ぼくのだいすきなせんせい!(3) H.23/06/29


沖田総悟編。いきなりシリアス。今回あの妖精は出ませんが別の妖精が出ます。あと、インテリメガネも出ます。てかちょいエロあり。




(3)沖田 総悟

赤唐辛子保育園というのは姉のミツバがつけた名前だ。
昔からほんわりとした人で、
「やっぱり幸せになれるような名前がいいわよね、そーちゃん」
なんて言って。

姉ちゃんは子供が大好きで、働くお母さん達が安心して子供を預けられる保育園を作るのが夢だったのだ。
でも、二人で一生懸命資金を貯めている間に、姉ちゃんの病気が発覚した。
あと数年しか生きられないってことだった。

「私には過ぎた夢だったのよ、そーちゃん。貴方も私を手伝ってくれる為に専門学校に通ってくれているけれど、これからはもう好きな事をしていいのよ」
そう言って俺の顔を見て微笑んだ姉ちゃん。

俺は世の中で姉ちゃんより大事な人はいなかった。
姉ちゃんが幸せでないと、俺も幸せになんて絶対なれないんだ。

「そんなこと言わねえで、姉ちゃんの夢は俺の夢でもあるんだから!作りやしょうよ、保育園!今すぐ、今すぐ作ってガキどもの楽園にしやしょうよ!!」
俺は姉ちゃんを説得して、銀行をはじめあちこちから金を借りて保育園を設立した。
園長は姉ちゃん。半年後学校を卒業して資格を取得した俺も職員として勤め出した。

そして。
それからたった半年で姉ちゃんはこの世を去った。
あと数年は生きてくれると思っていた。
せめて、保育園が軌道に乗って、可愛い子供達と一緒に笑う姉ちゃんを見たかった。
経営に必死になって、命を縮めたんだ。姉ちゃんを殺したのは俺だ。

俺は、泣いた。

そして、後に残ったのはたった二つ。姉ちゃんが愛した子供達と、設立の為に借りたあちこちからの借金。
急ごしらえで資金が無く設備も不十分だったために、うちはいわゆる「無認可私立保育所」となっている。個人運営だし仕方無い。その為市の補助など何もなく経営は苦しい。
保育料は自由料金だけど、馬鹿みたいにつり上げたら姉ちゃんの理想とは程遠くなる。

俺は半年前に新米保育士ながら園長の座について、ガキどもと格闘しながらこの小さな保育所のガタガタの屋台骨を立て直さなければならなくなってしまった。









「せんせい、ダッコ」
ちびすけの一人、高杉晋助がものすごい仏頂面で俺の足元にまとわりついた。
ガキってのは色々あって、すげえ甘えっ子なのもいれば、この歳にして自分の世界を邪魔されたくないってな感じなのもいる。
高杉はどっちかってえと後者だったんだけど、この間大怪我をしてから一人が心細くなったのか、こうやって甘えてくることが多くなった。
うちは園児5人につき保育士1人でギリギリなので、本当は1人につきっきりになるのは厳しいんだけど、ガキには個性ってもんがある。全員平等に時間をかけて見るってのは限界があるんだ。
まあ甘えたくても甘えられねえような性格のもいるわけだから、中々難しいところなんだけど。

高杉も甘えるのが下手な方だ。だけど最近はこうやって事あるごとに「ダッコ」って擦り寄ってきやがって、可愛いっちゃ可愛い。いじめたくもなるというものだ。
「オラ」
そう言って抱きあげてやろうとしたら、ズドド、と音がして、黒っぽいちびすけが俺と高杉の間に走り込んで来た。
クソガキチャンプの土方十四郎だ。

土方は女の子とごっこ遊びでもしていたんだろう、片手におもちゃのトマトを持ったまま、はあはあと息を荒くしながら高杉を睨みつけている。
・・ったく、こいつほど扱いにくいガキもあったもんじゃねえ。
でかくなったら男前になるんだろうなあ、なんて思わせる涼しい目元にすうと通った鼻、艶のある真っ黒な髪はコシがあって伸ばしたら大和撫子みたくなんだろうなあって感じ。

とにかく考えてることがダダ漏れになるタイプで、多分俺の事が好きで好きで仕方無いのだが、素直になれないのだ。
かわいいやつめ。あんまりかわいいんでホラー映画のパンフレットをたっぷり見せてやりたくなる。

といいながら、こいつは俺の敬愛する近藤先生の息子で、大変大事なあずかりものだ。
「もの」だなんて物みたいに扱っているわけじゃない、断じてない。だがこのじろりと睨み上げて来るむかつく目をみると、頭の一つもはたきたくなってくるというものだ。
ガキのくせになんだか色々知ったかぶって屁理屈捏ねてきやがって、まったく愛らしいったらありゃしねえ。こいつが近藤先生と毎日一緒にいるんだなあと思うと愛しさも倍増だ。

「きょうは、おれのばんだ!」
おもちゃのトマトを床に叩きつけて土方が高杉をびしっと指差す。

「なんだと、てめえ・・・」
高杉も園児とは思えないオーラを立ち昇らせて応戦した。

ここに来たばっかりの頃は前の保育園の松陽先生の話しかしなかった高杉。
「ことばづかいはきれいに!」とか松陽先生の受け売りばっか言ってたんだけど、まったくその教えは守られていないようだった。
笑える。

ばちばちと火花を散らす二人の後頭部を押さえて、ごつんとデコを打ちあわせてやる。
「「いってえなあ!なにすんだよ、そうご!」せんせい!」
二人ともそろって抗議してくる。息ピッタリじゃねえの、おめーら。

「せんせいが えんじに ぼうりょく ふるったら いけないんだぞ!」
「ぎゃくたい だぞ!」
生意気なガキどもめ。

「バーロィ、てめえのデコ見てみろィ、たんこぶにもなってねえだろうが!そういうのは暴力って言わねえんだ、愛情表現っつーんだよ!ホラ言ってみろィ、愛情表現!」

高:「あいじょう・・・」
土:「ひょうげん・・・」

納得いかなさそうな二人がデコをさすりながら答える。
ブフッ。馬鹿どもめ。

未だ睨み合っている二人からふと視線をずらすと、教室の窓際にぽつんと座る一人のガキが目に入った。

白髪っぽいがまあ日に透けるときらきらと銀色に輝く髪。
ちゃんと寝てきたのか?と言いたくなるような眠そうな目。
今はまだこどもらしくふっくらとしている頬と、怠惰な動きを見せる小さな身体。

坂田銀時。
いつも一人で窓の外を見て、ぼーっとしている奴だった。
今もイチゴのクッションに座って、砂場ビューの絶景ポイントを陣取っている。

しばらく坂田を見ていると、俺の視線に気づいたのか、坂田はこっちを振り向いた。
そうしてにっこりと嘘くさい笑顔を見せて、
「おきたくん!きょうもかわいいねえ!」
なんて子供らしくねえ言い方をしやがるのだった。

俺の足元でメンチ切り合っていた、だんごのようなちびすけ二人がころころと転がるように俺の周りを回り始めた。
「ねー!せんせいダッコ」
「オレも!オレも!!」

「わーったわーった、ホレ、一人ずつな、オラどっちからだ」
「オレ!」
「オレだ!!」
二人はまたも竜虎対決の様相を呈し始めた。勝手にやってろィ。

それにしても、土方はいつも坂田と喧嘩してたってのに、最近はもっぱら高杉とじゃれ合っている。
高杉が新たなライバル候補として頭角を現してきたってのもあるだろうけど、どうも最近坂田の様子がおかしい。
おかしいっていうか、土方にやたらつっかかっていかなくなってきた。

なんだろーかね。




 






「あいつ、母親がいねーんだよなァ・・・・」
職員室で足を机に乗りあげて、椅子の背もたれに大きく背中を預ける。
俺の足って長ぇから、向かいの机まで足が延びているが気にしない。

その向かいの机で、画用紙にうさぎやらクマやらの絵を一心不乱に描いていた男が顔を上げる。
「ちょっとぉ、沖田さん、普通足上げて椅子座るときって、踵とかちょろっと机に乗せるだけでしょう?なんで腿から乗せるんですか?いやがらせですか?」
文句を言うのも当然な気がするが、俺の足は机に立ててある資料を蹴り飛ばして、向かいの山崎の領土にあるクレヨンを無残に踵で踏みつぶしていた。

「かてえこと言うなって」
がんがんと踵を踏みならしてクレヨンを散らばらせる。
「やめてくださいってもう〜〜。・・・・・坂田なら心配ないんじゃないですかね、子供のわりには聡いところもあるし俺達が心配するほど落ち込むようなタイプでもないと思いますよ」
もう俺のいやがらせなんて気にせずに、必死にクレヨンを滑らせている。
こっちからみてると楽しそうなクマさんと全く同じ表情になって描いてやんの。

う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん。
心配・・・するようなこと、ねえのかなあ?



それからひと月ほどたったある日の昼下がり、俺はガキどもをやっと寝かしつけて後を山崎にまかせると廊下に出た。
出た所で俺のエプロンの裾をくいとひっぱられる。
見下ろすとあなどれない表情の銀髪。
ぴょんぴょん跳ねまくった髪が、なんかに似てるな・・・・と思いながら教室を見ると、端っこの机で無駄に一生懸命行事用の折り紙を折っている山崎がいる。

役にたたねーな、あいつ。

「どーした坂田ァ、お前お昼寝の時間に寝ねえと俺がダルダルッとできねえから寝ろっていつも言ってんだろォ」
そう言うと坂田はこてっとかわいらしく首を傾げた。
「さみしくてネンネできないの、おきたくんがダッコしてくれたらネンネできるかも」
と来た。
土方と高杉がぐっすり夢の中のこのタイミングで甘えてくるとは本当にあなどれねえ。
だけど。

俺はこの可愛い演技をする坂田こそが、本当の芯の部分ではなにかに餓えているような気がしてならなかった。
ま、言ってみれば「こいつには弱い」ってやつか。

「しょーがねえなあ、特別だぞ」
そう言って坂田を抱きあげる。
ウフフと幸せそうに笑って俺の胸に顔をこすりつける。
「てめー鼻水ついてねーだろーな」
とりあえず片づけないといけねえ仕事がひとつあったので坂田を抱きあげたまま職員室に戻る。
坂田のちくちくの髪が鼻の穴にくすぐってえ・・・。

「ちょっと待ってろィ、1つ仕事片づけてから寝かしつけてやらァ」
客用のソファーに坂田を降ろすと、急にぐずりだす。
「ヤダヤダ、ダッコ、ダッコぉ!」
こいつは、皆の前だと恰好つけてるけどいつも二人っきりになるとこうだ。要領のいい奴め。
「うーるせーな、嫌なら今すぐ教室に放り込むぞ」
「なんか じゅーす くれたら まってる!」
ほーらな、こういうところなんてホントちゃっかりしてやがるぜ。

「何が飲みてえんだ」
「きのうの おやつに ついてたの!みるく・・・みるくせーえき!!」
「ヤベエ覚え方してんなお前、そらまずいわ」
「ち、ちがうの?」
「いやいや、大丈夫、今度それおやっさんとかその会社の人達がいるような時にでっかい声で言うといいぜィ」
ニヤリと笑ってやる。
「オレ、オレね、いちごがいい!いちごみるくせーえき!!!」
「ねえから、そんなの」

にしても、昨日の残りがあるだろうと踏んでミルクセーキだなんて言う所がもうほんとこいつは(以下略)。
坂田に普通のミルク精液を手渡して机に向う。
経営の事は俺にはわかんねえけど、経理を人任せばかりにはしてられねえ。俺もせめて簿記とかとらなきゃなんねえのかな・・・・。
事務員の長谷川さんと、直近で支払いをしなければならない件についてしばらく話し合う。



そうして、10分くらい話した時。
ずーるずーると背後からストローを意地汚く吸い上げる音がした。

振り向くと坂田が完全退屈そうに、ストローを咥えてミルク精液のパックを上下させていた。
『タイムリミットだな』

ソファーに座る坂田を抱きあげて俺がソファーに座る。
長谷川さんは役所に行くと言って出て行った。
職員室は俺達以外無人になる。

「おきたくーん」
坂田は俺の膝の上でごそごそとエプロンをめくったりなんかしている。
「何してんだァ、坂田ァ」

「オレね、オレ、おかあさんがいなくてさみしい」
どきん、とした。

こいつがこんな、心の中身を吐露するような事言うのはじめてだった。
つまり、よっぽど寂しいってことなのか・・・・・。

俺はぼーっとしながら坂田の事を考えていて、ふと気がつくと膝の上の坂田がいない。

いや、いる。

俺のエプロンとTシャツを捲り上げてその中にすっぽりと入っていた。
なんだ俺、妊婦みたいじゃねえか。

俺のTシャツの首から中を覗くと、坂田がぎゅ、と抱きついていた。
「なんだァ?何やってんだ」
「オレ、おかあさん いなくて さみしいけど・・・おきたくんが おかあさんみたいで あまえたくなっちゃうの」
いたずらっぽい目で俺を見上げる。
なにそれ、また嘘くさい科白を・・・・。

「おきたくん おかあさんみたい・・・・。ねえおきたくん、おっぱいもでる?オレ、おっぱい もうとっくに そつぎょう したけど、もういっかいだけ のみたいの、おっぱい」
「いや出ねえから。どう考えてもカーチャンのおっぱいとちげーだろ、カーチャンのはもっとやーらかくてデケエだろーが」
とにかく出ろと言いかけてはっとする。
Tシャツの襟ぐりから覗く坂田はうるんとした目を俺に向けたんだ。
「お・・オレ・・あかちゃんのときに おかあさん いなくなったから どんなおっぱいか おぼえてねえの」
ワーオ、これはヤバい。
嘘くさいと思いながらもうっかりたじろいだその隙に、坂田のクソガキが俺の左の乳首にパクリと食いついた。

「アッ!」
反射的に身体がビクリと反応する。
かまわず乳首を吸い上げる坂田。ガキの肺活量を馬鹿にしちゃいけない。
敏感な皮膚を強く吸われて身体が震えた。
クソ、この・・・ホントにわかってねえでやってんだろうな!!

ぺろり。と子供らしい乱暴さでねぶられる。
「ンン・・・アッ!」
俺はソファーに背中を預けるように反り返った。

「や・・・やめ・・・やめろィ!!」
これ以上はヤベエ、俺はTシャツの上から坂田をスパンとはたき、小さな身体を引きずり出した。

「ええ〜〜〜〜?」
不満そうな坂田
「えーじゃねえよ!お前はホントエロか?エロなのか??」
こんなガキに責められて息上げてる場合じゃねえ!

「なんか おきたくんの おっぱい ぷくって なったよ。もうちょっとで おっぱい でそう だったのに」
「で・ね・え・か・ら!!」
「ウフフ、おきたくんの ほっぺ あかい・・・・かわいいね」

いたずらっぽい顔のまま俺の膝の上に立って、小さな両手で俺の頬に触れた。
もうこうなってくるとさっきのミルク精液もわざとなんじゃないだろうかって思えてくる。
まあ5歳の園児だ。それはないだろうけど。

「いーから降りろ!もうおわりでィ」

プッと坂田を膝から放り出して教室に向って歩きはじめる。帰りはテメーで歩きやがれィ。

くい、とまたエプロンが引かれた。
「なーんでぃ」
後ろを振り向いて見下ろすと、かわいいもみじの手で俺のエプロンのすそを掴んで、子供らしい顔で見上げる坂田。

「おきたくん、だいすき」

にこっと笑って手を離すと、てってけてけと走って先に教室に戻って行った。

この間までなんだか斜に構えて素直じゃない感じだったのに、なんだろうこれは。
そういうところがちょっと心配だったのに。

ガキってのは大人が知らないうちに成長するもんだねィ。








日が暮れて、夜7時。

俺は園長室で頭を抱えていた。


うちの延長保育は19時30分まで。
今は数人が残っているだけなので、保育を山崎に任せている。


実は、もうどうにもならなかった。

姉ちゃんの為に、資金準備不足で走りだした赤唐辛子保育園。
資金のほとんどを借金で賄い、しかも経営能力ゼロの若輩者の俺が園長として采配をふるってきたこの施設。
きちんと運営できるわけがなかった。
しかも俺の前に園長の座に座っていた姉ちゃんもそれは同様で、園児第一の経営をしていた為に、借金は膨らむばかりだった。

どうしよう。
いくら考えたってもうどこからも資金を調達することはできない。

姉ちゃんの夢だった保育園。
姉ちゃんはもういないけど、いないからこそ絶対に潰したくない。
ここは、姉ちゃんの生きた証なんだ。

それに。
今この保育園が潰れて一番困るのは、ここの園児たちだ。

誰か。
誰か、誰でもいいから助けて欲しかった。



保育料の引き上げ。


それだけは絶対にやりたくなかった。
だけど、そうしないともう首がまわらない状態だ。
でも、そうしてしまったら他の保育園と何が違うんだろう。
姉ちゃんの想いをねじまげてまで生き残って、何の意味があるんだろう。


頭を掻きむしって園長室のデスクに突っ伏した時、コンコンというノックの音がした。

顔を上げると事務の長谷川さんが顔を出した。
「東洋リベラル・ファンドの伊東様がお越しです」



貧乏くさいドアを半分ほど開けて、貧乏くさい事務員の長谷川さんが立っている。
その後ろに、貧乏とは程遠い身なりをした、インテリ眼鏡の男が、いた。







「久しぶりだね、沖田君」
こつ、こつ、と革靴のはなもちならねえ音をさせて俺のデスクに近付いて来る伊東。

こいつは、投資会社を自ら立ちあげて社長としてトップに君臨している男だ。
経営コンサルタントもやっていて、そのセミナーに俺が参加した時からの、知り合い。

知り合いっていうか、去年姉ちゃんが亡くなって、すぐにセミナーに参加して、すぐに俺はこいつに身体を奪われた。
別に奪われた、という表現がそのまま正しいわけじゃない。昔からその気のあった俺は、こいつの誘いをそのまま受け入れただけだった。

最初は、博識で一見公平に見えるこいつの性格に惹かれた部分もあった。
だけど、深く付き合ってみると、利潤第一で行動しそこに何の温かみも無いやり方を嫌でも見せつけられて、こいつの人となりがわかってきた。

つまり、俺の気持ちは冷めかけている。



「・・・なんですかィ、今忙しいんですけど」
伊東の方を見ないで答える。

「ふふ・・忙しいも何も、資金繰りにてんやわんやしているだけだろう?」

ス、と人差し指で顎が掬われる。
上を向かされて、そのまま指から逃れるようにフイと横を向いた。

「フン、つれないじゃあないか」
伊東は俺の顎を強く掴むと無理矢理自分の方に顔を向けさせた。
ぎり、と睨みつけてやる。

「そう怖い顔をしないでくれたまえ、今日こそいい返事を聞きにきたんだから、ね」
薄い唇で穏やかに笑う。
知的で美しい顔だちをしているが、内側から滲み出る酷薄さはとても隠しきれない。

「何度来たって無駄ですぜィ、俺頭悪ィんで、何も覚えてやせんから」

流れるように身体を引いて、椅子に座る俺を見下ろす伊東。
「素直じゃないね・・・・。僕は君を助けてあげようと言っているんだ。覚えていないのならもう一度教えてあげよう。僕が資金を出してこの保育園を買い取る。そうしてここを素晴らしい教育機関に生まれ変わらせるんだ」

「すばらしい・・・・?」
喉が、からからになったような感覚。こいつは一体何を言っているのか。

「何が、すばらしいってんですかィ。親から莫大な金を取ってエリート養成の為の英才教育を施す保育所がすばらしいとでも?」
「ああ、素晴らしいね。これは沖田くんの為でもあり、園児達の為でもあるんだ。この競争社会の中でいち早く高レベルの教育を受ける事ができるんだからね。そうして保育園も救われて一石二鳥というわけだ」
「・・・あんまり馬鹿にしてんじゃあねえですぜ・・・・・。そんな気味の悪ィ施設になったって俺も・・・姉ちゃんも喜ぶわけがねえ!」
言った途端、胸倉を掴まれて無理矢理立ちあがらされる。
完全に不意を突かれた。

向い合った形でぎゅうと抱きすくめられて身動きがとれない。
両腕は身体の横にぴったりとつけたまま、伊東の両腕でがっちりホールドされた。
「なっ・・・離しやがれ!!」

両腕の自由を奪われて抵抗できない俺をぐいぐいと押して壁際に追い詰める。
抱きしめられたまま視界の利かない背後に大股で進ませられて、転ばない様にするのが精いっぱいだった。
だん、と音がする程強く壁に背中を打ち付けられる。

後頭部も打ったのか、軽い眩暈に目を瞑った。

「意地をはるのも、いい加減にしたまえ」
耳元で静かな伊東の声がする。

「意地・・・なんかっ・・・はって、ねっ・・んぅ・・」
向い合った体勢のまま深く口付けられる。

長い、長い口づけ。
これはこの男の癖だった。
ゆっくりと俺の口内を伊東の舌が蹂躙し、唇を吸い上げ、唾液を混ぜ合わせる。上顎の裏を軟体動物の様な舌でつつかれるともう駄目だった。
がくがくと足が震えて身体中から力が抜ける。はからずも伊東の胸に自ら倒れ込む形になってしまった。

「フフ」
薄く笑って俺を強く抱きしめると、伊東の手が俺の下肢に伸びた。
前から回した手が俺の尻を鷲掴みにして数度強く揉む。
エプロンの布が邪魔にならない腰の部分からスウェットに大胆に右手を差し込んできて、今度は直に。
そのままぐるりと手を回すと、スウェットの中で俺の前に移動したそれが、やんわりと俺自身を掴んだ。

「ア!ゥッ・・」
物慣れた様子で優しく、そして強くまるで牛の乳でも絞るように揉みこむ。
身体を離そうとするが、背中はすぐに壁に当たってしまい、一歩も動けなかった。

「うう、、、あ・・・ヤッ・・・・やめ・・・が・・・ガキども・・・が・・・」
「来ないよ」
ぎゅ、と瞬間強く握り込まれた。
「やああっ!!!」
ビクンと背を反らせた拍子に後頭部を壁にぶつける。

「子供達は来ないよ。今頃帰って来ない親を待って、教室で夢の中だろうからね」
伊東の右手がものすごい速さでピストン運動を始めた。

「いっ・・あっ、はっ・・・はっ・・や、や、やあっ・・・」

ごしごしといやらしい動きで俺を追い詰める。
先走りの液を形だけ後孔に塗り込められて、無遠慮に伊東の左手の中指が押し込められた。
すっかり根元まで入れられて、前と同じリズムで俺の中を動き回る。
指の腹で、時には爪を使って俺の内壁を刺激し続けた。

「ん・・・ぃあ・・・・う、ふ、や、やはっ・・」
閉じる事のできない口から、涎がつ、と流れ落ちる。

駄目だ、俺は駄目な人間だ。
こんなクソ野郎に扱かれて、抵抗もできないほど身体が悦んでいるのだ。

「こうされるのが、好きなんだろう?」
笑いを含んだ伊東の声。

言い返せなかった。
今、俺の身体はただ快楽だけを求めてこいつの手の動きに合わせて腰を揺らせている。

「や、いや・・・」
「好きだって・・・気持ちいいって、言いなさい」

ガキどもが同じ建物の中にいるのに男とこんなことをしている。その背徳感が必要以上に俺を燃え上がらせた。

伊東の指はいつのまにか二本に増やされてはいたが、俺の気持ちいい所を微妙に避けてぐるぐると回転する。
言わねえと、決定的な刺激をくれないつもりらしい。

更に、いきなり俺自身を扱く指の動きが緩やかになり、俺はただ、絶頂を迎える為に更なる刺激を求めて、こいつの望む言葉を発してしまった。
「ん、ん、んはっ・・・や・・・いい・・・いい・・・・きもち、いい・・・」
途端に伊東の指の動きが再び速まって、俺はあっというまに快感を上りつめた。

「あああ、、、あっ・・」
先端に爪を立てられ、同時に後孔に入れられた二本の指が目いっぱい広げられる。
腹側の指が、待ちに待ったGスポットを乱暴に引っ掻いた時、俺はここが園長室だと言う事も忘れて、伊東のシャツに顔を押しつけながら、激しく痙攣して達してしまった。

伊東の手に欲望を吐き出して、はあ、はあ、と息をする。
後悔の波はあっという間にやってきた。

ぐいと伊東の胸を押して、睨み上げる。
俺が倒れ込んでいた胸は、べっとりと俺の涎で濡れていた。

「も・・・もう・・・帰って、くだせぇ」
冷たいフレームの奥で、切れ長の瞳が細められる。

「いいよ、今夜は君を想って一人で自分を慰めるとしよう」

カッと頬が熱くなる。
学歴も収入も容姿も申し分ないクールなこの男が、並み居る女共に見向きもせず、自分の部屋で俺の事をを想像しながら自慰をしている姿が浮かんだ。

伊東は、俺の穴に差し込んでいた左手の指を鼻の前に持って行き、スン、と匂いを嗅いでからニヤリと笑った。
「や・・・・やめろ、変態野郎」
俺が足を蹴り上げたのを素早く避けて、園長室のドアに向う。
ドアを出て右が来客用玄関、左はガキどもの教室だ。
間違っても左へ行かないよう、震える足で伊東を追いかけた。

「じゃあね、次こそいい返事を聞かせてくれ給え」
こめかみの横に右手を上げて笑うと、間違えるはずもなく伊東はまっすぐ来た道を戻っていった。

ふうと溜息をついてくしゃりと自分の服の胸をつかんで踵を返した俺は、視界にあるものを捉えて、ぴしりと凍りついた。


教室へ続く廊下の曲がり角を、今まさに曲がったであろう小さな身体。


その、くるんくるんの後ろ髪は、俺の良く知っている奔放な銀髪だった。





(了)
さかたぎんとき編に続く




















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