ひもと少年 H.26/02/10 |
(銀沖)美容室で綺麗な指の銀時さんに髪をあらってもらいたいなという妄想から生まれました。 その美容院は、さびれた駅前のさびれた踏切横にひっそりと立っていた。 美容院というより小さな青い建物の半分は床屋なのだが、主人とその妻が半分ずつ経営していた片方の美容院が妻の死によって主人に引き継がれそのまま営業していた。 いまでは線路脇の小さな店構えの扉を開けて入った右側が床屋、左側が美容院になっていて、その真ん中のどん突きに主人がどっかりと座っており、どちらかへ案内して髪を弄るようになっている。 あまりにさびれた町の入口にあるので主人ひとりで楽に切り盛りできたのだが、なぜかその筋肉質の主人以外にいつももう一人従業員のような男が立っていた。 いつもというのは語弊があるが、たいていの日は床屋側の壁にもたれるようにして日がな一日どこかしらの一点を見つめて黙っている。 あの男は何なのだと娯楽の少ない町で噂になるほど人形のようにうつくしく生気のない銀髪を晒しているのだが、店の主人は何を聞かれてもただあいつは見習いだとしか答えなかった。 その小さな美容院に、ある夏の終わりに沖田という少年が、からころと鐘を鳴らして入ってきた。 沖田少年は昨日父親の仕事の関係でこの町に引っ越してきた。 もうすぐ新学期だから、あたらしい学校へ行く前に髪を刈ってきなさいと言われて町にただ一件あるこの店へやってきたのだ。 はじめ主人は沖田を床屋の椅子に座らせようとしたが、思い直して美容室の方へ案内した。 沖田の容貌が少女めいていたこともあるが、最近の若者はすぐにパーマをあててくれなどと言いだすからだった。 どのようになさいますかと静かに問われた。 「ブルース・ウイリスみたいにしてくだせえ」と答えた沖田少年の言葉に主人が「あれはハゲですけど」と返した時、ふっと息の漏れる音が聞こえた。 鏡越しに沖田少年が床屋側を見ると、気だるげな銀髪の男が壁にもたれかかって立っていた。 薄暗い店内になんだか現実味のない風貌で、日本人離れした容姿にもかかわらずひなびた田舎床屋の壁紙になぜかしっくり馴染んでいる。 80年代に流行ったようなポップな絵柄とロゴの入ったこの店の前掛けをつけて、その下に身体にぴったりと沿った縞のポロシャツは、輝くばかりのしっとりとした筋肉美をすべて見せていた。 銀髪の男よりも一回り大きな鋼の筋肉を持つ主人が、その無駄な筋肉とは裏腹にやさしく沖田少年の髪を弄りながら言う。 「あいつはね、坊や。俺の言う事が面白くて仕方ないんだ」 さらさらとした亜麻色の髪の感触を楽しんでいる主人は気づかないが、銀髪の視線は沖田少年にじっと注がれている。なんだか居心地の悪さを感じてもじもじしていると、床屋側に座っている客が一人いて銀髪に声を掛けた。 「おい、髭をあたってくれ」 一瞬の間があって、ゆっくりと銀髪が壁から身体を起こす。 「銀時はいい、お前はこっちの坊やの髪を洗ってやれ」 客の男に近づこうとする銀髪を厳しく制するように主人が声を上げた。 さっくりと動きを止めて、銀髪が美容室側に歩いて来る。 「さあ坊や、あっちで髪を流してもらっておいで」 主人はにっこりと沖田少年に笑いかけ、そのまま銀髪の方を向くと、 「客に色目を使うんじゃあない」 ぼそりと囁いて自分は床屋の客の方へ行ってしまった。 見ると客の男もここの主人に負けず劣らず屈強なからだつきをしている。 銀時と呼ばれた男が無言で洗髪台の方に行ってしまったのであわてて沖田少年も後を追う。 洗髪のためのタオルを用意しながら銀時がここへ座れと言うように顎で椅子を指した。 客あしらいというものを一切しない男だなと思いながら白い皮製の椅子に座ると、目線が銀時の手元と同じ高さになる。 銀時の指は、白く美しかった。 この男の指が自分の頭髪に触れるのかと思うと何故か沖田少年の胸はどきりと鳴った。 尻込みして逃げ出したくなったがそういうわけにもいかず、緊張しながら椅子に座ると、背もたれが倒れて容赦なくタオルを顔に乗せられた。 髪をまとめあげるように洗い場に寄せられた時、あの指の感覚がうなじを擦り上げる。 思わず声が出そうになって耐えた。 ざあと音がして温水と共に繊細に沖田の髪を撫でまわす指先。 指の腹は意外にしっとりと温かく、絶妙な力加減で沖田の頭部を刺激した。耳の前から額の横を通り前髪の生え際までゆっくりマッサージされると、不思議な快感に頬が粟立った。 ごしごしと頭皮を洗われているうちにとうとう耐えられなくなって泡だらけのまま逃げ出してしまおうかと思った時、ようやっと銀時の指が離れて再びざあざあと流された。 もうどきどきとしながら髪を拭かれ、鏡の前に戻される。銀時が髪を切ってくれるのかと思ったが、洗髪を終えると何も言わずふいと向きを変え、元いた場所に戻ってまた壁にもたれてしまった。 主人が沖田のほうに戻ってきて髪をやってくれている間もちらちらと鏡越しに銀時の方を見ると、やはりいつもこちらを見ている。 頬が燃えるように熱くなって何がなんだかわからないうちに散髪は終わった。 そして沖田が金を払う段になって、銀時がはじめてぼそりと声を発した。 「タオル」 するとレジで主人が金を数えながら、 「おう、行って来い」 と応える。 沖田は主人に釣りを返してもらって名残惜しくも店を出た。 予感がして、美容室の塀と線路の間にある細い細い道…道と言うよりただの隙間だが、そこに入って奥に進むと、高い塀は3メートルほどで途切れ、裏庭は開放的に腰までの高さのブロックで囲まれているだけだった。 店の裏口に大きな物干しと洗濯機があるばかりで、ここから長く伸びる線路と田舎の田畑風景がずっと続いているのを見渡せるようになっている。 かちゃりと音がして裏口が開き、やはり銀時が顔を出した。右手にタオルがたくさん入ったカゴを下げて煙草を咥えている。 沖田が覗いているのを見て、はじめて唇が弧を描いた。 「おいで」 静かな声に誘われるように沖田が低い塀を乗り越えて裏庭に侵入した。 銀時は古い型の洗濯機にタオルを放り込み安物の業務用洗剤をぶち込むと、咥えていた煙草を捨ててスイッチを押す。 ごんごんと洗濯機がまわりはじめたのを確認して沖田を振り向いた。 「20分だ」 沖田を抱き寄せて口付ける。 生気の無い銀時のイメージからは考えられないほど熱くねっとりとした唇だった。 長い口付けのあと、沖田のからだをまさぐって服を脱がせる。 沖田を洗濯機の騒音に隠れて青い壁に押し付けながら坂田が教えてくれた。 洗濯を回している20分間だけ喫煙の休憩がもらえること。 銀時は洗髪以外の仕事をしていないこと。 従業員というのはもちろん表向きで、ほんとうは主人のヒモであること。 主人はえらく妬きもちなので銀時めあての男に絶対近づかせないこと。 だけれども沖田のような少年は銀時の対象外だと思っているので監視がゆるいこと。 あたたかい息が、沖田の頬にかかった。 「だけどもね、沖田くん」 沖田の名を聞いて熱く抱きしめながら銀時が囁く。 「俺だっておとこだ。こうやってかわいい子を抱いて俺自身のもので貫いてやりたいんだよ」 実際沖田はそれどころではなかった。 はじめた会った謎の男に屋外でパンツを脱がされているのだ。裏の畑にバァさんが芋でも掘りにきたらどうなるのだろう。 けれども、店で沖田の髪を洗ったあの白い指が自分の身体に触れていると思うと、だんだんここが屋外だなどいうことを忘れて、はあはあと息が荒くなってしまった。 初めて会った男に悪戯をされているのに、何故抵抗しないのか自分でも解らなかった。 沖田の胸元に銀時の手が入り込んで激しくまさぐり、あの絹のような感触のゆびの腹が、乳首をこちらは優しく押した。 「ア」 しろい、白い指。 あっという間に固く尖った乳をこりこりと愉しんで、もう片方の手が下に降りて行った。 なにか足の沢山ある蜘蛛のように沖田の股間を包み、追い上げる。 熱くて熱くてなにもわからなくなった時、繊細な指とはまったく違う熱いものが沖田の中に無理矢理うしろに入ってきて思わず大きな声を上げかけたが、大きくてしっとりとした手が苦しいほどに口元を塞いだ。 沖田の視界に薄ぼんやりと己の口を塞ぐ白い人差し指が見える。 苦しい。 痛い。 けれどもその痛みはすべて正体のわからない男の魅力に蓋をされてしまったように麻痺してゆく。 自分の身体が縦に揺れるたびに、甘い声が白い指に吸い込まれた。 銀時が終わって沖田は放り出されたが、足がまともに働かなくてその場に座り込む。 このさびれた風景に似合いの、動いているのが不思議なほど古い二層式の洗濯機に手を突っ込んで、銀時は脱水に洗濯物を移しながら言った。 「そろそろきまってあいつが様子を見に来る。男を連れ込んでいるんじゃあないかって疑っていやがるんだ、あいつは俺を信用していないのさ」 信用もなにも挿れさせるか挿れるかの違いだけで浮気をしているには違いないと思ったが、とにかく多分はやく出て行けと言われているのだと思って一生懸命パンツを上げてよろよろと立ちあがった。 行きは簡単だったブロックを激痛に耐えながら越えている途中に背後から、 「この時間なら大抵ここにいるからまたおいで」 という声が聞こえた。 振り向いたが、銀時は相変わらずこちらに背を向けて脱水を待ちながら煙草をふかしている。 その背中を見ていてなんだか急にとても悪い事をしている気になって、あわてて家に帰った。 下着が汚れていたので手で揉み洗いをして洗濯機に放り込んでいると明日から仕事の父親が家にいて「どうしたんだ」と声をかけてきた。 親の顔などとても見られなかったので、「なんでも」とだけ答えて階段を駆け上がった。 古いが洋風の家に越してきたので沖田の部屋には屋根裏があった。チェーンボールの紐を引けば埃と一緒に屋根裏へ上る階段がばっくりと降りてくる。 この上に組み立てのベッドを持って上がりたかったのだがどうにも手入れしきれない程荒れていたのであきらめた。 沖田は結局この部屋に置いたベッドに仰向けに寝転んで、ゆらゆら揺れているチェーンボールを見つめていた。 * * それから毎日沖田は銀時に会いに行った。 連日髪を切るわけにもいかないのでもちろん店の洗濯場に直行なのだが、やることは決まっていて会っても言葉もなくただ銀時は沖田を抱いた。 こちらは転校先も夏休みだけれど、毎日だと相手に鬱陶しがられるかと思ったがそういうわけでもないようで、ある時沖田を抱きながら銀時が言うには、店の主人は手前勝手で銀時を満足させる前にいつもイッてしまうらしい。 それにしても銀時の体力はたいしたもので、夜はこの男がおんなになっているなど、とても信じられなかった。けれど艶めかしい半眼と沖田を慰める美しい手を見ると、やはりそちらの方が合っているような気がするのだ。 そう思いはじめると、どうやっても銀時が囲われ者なのがほんとうでこちらはただの浮気だと言う事実が重くのしかかってきて、そのうちに「若い男の子にも飽きた」と言って銀時が相手にしてくれなくなるのではないかと心配になってきたのだった。 銀時はなるほど客の髪を洗う以外はほんとうになにも働いていないようだった。 見習いと言ってもよほど忙しい時に客の髭をあたったり床に落ちた髪を掃除したりするだけで普段はそれさえもしないで壁にもたれているだけだ。 近所の噂好きの主婦たちも銀時の立場を薄々感づいているようで、あたしだってあんないい男が来てくれるなら旦那のかせぎからお小遣いくらいあげるのになどと話しているのを聞いたことがある。 月に一度は沖田も髪を切りに行くのだが、店の主人はまったく沖田を疑っておらず、「奴と年回りもそう変わらないのだから仲良くしてやってくれ」などと軽口を叩いた。 もう学校もはじまって毎日会う事もできなくなっていたのでこちらはそんな店主の余裕にも苛ついた。 洗濯時の一服を放課後の夕方に変えられねえんですかぃと聞いてみたが、店主が疑うようなことはしないと断られた。 俺に毎日会いたいとは思ってくれねえのか、とは聞けなかった。 夏の間はあんなに毎日熱く抱いてくれたのに土曜と日曜しか会えないなんてさみいですと言うと、「わがままを言うんじゃあないよ、こうやって週末抱き合えるだけでもうれしいだろう」などと煙に巻かれる。 すっかり涼しくなって外で抱かれるのにも限界を感じ始めた頃、あまりに銀時が店の主人を気にするので我慢がならなくなった。 「ふ、ふゆになっても、ここでヤるんですかぃ」 相も変わらず店の外壁に押し付けられながら問うと、銀時の目がなめらかに細められた。 「ヤッてる間は暖かいじゃない」 「アンタは前開けてるだけだし出てるとこも俺の中に入っているんだからちっとも寒くないかもしれねえけど、俺ァケツがこんなに出てるんですぜ」 「あははっ」 あははではないのだ。 寒い寒くないの問題だけでなく、沖田は銀時とゆっくりベッドで朝を迎えてみたかった。 こんな、屋外でただセックスするだけの関係ではなく、やさしく髪を撫でてもらって睦言のひとつも交わしたかった。 沖田がまだ18で恋もしたことがなかったのだからあたりまえかもしれない。 「あんな、あんなオッサンのどこがいいんですか」 「俺を、養ってくれる」 「はあ、はあ、どうして・・どうして・・」 「俺は何もできないからね、こうやって誰かに囲ってもらわないと生きていけないんだ」 なにもできないなら沖田も同じだった。 銀時に飯を食わせることもできないし、とらわれの姫を攫うように銀時の手を取って逃げることもできなかった。 それでも、銀時が他の男と同じ布団に入っていることを想像するだけで吐き気がした。 「俺だって、俺だってアンタを食わせられます」 「無理だよ、沖田くんはまだ子供だもの」 「お願いです、俺はそのうちてめえの力で飯を食えるようになりやすから、いますぐにこの店を辞めてくだせえ」 く、と強く分身を握られて仰け反った。 「飯を食う?それまでどうするの、俺はそんなに安くないよ。ここはほとんど儲かっていないようでその実固定客はがっちりついている。店主の奴は店の売り上げをほとんど俺を繋ぎとめるために使っているんだからね」 「嫌でさあ、おねがいですから。きっと俺ァたくさん儲けるようになりやすから、この店を出て俺の家にきてくだせえ。俺の部屋には屋根裏があるんです、俺が家を出るまでそこにいればいいんでさあ」 「屋根裏?俺をそんなところに押込めるの」 「飯は・・・俺のを運びます。お願いでさあ、俺ァアンタを誰にも見せたくないんです」 途中から自棄になっていたのかもしれない。 とにかく銀時にうんと言わせたかった。必死に縋り付いて顔を上げると、銀時が思いのほか優しく笑った。 「かわいいねえ沖田くん」 ぎゅう、と腰を強く抱かれて眩暈がした。 「だけども同じ飼われるなら、金回りの良いほうがいいもの」 「・・・・銀・・・とき」 「いいかもしれないね」 「エッ」 「俺もあの男には飽き飽きしていたんだ。妬きもちやきなら沖田くんもおなじだけど、こんなにかわいいんだから許せるかもしれない」 「・・・」 「いいよ、出世払いだ。今は飯を食わせてくれるだけでいい。沖田くんが学校を出たらうんと俺に貢いでよ」 「ほんとうですかい」 「うふふ、ほんとうだよ」 何の気まぐれか知らないが、銀時が笑ってそう言った時、店の表から店主の声が聞こえた。 「銀時!お客さんだ、戻ってこい!」 沖田はあわててブロック塀を越えて逃げた。 逃げながら、これはひとごろしをしてでも将来儲けなければならないなと思った。 * * 銀時の荷物はほとんど何も無かった。 綺麗な色のカッターシャツをなぜか数枚持っていてこれは店の主人の好みで銀時を一等うつくしくみせるのだと言うらしい。 駅前の商店街が途切れ、町を通る唯一の幹線道路を渡ったところで待ち合わせたが、まさかほんとうに出てきてくれるとは思わず、どぎまぎとしながら帰路についた。 手を繋いでくだせえと言うと、いつもの白い綺麗な指がしっとりと沖田の手を握った。 店主には何と言ったのかと聞くと 「なにも」 とだけ答えた。 誰の所へ行くと言わなかったのか、そもそも出て行く事も話さなかったのかどちらですかいと続けようとしたが、それはどうでも良いことのような気がした。 母親は夕方までパートに出ているので沖田家には誰もいない。 銀時の靴を持って一緒に階段を上がり、沖田の部屋から屋根裏へ上がった。 「これはひどい」 銀時が来る前に両親に怪しまれながら必死に掃除したが、三畳程度しかない屋根裏は確かに狭く古かった。おまけに天井が三角なもので、銀時が背筋を伸ばして立てるのはちょうど真ん中のあたりだけだった。 けれど沖田の冬用のラグマットを敷いて客用の布団も苦労して上げてあるのを見て、 「まあこんなひどいところに閉じ込められて愛されるなんて甘美だねえ」 となんでもないように言った。 こちらを見た銀時にまたどきりとして、それをごまかす為に「ここは下までひびかねえんで多少物音がしても大丈夫です」などと言いながら目を逸らした。 逸らしたところを抱き寄せられて身動きできないままに口づけられた。 「ねえ、あんまりにも退屈だからせめてパソコンくらい置いてよ」 「いよいよ完全な引きこもりですね」 「うん、いいね。あのくたびれた床屋の壁に一日中もたれているよりはずっといい」 沖田は高校入学時に買ってもらったノートパソコンを屋根裏に持って行き、ネット環境を整えた。 銀時はさっそくうれしそうにマウスを弄っている。 そのうちエロゲーなどを欲しがったりするのだろうかと思って沖田はお年玉の残りに手を付けないよう誓った。 それからはおやつを屋根裏に運び、晩飯を自室で食べると言って運び、育ち盛りなんで大盛りにしてくだせえと言って半分もらうつもりが銀時にすべて食べられて、なにもしてねえのにすげえ食欲ですねと言って冷たくされたりした。 コンビニで安いパンを買って腹を満たす毎日。それは良かったが苦労したのは銀時の排泄だった。 両親の寝室は一階なので、夜は二階でトイレに行く音がしても沖田自身だと思ってもらえる。 親が働きに出ている昼間は良いが、夕方家族が帰って来ると途端に困った。 それに週末は両親ともに家にいるのでどうにもならなかった。 そんなわけで沖田は屋根裏に蓄尿壺を置いて、その処理もけなげに繰り返した。 大きい方がしたくなった時はどうしやしょうと言うと、「おむつなんかしたらいやらしくない?」と聞かれたが、そんな冗談につきあっている暇は無かった。 「順番からいくと俺のシモの世話は沖田くんがすることになるんだからそれがちょっと早いだけだよ」 ちょっともなにも50年ほど早いような気がするのだが、介護のときまで一緒にいてくれるつもりなのかと惚れ直した。 結局良い案は見つからなかったので、沖田は一日のほとんどを自室で過ごすことにした。 これなら両親も二階の物音を聞き、沖田がトイレに行ったと思うだろう。 不自然さはさほどなかった。年頃の少年ならばたいていは休みの日に親といっしょにいたりしない。 親がいない時はこれ幸いと行為に及んだ。 沖田のベッドで愛し合う時もあれば狭い屋根裏でも番い、一度などは銀時が刺激的だろうと言って父親の書斎のチェアで抱き合った。 朝から晩までスリル満点の生活だったが沖田は幸せだった。 だがそんなものが長く続くはずもなく、まず銀時が日に日に我儘になってくる。 じきに、やれあれが食べたいだのこれを買えだの外へ出たいだの二人きりでない時にやろうと言って来たりして手がつけられなくなった。 家に誰も居ない時に勝手に外へ出て沖田の小遣いで何やらを買ってきた時は、半泣きになって諌めたがどこ吹く風。 「おねがいですから外へ出ねえでくだせえ。出入りしているところを見られたらうちの親にもすぐに伝わりまさあ」 「沖田くんに俺を縛る権利はないよ。ごはんを食べさせてもらっているとはいえ、まだ満足するほどはなにもしてもらっていないもの。なんなら俺のほうが沖田君をよろこばせてあげてるじゃない」 しばらくすると両親もなにかおかしいと感付き出した。 沖田自身がしらばくれるので完全にばれてしまっていはいないが、屋根裏にねずみくらいはいるのではないかと言われて、そうですかねと答えた。まあいるにしろねずみだって一生懸命生きてんですから放っといてやりやしょうよと沖田らしくない優しさを見せられて両親は喜んだのか気味悪がったのかは謎だが、一応は首をひねりながらも引き下がった。 だが疑いは日に日に強くなり、とにかくもうあとは銀時の存在が露見するばかりとなったある日、突然ぽつりと銀時が出て行くと言い出した。 「どうしてそんなこと言うんですかい、飯ならもっと運びやす。ラグビー部に入ったって言って今までの倍持ってきやすから!」 「夕方5時に帰って来るラグビー部なんかいません」 「クラスに無駄金持ってる土方ってボンボンがいやすんでそいつから金まきあげてきますから」 「それならそのひじかたくんて子に養ってもらうさ」 「そんなん気持ち悪ィでさあ」 「とにかく俺は出る。もうご両親に気付かれて面倒なことになるのは目に見えてるもの。もっと良い暮らしが出来る所へ行くよ」 「・・・」 「じゃあね」 あっという間に銀時は出て行ってしまった。 来るときに持ってきたカッターシャツと沖田のノートPCだけしれっとバッグにつめこんで沖田が必死に止めるのも聞かずふらりと去った。 沖田は泣き暮らしたが翌週学校へ行くと高校の前にある駄菓子屋の奥からふらりと銀時が出て来た。 駄菓子屋の親父も早くに嫁を亡くしてそれでも性欲枯れ切ったじじいだと思っていたが銀時を住まわせるあたり未だ現役なのか、銀時の艶にあてられて家に上がり込まれたのかはわからない。 沖田が銀時会いたさに駄菓子屋へ行くと、奥から暖簾をくぐって出てきてずるりとサンダルを履き面倒そうに店番を始める。沖田と土方が駄菓子を選んで、土方が金を払うのを無表情に受け取ってそのまま沖田を見た。 もう良い関係でないのに土方といるのを見られて居心地が悪く目を逸らした。 それでもなんだか一人で駄菓子屋に行くとまた抱いてもらえるような気がしたが銀時は店番には出てくるが完全に沖田を無視した。 悲しみのあまり駄菓子屋から足も遠のいて高校を卒業し、なんとか大学に滑り込むとこんどは銀時がゼミの教授の研究室に助手として入り込んでいた。 助手というか「なにもできない」という銀時の言葉は本当だろうから、学位さえ取っていないはずなのになぜか平然とそこにいた。 いくらなんでも研究の手伝いなどできるわけがないのだが、教授のコネで潜り込んだのだろう。 研究室で銀時はいつでも沖田を見ていた。 なにか実験の真似事をしながらどこかで見たことのある自前のノートPCを弄っている。教授となにか怪しい雰囲気で話をしながら、ずっと視線は沖田を捉えていた。 銀時の視線を感じるだけで身体が燃え上がるようだったが向こうからは何のアクションもなかった。 床屋にいた時は主人を持っていながら沖田とも関係を続けてくれたのにと悲しかった。 研究室に通うのもつらくなって外にバイトに出ると、今度はバイト先に銀時がいた。 もう働く気などみじんもないらしく、沖田が働くショッピングモールのCDショップの隣にある本屋で、ただ万引きの見張りでもするように一日店内をぶらぶらしているだけだった。呆れたもので客に本のことを聞かれても、「今日入ったばかりでわかりません」としか答えていない。 しかしここへきてようやっと沖田は銀時が自分を追いかけてきているのだと分かった。 くすぐったいような幸福に包まれたが、それならば何故銀時は目と鼻の先にいながら無視するのか。 考えるのは苦手だが、銀時のことになると意識するより早く常に頭の中にその存在があった。 そんなわけで沖田はある一つの簡単な結論に辿り着いてバイトを早々に辞めて大学に戻った。 大学を卒業して、同じゼミに猿飛という女がいたのを誘ってカフェを始めた。 カフェといっても名ばかりで実情はバーだったが、女の子の指名制でしかし個室に入るわけでもなくただ茶とつまみが暴力バーのように高かった。 給仕するだけの女の子を指名したければ高い物を頼めということだが、これが不思議に成り立った。 「手も握らせずに金を払わせなァ」という沖田の指導のたまものかもしれない。 半年もすればストイックなドSガールズバーが癖になった親父どもで店はいっぱいになった。 沖田は銀時を探す必要が無かった。 店の用心棒を雇っていたのだが、その頃の銀時は用心棒のイロだというもっぱらの噂だった。 腕っぷしは強いと聞いたがやはりここでもさほど働いていないようで、それでも夜の街に似合わない白いカッターを着ていつもふらふらと店の周りを流していた。 沖田が銀時に声を掛けたとき、銀時は胸のボタンを4つもはずして陶磁器のようななめらかな胸筋をこれみよがしに晒していた。 「おきたくん、おかねもちになった?」 「かねもちってほどじゃあねえですけど俺ァ、銀時にトイレくらい自由に行かせられるようにはなったと思いやす」 「前だって自由にしてたよ」 「俺に囲われてくれやせんか」 うふふと笑った銀時の袖を沖田は掴んだ。 「ねえ用心棒の真似事なんてやってねえで、俺の店でマネージャーやってくだせえよ」 「今の旦那がまたうるさい輩でね」 「なんにもできなくて何でもできるお人だから、男を切るくれえ簡単でしょう」 沖田は懐からごそごそと店の売り上げを取り出した。 「なあに、これ」 銀時が雄の顔で沖田を見下ろした。 「俺を捨てておいてずっと俺の傍に居たのは、俺の稼ぎが良くなるのを待ってくれていたんでしょう?これでなんでも好きなモン買いなせえ。そいで…俺のモンになりなァ」 沖田が、まるで子供のような顔で用心棒のオンナを見上げた。 視線が絡み合って、銀時の手がそっと札束を奪い取って。 その札束を勢いよくネオンの空に投げた。 ばらばらと札束が降る中、銀時は沖田の腰を乱暴に引き寄せて熱い口付けをした。 どん、と古びたビルの外壁に押し付けられながら沖田は、むかし床屋の裏庭でいつも銀時と交わっていたことを、懐かしく思い出した。 (了) |