収まるべき鞘 |
別れる時は一大決心だったのに、焼けぼっくいとは良く言ったもので巡回中のパトカーのシートを倒されただけで、あっという間に覚えのある流れになった。 別れたとは言っても身体の関係が無くなってからたった二ヶ月。 それも毎日朝から晩まで嫌でも顔を合わせる相手となれば、簡単に火がつくのも致仕方ないことかもしれない。 狭い助手席で土方に圧し掛かられながら、沖田は別れたはずの男の綺麗な眉を冷めた瞳で見ていた。 幹部二人が長時間勤務をサボって屯所に戻る頃には、土方は上機嫌になっていた。 ハンドルを握る沖田にしてみれば、セックスの後のだるい身体で運転どころではないのだが、きっかり元の鞘に収まったと思っている土方が鬱陶しくて話したくもなかった。 そもそも別れた原因がまったく改善されていないのだから、不毛極まりない関係になってしまっただけだ。 「土方さんとはこれで最後ですから」 エンジンを止めて上司が降りる際になって沖田が呟くと、激しい舌打ちが聞こえる。 「なんだまだ仕様もねえことでぐずっていやがるのか、何が気に入らねえんだか知らねえが、お前だって気分出していただろうが」 車内で吸うと沖田の機嫌が更に悪くなるのが解っていたので、ドアに手を掛けた時点で早くも一本咥える。 「ドア」 「ああ?」 「閉めてくだせえ、こいつ車庫に回しますんで」 「んなもんその辺の奴にやらせりゃいいだろう」 「アンタと一緒にいたくねえんで」 身体半分を車外に出してこちらを見下ろしていた土方の顔が途端に不機嫌になる。 もう一度舌打ちが聞こえて、乱暴にドアが閉められた。 最初から坂田銀時という男に興味があった。 普通の人間は、大抵沖田がどんな仕打ちをしようとも芯から沖田を嫌う事はなかった。 沖田の考えているとおりの反応をし、沖田の予測の範囲内の言葉を返す。 だからこそ、沖田は誰にも興味が無かった。 だが、銀時は違った。 逆に銀時が沖田に興味が無いようで、沖田が何をしても上辺だけの反応。 ただ、土方との関係が知れた時だけ、にやりと意地の悪そうに笑ったのを覚えている。 「へぇ・・・・沖田くんは、あのマヨラーが好みなんだ」 銀時の真意が見えなくて、ぼう、と見上げた時の、あの肌の色に近い冷めた唇が弧を描いていたのに何故か欲情した。 その新しい欲が何なのかまったくわからなかったが、あっという間に土方との関係が、ただの惰性のような気がしてきて、その日半日少ない脳みそで考えた結果、土方と別れるという結論に達した。 武州の田舎にいた頃からの付き合いの土方なので、本当に切れてしまうのは沖田にとって一大決心だ。たとえ半日間の逡巡だとしても。 決めれば早いのが沖田の特徴で、その晩には副長室に乱雑に敷かれた布団の中でそれを土方に伝えたが、その日は事が終って一気に襲ってきた眠気の為か、土方は「うるせえな」としか返事をしなかった。 その後も何度か同じ様に別れ話をしてみたが、鼻であしらわれるばかりで埒があかない。けれど沖田にしてみれば、何度も「アンタとは終いでさぁ」と言い続けたわけだから、義務は果たした。これで別れた事にしてもいいだろうという考えだった。 原因は何も銀時のことだけではなく、土方の花街通いにもあった。 土方に言わせれば、遊郭通いは男の甲斐性だと言うのだが、それに沖田を連れて行った事は無く、更に行く前と帰って来た後などは目に見えて上機嫌なのも癇に障った。 そうなってしまえば、土方のやることなすことすべてが苛ついて仕方が無い。 女の癇癪だと言われれば売り言葉に買い言葉も道理だった。 沖田が勝手に土方と切れたと結論付けた後、銀時の家に行って身軽になったと伝えると、それまで沖田にまったく興味を示さないように見えた銀時が、そのまま奥の寝室に沖田を通した。 どうして別れたの、だとか、土方は何と言ったの、だとかそんなことを色々聞かれていちいちご丁寧に返事をしていると、いつのまにか衣服をすべて剥がれていた。 手際の良さに感心していると銀時の手が沖田の身体のあちこちを触ってきて、その指先が何故だか荒れているのに肌が粟立った。 何故と聞くと、「つらい仕事ばっかりしているからね」と言いながら、沖田の口を吸ってその身体を敷き布団に転がすと、掛け布団を頭から被って闇の中で若い身体を愛した。 銀時と寝るようになっても、万事屋に子供達がいる間はいつものそっけなさが健在で、そのままならなさが余計に沖田の熱を上げた。 たとえ二人きりになったとしても、何気ない会話でさえ沖田の望む言葉を言ってくれない銀時に、手の届かないものを欲しがる子供の様な焦燥感を覚えた。 追えば逃げる、逃げれば追うを絵に描いたような土方と沖田と銀時の関係だったが、沖田と銀時の関係を知ってか知らずか、土方は沖田がまったくなびかなくなってからは表面上おとなしくなった。 なんとか諦めたかと思っていた矢先に巡回車で土方に圧し掛かられてその熱い手を思い出した。 一旦火がついてみれば、二ヶ月間の空白などまるでなかったようで、沖田の股の間にあるものをしっとりと慰める大きな手の感触がずっと続いた。 その夜も、次の日の朝も、銀時に会っている間も。 無粋だと承知しながらそれを銀時に伝えると、フンと鼻で笑って行為を続けた。 元の男と寝たと聞いても顔色1つ変えない銀時が、急におそろしくなって今日は帰ると告げたが、押さえつけられて事を成された。 刀がなくとも誰にも負けたりしない沖田だったが、肉弾戦で銀時にだけは敵わず。 終わると銀時はいつもどおりの面倒そうな表情で「ごめんね」と言った。 ぼつぼつと歩いて屯所に帰ると、門の辺りで土方が沖田を待っていた。 「アンタ副長のくせに、暇なんですかィ」 と聞くと、咥えている土方の神経そのもののような細い煙草を親指と中指で摘んで口から外す。 歯を薄くかみ合わせたまま、歯間からふうと煙を吐いて、 「お前が外の世界で手前勝手にフラフラ遊びまわんのは、百年早い」 と言った。 そうかもしれないと思いながら、それを認めるのはそれこそ癪なので、土方が差しのべたあの熱い手を、五月蠅げに振り払ってしまった。 (了) |