そもそもアンタ俺となんて付き合っていなかったんでしょう?
俺はアンタと同じことしただけだって、そう思ったんで、俺は坂田さんの顔を見上げて
「へい」
って答えた。
答えた途端に体が吹っ飛んで、壁にしこたま背中を打ち付けた。
しばらく体がしびれて動けない上にごほごほとむせてようやっと坂田さんの顔を見ると、坂田さんはものすごい顔をしていた。
ものすごく怒っていて、抑えられなくて俺を殴って、それでもその拳を恐ろしいものでも見るように眺めていた。硬く握ったまま。

それを見て俺の頬も火がついたように熱を持った。
痛い。すごく痛い。

やがて、坂田さんがぽつりと言う。
「・・・お前が、殴らせたんだ」

大きくひゅうと息を吸って吐いて。
まるで動揺を抑えているみたいな、そんな顔。
「お前が悪い、お前が殴らせた・・・」

「・・・んで・・・・・。坂田・・さんだって・・・よそで」
「俺の浮気とお前の浮気は違う!」
ばしって叩きつけるような大声。

「突っ込むのと突っ込ませるは訳が違う!お前はあの野郎に突っ込ませてアヘアヘ喘ぎやがったんだ!畜生、お前が悪い!お前が悪い!」
俺が聞いたことないくらいの大声。
坂田さんがこんなに取り乱したのを、俺は見たことがなかった。
俺が仕事で坂田さんに迷惑掛けたりした時とは比べ物にならねえ。

こんなに俺のせいだ俺のせいだって言ってる坂田さんを見て、なんだか俺が悪かったような気になってきてしまった。
あまつさえ、怒ってくれるなんてひょっとしてやっぱり坂田さんは俺の事を好きなんだろうってうれしくなってきた。

坂田さんは俺が立ち上がって洗面所に顔を洗いに行って、それから戻ってきてもまだぶつぶつと
「お前が悪い」
と繰り返していた。



それから幾日も経って、なんならひと月以上過ぎてからも、坂田さんはたまに思い出したように俺を責めた。
飯を食っている時とか、ふいにチャーハンのスプーンをことりと皿に置いて、ぽつんと呟く。
「あの時は、お前が悪かった、お前のせいで殴ったんだ」
本当にぽつん・・・と。俺を見るでもなくテーブルを見るでもなく。

浮気がばれたあの日もそうだったんだけど、俺が浮気した事よりも、俺を殴ってしまったことにショックを受けたようだった。

理屈では俺は間違っていないと思う。
坂田さんが浮気したからってそれに対抗する意味はないけれど、坂田さんが俺に文句を言う権利は無いと思う。
だけど、俺に対してものすごく怒って、それから俺を殴って、いつまでもぐじぐじそれを人のせいにする坂田さんが愛しくてならなかった。

これからも坂田さんは俺を大事になんてしてくれないんだろう。
浮気もするしエッチだけの間柄は変わらないと思う。
だけど、米粒がたくさん残ったチャーハンの皿を見ていると、前よりも少しだけエッチ以外の時間も俺を部屋に置いてくれているような気がしてならない。

俺は坂田さんが愛しくてならなかった。

それを、土方さんに伝えた。
「すいやせんけど、俺ァやっぱり坂田さんがいいでさ」
って。
まだ土方さんが何か言おうとするもんで、つい坂田さんのことをフォローしてしまった。
坂田さんが俺を殴って、その事実にものすごく後悔していること、最近は飯も一緒に食ってくれること、それから
「温泉に行ったことをしつこく覚えているのかもしれないが、デートの金は全部女に出させてる。俺が沖田くんから金を取ったことあったか?お前は特別なんだから贅沢を言うな」
って言ってくれたこと。
そんなことをガラにもなく一生懸命話してしまって、ハッと気が付いて土方さんの顔を見た。

そうしたら土方さんはものすごく嫌そうな顔をして、
「ろくでなしに掴まる女の一番最悪のパターンだ」
と、苦虫をか噛み潰したように言った。




(了)

























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