死ネッター H.25/12/20


(土沖)その名のとおり死ネタです。







総悟の部屋の襖を開けると、驚くほど冷えた空気が俺の頬に触れた。
一体誰が縁側の障子を開けたのかと思ったが、うわ言で総悟があついと言っていたのでもう今となっては冷やしてやった方が少しは心地良いのかもしれなかった。

「総悟」
声をかけるが返事は無い。とっくに意識も無いのだからあたりまえだ。

指先に冷気を感じながら、ほんの少し開けてあるだけの障子を閉じた。
開けた当人もここまでの冷気が入り込むとは思っていなかったのだろう。総悟の身体に良い訳がないのだからと思うが、意識の無い総悟に聞きたかった。

開けてほしいか?

それとも、閉めてほしいか?



総悟の高熱の為に、なんとなく暖かいような気がする寝具の横に腰を降ろす。

総悟は、もう、熱に浮かされることもしていなかった。

あるいは既にという恐怖の中、乾いた唇から息がもれていることを確認して亜麻色の髪に触れた。

今日か、明日。

総悟はここではないどこかへ行くだろう。





一週間前天人に攫われて犯されて、性病を感染された。
天人の身体の中に巣食う病魔はしかし奴らにとって潜伏期間が長く、地球人にとってはあっという間の発病だった。

総悟にとっては死病だが、あの糞どもにとってはただの流行病。ただそれだけの違い。




総悟は、田舎でいつも俺を追い掛けていた。
何が気に入らないのかなんでもかんでも俺のせいにして嫌がらせを仕掛けてきて、とんでもねえ悪餓鬼でそれでも江戸に連れてきた。

総悟にとっての一番はミツバで、その次が近藤さん。それでもミツバや近藤さんと同じ位置の裏っかわに俺がいると信じていた。

それがすこし様子が変わって万事屋の阿呆に興味が移ったのはついこの間。
あの甘党を追いかけているのを見てはやきもきしたものだったけれど、ゆっくりようやっとこっちに戻ってきつつあった矢先。
総悟が大人になるのを待っていた間にどこの惑星の奴らとも知れぬ輩に滅茶苦茶にされた
挙句。







「総悟。寒いか、身体は熱くないか」

総悟の目はぽっかりと開いていて、それでも焦点が合っていない。

何を聞いても聞こえていないのは解っている。もう、死を待つだけの状態の総悟がなにを理解できるだろう。
ただ高熱はあいかわらずなので、少しでも苦しくないようにしてやりたかった。
熱に抵抗する力が無いだけで、ほんとうはうんうんとうなされるほどの苦痛があるはずだった。

額に手をやって、絹糸のような前髪をかき分けた。
総悟の意識がまだあった頃、俺にさわらねえでくだせえと言ったのを思い出す。
飛沫感染でも空気感染でもないのに俺に感染るのを警戒してそう言ったのだろう。


「俺が好きか、総悟」

総悟の額から頭頂部へ髪を抑え撫でながら問う。


『好きでさあ、土方さん』

俺に触れられていることも多分わからない総悟が、答えたような気がした。


「俺に、抱いてほしいか」

あんな気味の悪い地球外生命体に良いようにされて、そのまま逝きたくなんかないだろう。
そう言ってみたが、総悟はやはり返事をしない。

俺は総悟の布団を剥いで、着物の前をはだけさせた。
汗をかくこともできなくなっている総悟の夜着は肌に心地よい乾いた麻だった。

「なあ、俺に抱いてほしいか、総悟」

いいやと言うだろう。
もしも総悟に意識があったら、きっといやだと言うだろう。

俺を愛し始めていたから。
だから俺に病の種を植え付けるのを拒んだだろう。

嫌と言うのをわかっていて、俺は総悟を抱く。
無理をさせることによって、総悟の命の期限が短くなるのを承知で、総悟を抱くのだ。


足を広げて下帯を解く。
天人に酷くされた痣がまだあちこちに残っていて、心臓の奥の澱がぼこりと音を立てた。

何故こんなひどい事をした。
余所の惑星の、こんな子供に、何故こんなことをした。
あまつさえ、何故命まで奪う。

両足の奥の、まだ傷の治りきっていない秘部に己を押し付けた。
さっきまで撫でていた総悟の額も腿も火のように熱かったが、そこはもっとだった。

ずぶりと己の怒張を刺し入れた瞬間、俺は総悟の命を感じた。
この熱は、それでも総悟がまだ生きている証拠だ。

あるいはもう熱で脳がやられてしまっているだろう。俺の事も姉の事も自分の事でさえ分からなくなってしまっている上に瞬きをする力さえなくなっている総悟が、心臓だけはこの世に留まっていることの証拠だった。

まったく無反応な総悟の足を肩にかつぎあげて、おれは夢中になって腰を振った。


「うれしいか、総悟。俺とひとつになれてうれしいか」

うれしいとも気持ち良いとも痛いとも、総悟は何も言わなかった。ただの肉の塊になりつつある総悟を俺は、戻れないのならせめてこのまま時が止まってくれと泣いた。
泣きながら総悟を突き上げた。

親兄弟であろうと情に負けることは無いと思っていた。
たとえ誰を亡くしても、心でどれだけ悲しもうがそれを押し隠して組織の為に邁進する自信があった。

涙を流せるのは、ほんとうに悲しいからじゃない。

涙なんて、そんなものに縋ってはいけないと信じていた。

だけれども違った。

俺の目からはあとからあとから涙が流れ、喉からはまるで三つや四つの餓鬼のように泣き声が溢れ出た。短くしゃくりあげ、鼻水もぼたぼたと総悟の腹を汚す。
そうなりながらも俺は腰を振り続けた。

逝くな。

逝かないでくれ、総悟。


ばったりと敷布に落ちた力ない総悟の腕。
俺が白い身体を揺する度に、その腕も小さく上下した。

総悟の内壁は性病にやられて、毒汁が湧き出ているように熱くぬめっている。
白い首筋に顔を埋めて果てた時、総悟の身体中を侵し続けた病魔が、ようやっと俺の中にも侵入してきたのを感じた。


荒い息のまま己を抜き、天人と俺に犯された身体を見下ろすと、さっき俺が脱がせた夜着は腰帯だけでかろうじて総悟の腰にまとわりついている。


これで、いつおまえがいなくなっても、俺もお前と同じ道をたどってお前のところへ行ける。

自分の中に在ったそんな女々しい感傷に向かい合いながら俺は総悟の着物を直した。


総悟を抱きしめて添い寝するように横たわってただ二人だけで思い出話をした。
お前が七つの頃、俺を脅かそうと忍び込んだお堂でうっかり出られなくて小便を漏らしたことがあったなあだとか、ミツバがえらいお医者のところへ行って帰らない日、ひとりで寝られると言っていたのに様子を見に行ってみれば寂しくて泣いていただろうだとか、総悟の意識がないものだから好きな話ばかりした。

涙はもう滝のように流れはしなかったが、それでも静かに枕に染み込み続けた。

たった十八のお前が、どうして過去を振り返らなければならないのか。どうして輝かしい未来を奪われなければならないのか。

総悟の未来を返してくれ。
地球など侵略してくれようがどうしようが構わない。
総悟だけをもとに戻してくれ。


武州の田舎で駆け回っていた総悟と尽きることの無い昔話をしながら、どこを境にか夢の中にいた。
ひじかたさんという声が聞こえて振り向くと、小さな総悟がミツバの胸に顔をうずめて甘えていた。
どうですかい、うらやましいでしょうと悪戯そうな目で俺を見ている。

良かったな総悟。
ミツバにまた会えたのか。

優しい笑顔のミツバと総悟はまるで花束かなにかのようだった。

あっ姉さん、ひじかたのやろうが泣いていやすぜ。またなにか枯れ尾花にびびっていやがるんだァ

そうだ総悟。俺ァおんなのところへ行こうとして、噂のある河原で幽霊を見たと思って慌てて逃げてきたんだが、今考えるとあれは川べりの葦だったろうよと言ってやった。
泣き止まない俺に総悟は少し不思議そうな顔をしたが、すぐにやあいやあいと囃し立てて俺の周りを回った。
その姿があまりにも愛らしかったので、俺は走り回る総悟を掬い上げて頬ずりしようとしたが、その身体の冷たさに驚いた。
その途端、春の陽気だったのがあっという間に真冬の吹雪の中に放り出されたような感覚に襲われた。

あまりの寒さに眼を覚まして、隣に横たわっている総悟が冷たく固くなっていることに気が付いた。
顔を上げると近藤さんが総悟の枕元に座して声を出さずに涙を流している。


俺は、もぞりと起き上がって総悟の顔を見た。

総悟はもう苦しくない。

天人にとってはただの地球人の餓鬼が死んだだけ。総悟がこれまで粛清してきた隊士や不逞浪士どもにもざまを見ろと言われるだろう。

だが俺達にとってはただひとつの宝だった。
後から生まれてきたお前を、どんな苦労をしても守りたかった。


身体だけを置いて無に還ってしまった総悟の顔。
俺はじっとその亡骸を見つめながら、これからは俺自身の身体の中に芽生えた、総悟にもらった片道切符と昔話をしようと心に決めた。



(了)






















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