さいごの薫陶 |
銀八とは俺が押しまくってつき合うことになった。 二年前に入学した時担任になった坂田銀八は、ありがたいことに全然ヤル気が無くて、俺が授業をサボろうが寝ていようが何にも言わなかった。 一学期を好き放題に過ごして夏休みに入る直前、いきなり呼び出されて、 「おまえね、この成績なんとかしてくんない?もうちょっとまともな点数とってくんないと先生が怒られんのよ」 と言われた。 「あのね、先生が夏休み出てこないでいいようにどんだけがんばってるかわかる?うちのクラス補習メンバでないようにどんだけ部分点あげようとがんばったかわかる?それをね、沖田くんが全部台無しにしてるの」 ものすごく迷惑そうな顔でずりおちた眼鏡を押し上げて俺の答案用紙に赤ボールペンをコツコツと当てる。 「みてよこれ、答えは3、3なのよ3って書けばいいだけ!<問題文のA〜Eの傍線部の読みが同じものをそれぞれ選べ>って書いてあるでしょ?選ぶだけなの!!!なんで空白なの!?そこは適当になんか書いてよ!!これもよ!<傍線部(イ)の「精神的内部構造と、肉体的内部構造の相違」とあるが、具体的にどういうことか>これね、なーんでもいいから書いてくれたらさ、その中から一文字でもあってたら部分点あげるのよ!ひらがな一文字でもあってたらさ!!そこまでしてあげる先生に対してなんっで空白なのお!?あげようないでしょうが!部分点あげようがないでしょうが!!」 銀八はバンバンと机を叩いて熱弁した。 「お前以外はこのやり方で無理矢理赤点まぬがれさせてんだ!なのにお前が俺の計画を・・・・」 さめざめと泣く銀八をじーと眺めながら俺は、この完全に自己中心的な先生に初めて興味を持った。 俺のことを心配しているわけでもなく、ただ己の夏休みの為だけに必死になって点数を取らせようとする男。 その後も、 「授業中いなくなろうが寝てようがなにしてもいいからさあ〜〜せめて回答欄に(あいうえお)だけでも書いてよおお」 などと言って説教を続ける銀八。 おもしろい先公だなと思って、それから銀八のやることなすこと、一挙手一投足が気になって仕方無くなった。 高校生の男子生徒にとって、銀八みたいな人生をあきらめきった感じの男は、妙に危険な色気を感じてしまうのだ。ということにしておく。 とりあえず猛アタックを始めた俺に、最初銀八は完全拒否体勢だった。 「馬鹿かおまえ、あ、馬鹿か。そうね馬鹿だよね。教師と生徒なんてそんなおっそろしいリスク俺が冒すわけないでしょーが」 「教師と生徒じゃなかったらいいってことですかぃ?」 「んーまあね、沖田くんかわいいしね。でもやめてよ学校やめてくるとか、すげえ迷惑だから。卒業したら先生の下半身の世話してくれてもいいけど」 銀八は俺が嫌なんじゃなくて、自分の立場を守りたいだけだというのがはっきりわかったので、かまわず押した。 押して押して押して押して押しまくって更に押した。 とうとう折れた銀八が、絶対に制服で来ないことという条件で、家に行くことを許可してくれた。誰にもバレないように細心の注意を払って、しかも夜中とか朝の5時くらいに出入りを強いられて。 それでも一旦付き合い始めると銀八は俺の年齢など気にせずに俺を抱いた。 きっちり週に二回。 俺は大人の男の余裕のあるセックスに溺れた。 あっというまに二年が経って。 俺は高校三年になった。 「もうすぐ沖田くんも卒業だから、堂々と恋人同士になれるね」なんていつもと同じ興味なさそうな表情で銀八が言って。 その言葉の裏に銀八の本気が見えた。 俺は、銀八に飽き始めていた。 三年の夏休み、土方さんに銀八との関係がバレた。 むしろ今までバレなかったのが不思議なくらいだった。 早朝、銀八のぶかぶかのTシャツを着てアパートから出て来た俺を、土方さんが待ち伏せしていた。 二年も経つと油断してくるもんなんだけど、きちんと朝5時帰宅だけは守っていたからまさかこの時間に知り合いに会うとは思っていなかった。 土方さんは、俺を奪うとか暑苦しいことを言った。 俺の姉貴のことが好きだと思っていたので驚いて、それからこの暑苦しいクソ真面目な告白にシビれた。 銀八のせんべい布団の中でしか触れ合っていなかった生活に比べて、土方さんはいつでもどこでもスキンシップをしたがった。 俺はそういうのは別に好きじゃないけどどうも悪い気はしなかった。 この人の俺への気持ちを知って、なんだかいっそ俺も昔から好きだったような錯覚にまで陥る。 土方さんの暑苦しさに悪い気がしないのも、俺が本当に好きなのは土方さんだったからなのだという気さえしてきた。 俺は、銀八にメールで「終わりにしやしょう」と送った。 銀八から返事は来なかった。 新学期になって、俺達が登校するといつもどおりの銀八がいてちょっと安心したが、そういえば俺は銀八の部屋の鍵を持っていたし、向こうに私物をいっぱい置いていたので鍵を返しがてらお気に入りのジーンズとPSPだけでも取りに行こうと決めた。 大家の犬が鳴きわめく古い民家の隣の、通い慣れたアパート。 一階の階段わきの古びたドアに鍵を差し込むと開いていた。 声をかけないでかちゃりとドアを開けて中に入る。 コンビニの袋や駄菓子、ジャンプなんかが散らかし放題の畳、その真ん中に俺と銀八が猛暑の中抱きあったせんべい布団・・・に人はいない。 視線を奥にやると、右肩を砂壁に押し付けるようにしてもたれて座る銀八がいた。 学校にいるときとは別の顔。 魂の抜けたような。 俺がドアのところで立っていると、ゆっくりと俺が好きだった大きな両手でみずからの顔を覆って言った。 「俺は、メールで別れ話をするような奴はどうせきらいだ」 銀八はそう言ったきり何も言わなくて、俺が荷物を二つ三つ取ってテーブルに鍵を置いて出て行くまでぴくりとも動かなかった。 (了) |